20 ダリエル、旧友と再会する
俺は元魔王軍の兵士。
自分の出生も知らぬまま、人間族であるのに魔族に入り混じっていた。
つまり今目の前にいる一軍は、今は敵陣営であってもかつては古巣だったということだ。
「ノッカー諸君! キミたちの憤慨は察して余りある! しかしここは同志として、歩み寄りの……! ……ん? なんか来たーッ!?」
魔王軍陣営に突入。
先遣隊か何かなのか、それほど大きな規模ではない。
本気で鉱山を奪還しようというなら、この十倍は最低でもいるんじゃないか?
その点からも魔王軍に戦争の意思がないことが察せられた。
「に、人間だぁーッ!? 人間族の冒険者だーッ!?」
「応戦! 攻撃魔法斉射ぁーッ!」
「待て! 交戦許可は出てない……!?」
大混乱だが、混乱のまま魔族たちは攻撃魔法を撃ってきた。
敵である人間冒険者を排除せんと。
その敵冒険者というのはつまり俺。
雑兵の撃つ最低クラスの攻撃魔法だが、一斉に浴びては消し炭となって死ぬは必定。
なので防御行動をとった。
オーラをまとわせた剣で魔法をすべて撃ち落とす。
昔の俺にはできなかった芸当。
「あれだけの数の攻撃魔法を、一瞬で……!」
「物凄い手練れだ……!? A級冒険者か……!?」
「いや、勇者!?」
「くそ、怯むな押せ押せぇーッ! 魔王軍の意地を見せろぉーッ!」
果敢に挑んでくる魔王軍の兵士たち。
その意気やよしと、かつての仲間として賞賛してやりたいところだが……。
「待て! 戦うな、戦うなーッ!?」
それを必死で制止する指揮者格の男がいた。
俺もコイツに用がある。
「絶対に交戦しないという条件で出動許可を貰ったのだ! 撤退! 撤退だ! このまま全面衝突に発展したら今度こそ魔王軍の面目が……!」
「リゼート、リゼート……!」
「人間の冒険者よ! こちらの交戦の意思はない! 速やかに戻られたし! ……どうしてもと言うなら、この暗黒魔導師リゼートの技を堪能することになるぞ!? とっても痛いぞ!? だからお願い退いて!!」
「知ってる。お前の流水魔法の凄さは知ってる。だから落ち着けって……!」
「おお、そうか……。……っていうか何故私の得意魔法を知ってる? 名前も? あれ?」
「俺だよリゼート」
と言って相手側の指揮官に顔を近づける。
額と額がぶつかるぐらい近距離に。
「んー? あれ? ダリエル?」
「そう、お前の同期のダリエルだよ」
魔王軍の暗黒魔導師リゼートは、俺と同時期に軍に入った。
魔法の才能に恵まれ、階級を上げて今は中堅クラスに収まっているはずだ。
「ホントにダリエルなのかああああーーッ!?」
「そうだよ、こんなところでまた会えるとは思わなかった」
全身で抱擁しあう俺とリゼート。
同期の桜として絆は今も生きている。
「よかったぁーッ! お前がいなくなってから魔王軍は本当どうしようもないことにぃーッ!!」
「結構時間経ったからなあ」
再会の喜びからか、リゼートは聞かれてもいないのに魔王軍の動向をベラベラ喋り出した。
◆
「……そこまで悪いことになってるのか」
「ああ、魔王様直々の叱責を受けたことが特に最悪だ。おかげでバカ息子、終始目が血走るようになっちまった」
落ち着いて、俺はリゼートとの話に花を咲かせた。
一般兵が俺たちを取り囲み、物珍し気に話を伺っている。
「魔王様からのお叱りは、四天王にとって死刑宣告みたいなものだからな。歴代においても、二度の叱責を受けて四天王の座に留まれた者はいないという」
「バカ息子は一回目だろう? これでもう猶予はないってことだ。崖っぷちに追い詰められた」
ところで『バカ息子』ってバシュバーザ様のことだよね?
あの御方、魔王軍でそんなあだ名が定着してるの?
「あのバカ息子。当人は先代を越えられると本気で思ってたらしいから、初っ端からの躓きに怒り狂ってるんだ。おかげで魔王軍は全体的に大混乱よ」
「お前がここに来てるのと関係ある?」
「少しはな」
古馴染同士。
会話口調に気安さが急速に甦る。
「魔王様は、鉱山への手出しは無用という通達を出された。バカ息子は全軍上げて奪還に乗り出すつもりだったが、それも封じられた。反逆者を皆殺しにしてやるって息巻いてたから却って助かったが」
「ならお前がここに来ているのはマズいんじゃない?」
魔王様の指示を無視したってことじゃないか。
魔王軍においては極刑に値する行為だぞ?
「許可はちゃんともらってきた」
リゼートの話によると、いかに手出し無用とされても、魔族に属していたノッカーを離反したままは義理が立たない。
きっちり和解して、わだかまりを解消しないことには、他の魔王軍庇護下にある亜人種たちにどんな影響が広がるかわからない。
ということで絶対戦闘は行わないという条件の下、ノッカーたちの帰順を目的にしたのが今回の出動だという。
「……リゼート。お前も気にすることの多いヤツだなあ」
「亜人種は魔族の屋台骨だ。彼らを失って魔王軍は存続できない。それを今のトップはわかってないんだから、下っ端の私たちが駆け回るしかないだろう!」
そう、彼は仁義を知る魔導師だった。
彼のような男がいるからこそ魔王軍はまだ大丈夫だと言える。
「それもこれも、お前が悪いんだぞ!!」
「えー?」
何故か俺に八つ当たられた。
「お前が魔王軍を去ってしまうから! ……いや、お前をクビにしたバカ息子どもが一番悪いってことはわかってるけど! それでもお前が魔王軍に残っていたら、ここまで酷いことにはならなかったはずだ!!」
「無茶言うなよ。俺は最下級の暗黒兵士に過ぎなかったんだぞ。それがどうやってトップに口出しできるのか……」
「お前は四天王補佐だったろうが! そりゃ魔法は使えなかったけど、誰もが皆一目置いてた!」
「落ちこぼれだって言ってたのにい?」
「それは……、対抗意識だよ。お前は同期の出世頭だから。皆、対抗意識を燃やしてたんだ。魔法が使えないなんてわかりやすい欠点、攻めないわけにはいかんだろ」
「魔法が使えないからこそ、そんな無能が四天王補佐にまで登り詰めたのが気に入らなかったんだろ?」
本人は言われてけっこう傷ついたがね。
しかしよそう。すべては遠き日の思い出だ。
「それでも頂点である四天王からクビと言われたら逆らうわけにはいかんだろ。俺の立場ってのは、所詮その程度のものなんだよ」
「グランバーザ様には言ったのか?」
「言えるわけないだろ」
そこで二人、しばし沈黙。
「じゃあ、あれからどうしてたんだ? 今まで何を?」
「それで重大発表があるんだけど」
「ん?」
「俺、人間族だった」
「ん!?」
俺は、これまでの出来事を旧友に語って聞かせた。
魔王軍を追放され、失意のまま彷徨う果てに人間族の村にたどり着いたこと。
そこでギルド登録の儀式を受けて人間族であることが判明したことなど。
さすがに旧知の友にまで秘密にする意味はない。
俺は包み隠さず話した。
「マジかよ……! 孤児だってのは聞いてたけど……! てっきりグランバーザ様の隠し子とばかり……!?」
「ん? そんな風に思われてたの?」
「しかしまさかの人間族とは……!? そりゃ魔法が使えないわけだ。納得した……!」
納得してくれてありがとう。
「それでお前……、どうする気だ? もしかして人間族として魔王軍と戦うつもりじゃ……?」
「さすがにそんな気にはなれんよ」
たとえ種族が違うとも、俺は人生の前半を魔族として過ごしてきた。
縁もあれば恩もある。
今さら敵として憎むことなどできない。
それは今や、自分の本当の陣営である人間族に対してもそうだが。
「魔王軍をクビになって絶望しきっていた俺を迎えてくれた。今はその人たちのために働きたいと思っている。無論かつての恩人に仇を返さない範囲でだが……」
そこで。
やっと今日彼に接触した本題に入れる。
「リゼート。今回ノッカーたちが離反したきっかけを作ったのは俺だ」
「だろうなあ」
さすが我が友、察しのいい。
「もちろん根源的にはノッカーたちを圧迫した現四天王に非があるんだが。それでも俺は魔王軍の損害になることはしたくない」
なので……。
俺はリゼートに提案した。
「お前ら人間族からミスリル買わない?」
「は?」