207 レーディ、反攻する(勇者&四天王side)
今や二本の足でしっかり立てる者は誰一人いなかった。
誰もが地に伏し、あるいは片膝ついて何とか体を支えるのに精いっぱい。
そんな散々たる状況を天空から見下ろす竜人。
それはもはや超越者の風格だった。
「こうしていると思い出すナ……」
セルニーヤ、独り言のように言う。
「地獄に落ちる以前のことヲ……。生きていた時もこうして、お前と共に戦ッタ」
『わらわも覚えておるよ。我が生の中で数少ない、とても楽しい時間だったのでな』
返答が彼自身の中から響いてきた。
セルニーヤの内部にいる風魔獣ウィンドラの声。
「すべてに裏切られ、何もかもどうでもよくなり、いっそすべてを壊そうとシタ。それを手伝ってくれたのがお前ダッタ」
『今と同じように融合し、当時の四天王と魔王軍を壊滅させたのだったな。お前とわらわが手を組めばその程度容易い』
「前回は魔王によって叩き潰されたガナ。しかし今回は違ウ。その先までイク」
『あやつを倒すと?』
「これはそのための役割分担ダ。ここで私たちが邪魔者を釘づけにしている間、主様がすべての準備を整エル。魔王を倒す準備ヲ」
『どれだけ準備をしてもあやつを倒せるとは思えんがな。まあよかろう。わらわを使って時間稼ぎを狙うとは、贅沢な限りよ』
しかし眼下には、時間稼ぎするまでもなく蹴散らされたレーディたちが横たわっている。
たしかに風竜の言う通り、魔獣の力は時間稼ぎ程度に使うには盛大すぎる。
時間を引き延ばすどころか一瞬で終わってしまった。
それでも一人、なおも立ち上がろうとする者がいた。
レーディだった。
剣を杖代わりにして地に突き立て、支えにして立ち上がる。
『なおも闘志尽きぬか、それでこそ勇者よ』
「ウィンドラがそのような物言いをするトハナ。長い人間領暮らしが染みついたのではナイカ」
セルニーヤが再び指を弾く。
それだけでレーディは再び吹き飛ばされた。圧縮空気弾が身に命中したのである。
「がはあッ!?」
「そのまま倒れ伏してイロ。動かなければ命まではトラン」
セルニーヤの目的は、ドリスメギアンの行動を支援するための時間稼ぎ。
けして敵を倒すことではない。
『お前らしからぬ優しい物言いよの。生前は前に立つ者、誰彼かまわず殺していたではないかえ?』
「私の心が怒りと絶望に満たされていた時ダナ。時も過ぎれば心も変ワル。あの時の復讐心は地獄の炎に洗い流さレタ。その上デ……」
セルニーヤ、レーディを見下ろしながら。
「不思議なものダ。今再びお前と融合し、驚くほど心が穏やかになッタ。お前からの影響ダナ?」
『かもの。隠遁暮らしも百年近くになるゆえ……』
しかしそれでも闘争者の冷徹さは失っていない。
再び立ち上がろうとするレーディに、今度は二発、空気弾を浴びせかける。
「あがッ! あぐぁッ!?」
「だから動くなと言っているノニ……」
レーディ以外はピクリとも動く気配がない。
彼女だけが立ち上がろうとするのはダメージ量の差ではなく、純粋な意志力によるものだろう。
心の叱咤が、傷ついた肉体を突き動かす。
「そこまで気力を振り絞ってまで我らに対抗しようとハナ。何故ダ? 何故そこまで我々に敵対しようとスル」
融合による影響か、セルニーヤは子どもに言い諭すように語りかける。
わざわざ彼女の目前にまで降りてきて。
「既に聞いているだロウ。我々の目的は魔王を倒すコト。奇しくも勇者の目指すところと同じダ。四天王やヴァルハラの使徒ならば阻む理由もあろうが、何故お前たちまで躍起になって立ち塞ガル?」
「…………」
レーディが答えないのは、ダメージで口を動かす体力も失われたからか。
「黙って傍観していれば、お前たちの目的は我らの手によって成し遂げらレル。もはや戦わず、必要ない傷をこれ以上負うナ」
「ふざけないで、ください……!」
それでも答える。
気力を振り絞って。
「アルタミルやゼスターさんを陥れ、ラクス村を襲い、監獄に収監されていた人々をたくさん殺して、今さら手を結び合えるようなことを言わないでください! アナタたちは明確に罪を犯している!」
「だから戦うト?」
「勇者の使命は魔王を倒すことだけじゃない。理由なき暴力から人々を守るためにも戦います! そのためにアナタと戦います!!」
「ご立派なことダ」
再び放たれる空気弾。
フラフラのレーディは回避もできずに吹っ飛ばされるのみ。
「しかし大局を見ていナイ。魔王は強大ダ。ヤツを倒すのに尋常の方法では通じナイ。非常の方法でなければ勝ち目など見えんノダ」
「そのために関係ない人を犠牲にしていいと?」
「大望を果たすためなラバ、犠牲を必要とすることもアル」
「私は認めません……!!」
何度吹き飛ばされても、倒れても、再び立ち上がる。
「どんな人だろうと……! 貧しくても、弱くても、何も知らなくても……! その人たちにはその人たちだけの掛け替えのない生がある。代わりなんかない。それを踏みにじることは、どんな理由があっても悪です!」
レーディには確信があった。
ここにいればダリエルも同じことを言ったろうと。
「アナタが犯した罪のけじめは必ずつけてもらいます! 大望にうつつを抜かし、足元の花を踏み潰すような者に魔王を倒す資格はない! アナタたちは私が倒す! 魔王も倒す! それで問題ありません!」
「驕るな小娘……!」
セルニーヤの掌中で、凄まじい空気のこすれ合う音が鳴る。
圧縮空気弾をさらに圧縮させている。致命的な威力を持つように。
これが当たれば今度こそレーディの命はない。しかしその凶弾が放たれる前に。
「こおおおおおおッ!」
別の方面から動いた。
凄まじい重量の土石の波が、セルニーヤを襲う。
「イダ、カ……!」
「四属性最重量を誇るのが地であることは変わらん! この質量この体積! 風で簡単に吹き飛ばせるか!?」
究極魔技、空間歪曲から基本的な土石操作に切り替えてきたイダ。
元が最高の魔導士であるだけに基本に立ち返った際の威力は凄まじい。
「ヴァルハラの使徒が形振りかまわなくなったカ。面白イ」
しかしこのタイミングならセルニーヤは充分に回避可能。
と思われたが……。
「逃がすか!!」
果敢に追撃するゼスター、ハンマーを振り下ろしてセルニーヤを襲う。
対処で、その場から動けない。
さらに……。
「お手伝いいたします!」
同じく地属性のドロイエが別方向から土石流を放ち、セルニーヤを生き埋めにせんとする。
絶妙のタイミングでゼスターが飛びのき、左右から挟みかかる土石にセルニーヤが飲み込まれる。
「油断するな! 全魔力をもって埋め尽くせ! 生半可ではすぐに這い出してくるぞ!」
「はい!」
イダとドロイエ。
最高クラスの地魔法使いが二人がかりで当たっても、一時的に動きを封じたに過ぎない。
程なくセルニーヤは魔獣の力を駆使して土を吹き飛ばし、地上へと舞い戻ってくるだろう。
「お前たちに警告する」
イダがその場にいる全員に呼びかける。
「逃げたい者は逃げろ。今が最後のチャンスだ。あと数分もしないうちにヤツは土中から這い出し、戦いが再開する。その時はこの私が、ヴァルハラの使徒としての全能力をもって対抗しよう。二度と遅れはとらん」
それはつまり、余人には介入できない神話級の戦いが始まるということ。
レーディやドロイエたちでは出る幕のない。
「私は戦います」
間髪入れず答えるのはレーディだった。
「今の世界を生きているのは私たちです。その私たちが先陣切って戦わなくてどうします」
「意気込みは買うがな……!?」
しかし周囲からは、他の者たちも傷ついた体を引きずり集まってきた。
誰も戦いを放棄する気はない。
「どいつもこいつもヴァルハラに歓迎されそうだな……」
しかし精悍なる者たちが心を一つにしても、この窮地に奇跡の一手がすぐさま思い浮かぶわけではない。
魔獣と融合し、大嵐のような乱流に常に守られたセルニーヤに攻撃を届かせる手段などあるのか。
ある意味、空間歪曲で固められたイダよりも難攻不落。
そんな相手に一太刀浴びせる方法は……。
「…………あるのだわ」
「ゼビちゃん!?」
空気弾に吹き飛ばされたゼビアンテスが、体を引きずり戻ってきた。
たった一発だけの被弾だが、レーディより頑丈でもなければ根性もないので充分堪える。
「ゼビちゃん大丈夫!? 血が出て……!」
「困難を打ち破るのはいつでも友情パワーだと決まっているのだわ。今再び、心を一つに合わせる時が来たのだわ……!」






