206 竜人、完成する(勇者&四天王side)
そして現れたのは奇妙な人だった。
人、と呼んでいいのだろうか。
両手があり、二本の足でスラリと立つシルエットはまさしく人のもの。
しかし表面は明らかに異形だった。
人のものとは思えないウロコめいた肌。エメラルド色に輝く表面はそれこそ宝石のよう。
そんな輝く肌に覆われて、背面から伸びる尾はサンショウウオを思わせる。
そして貌に宿る両眼は、やはり地獄の炎のように燃え盛る赤。
風魔獣ウィンドラと、インフェルノの一人セルニーヤが合体した竜人。
その姿がまさにそれだった。
レーディに付けられた重傷も、まるでなかったかのように塞がっていた。
そんなもの強大なる竜の生命力には掠り傷に過ぎないと。そう言わんばかりに。
「……あれはッ!?」
駆けつけてきたレーディたちも竜人の姿を確認する。
魔獣と魔人の融合体が放つ気配は強烈で、気づくには容易だった。
他の仲間たちも……。
「いました! 逃げた魔族いましたよ!」
「しかし随分印象変わってござらんか!?」
「ぎゃー、トカゲ人間なのだわーッ!?」
竜人と化したセルニーヤは、みずからの風魔法で空中に浮かんでいた。
同じように浮遊するイダと対峙する。
「クソッ、ここまで追い詰めながら融合を許してしまうとは……!?」
「ですが、あの相手……。融合を安定化させています。そんなことが成功し得るなんて……!?」
驚くのももっともなことで、過去いくつかの暴走によってなされた魔族と魔獣の融合はことごとく失敗に終わっている。
魔獣の膨大すぎる魔力に魔族の体が耐えきれないからだ。
かつての四天王バシュバーザがそうであったように。これまで試みられた融合は例外なく空気を入れ過ぎた風船のように破裂し、周囲諸共爆散して跡形も残らない。
なのに目の前のセルニーヤは、それを可能にした。
魔獣のすべてを内側に入れながら、人の形を保っている。
「ウィンドラのおかげダ……」
そう呟いたのは、他ならぬ竜人化したセルニーヤ。
「喋った……!?」
「理性まで保てているのか? あの状態で……!?」
益々驚くべき事態。
同じようなことをしたバシュバーザは、魔獣を使役していた時点で正気を失いかけていたというのに。
「彼女は、私を助けるために、みずからの意思で私と融合シタ。だからこそ私ごときの体内にすべてを収めることができたノダ。魔族と魔獣の完璧なる相互理解。それこそが魔獣融合法のもっとも重要な要素なノダ」
セルニーヤの鱗に覆われた腕が掲げられる。
突き出された先にはイダがいた。
「!?」
唐突に、突風に吹き飛ばされるイダ。
なまじ空中にいたため踏ん張ることもできない。
「こおおおッ!? バカな!? 常に張り巡らされている空間歪曲を突破して!?」
「イダ、アナタの使う空間歪曲は、敵からの攻撃軌道を空間ごと捻じ曲げ、軌道を外させることで成立スル。自分が攻撃をかわすのではなく、攻撃の方を無理やり外さセル。いわば回避法」
セルニーヤは言う。
「そのもっとも短絡的な対策は、どれだけ軌道を逸らそうと外しようがないほど広範囲に、隙間なく攻撃を敷き詰めることダ」
実際イダに対した多くの敵手が、その方法をとった。
ドリスメギアンも、レーディたちも、まずはそうしてイダを攻略しようとしたが、ことごとく試みは失敗した。
魔導士としても破格の魔力量を持つイダは、多少の広範囲攻撃では覆いきれないほど広く空間歪曲を展開できるからだ。
しかし。
今回だけは違った。
イダの恐るべき空間歪曲範囲を超えて、セルニーヤ攻撃範囲が勝った。
「我らの使う属性は風。それはこの空間にあまねく満ちる空気を操ることダ。ウィンドラと融合した私にとって今や、空気のすべてが我が手足……」
「くッ……!?」
「さすがの『天地』のイダでも周囲の空気にまったく触れずにいられることなどできマイ」
再び吹き荒れる烈風。
どれだけ空間を歪曲させようと無風状態の範囲などなく、イダは木の葉のごとく翻弄されるしかない。
空間歪曲の無効化。
彼の盟友ドリスメギアンですら成し得なかったことを、魔獣融合したセルニーヤは達成した。
嵐と呼んでいいほどの大強風に、得意の礫でも混ぜ込めばイダはもみくちゃにされて原形も残らぬであろうが……。
「……フム、魔獣融合すれば礫は出せなくなるのは以前融合した時と変わらぬナ。属性が単一化されるように強制されるカ」
ただし大嵐と言っていい規模の強風を起こせるようになった今、それがデメリットになるようなこともない。
今度は敵そのものを、礫のごとく風の中に舞い飛ばせばいいだけなのだから。
「きゃああああああああッ!?」
「何かに掴まって! 地面でも木でもいいから! しっかり踏ん張らないと飛ばされるわ!」
「そこのデッカイ人! しがみつかせてくださいなのだわ! でないと飛ばされるのだわああああッ!?」
地上のレーディたちも強風にあおられ、地面か手近な気にしがみつくので精一杯。
「攻撃だ! 攻撃するのだ! このまま受け身になっていてはずっと強風に押し付けられるだけだ!」
ドロイエの檄で皆が奮い立つ。
「『裂空』ッ!」
「旧版『凄皇剛烈』!」
「『トルネード』なのだわ!」
敵は空中に留まっているため、自然飛び道具系の技が駆け上がっていく形となる。
しかしそれらは標的に届く前に……。
「ああッ!?」
すべて強風に掻き消されてしまった。
煽られて散る、などという生易しいレベルではない、風に粉々に砕かれ霧散してしまった。
レーディたちの放ったオーラ塊も、ゼビアンテスの遠距離攻撃魔法も。
「この周囲一帯に吹いているのは、ただの風ではナイ」
竜人が大地を見下ろす。
「すべて我が魔力のこもった風だ。オーラや魔力による攻撃など消し去るに容易い」
セルニーヤが片手を上げると、即座に風が止まった。
一瞬前の乱気流などウソであったかのような無風状態。
「えッ? 何……!?」
「足元でチョロチョロ騒がれるのは目障りダ。確実に消しておくとしヨウ」
何が何やらわからなかったが、レーディはすぐ気づいた。
「なに? 耳が……!?」
耳の奥に奇妙な感覚。
それがだんだん鋭い痛みに変わっていく。
「いたたたたた……!?」
「なんでござるか!? 耳が! 耳が!?」
皆も同様に同じのようだった。
これもセルニーヤの仕業なのか。
「ヤバいのだわ!」
風の四天王であるゼビアンテスが叫ぶと同時に両手を広げる。
何かしたのか、全員から耳の痛みが引いていく。
「アイツ! なんてことしやがるのだわ! ここら一帯の気圧を滅茶苦茶な勢いで下げているのだわ! 真空に近くして! このままじゃ鼓膜が破れて、目ん玉飛び出ちゃうのだわ!」
ゼビアンテスもセルニーヤと同じ風属性。
だからこそ気づけた音なき攻撃。
「わたくしが周囲から空気を集めて気圧を調整してやるから、そのうちに散って逃げるのだわ! ……風魔法の中でも最高難易度といわれる真空化を、こんな広範囲でやろうとするなんて! まさにバケモノなのだわ!」
「現代の風の四天王……。私から見れば後輩ということになるのだろうガ……」
セルニーヤ、ゼビアンテスを視界に収めて、指を弾く。
それと同時に……。
「げっふッ!?」
ゼビアンテスが吹っ飛ばされた。
口から血を吐き散らしながら。
「ゼビちゃんッッ!?」
叫ぶレーディ。
圧縮した空気弾が迅雷の速さで飛び、ゼビアンテスに突き刺さったのであった。
これで範囲真空化は止まらない。
「おのれッ!」
次に動いたのは『天地』のイダ。
今いる者の中ではもっとも竜人に対抗しうる強者であったが。
「いけまセンナ。迂闊に飛び込んデハ」
気流を操るセルニーヤに間合いを取るのは不利と、接近戦に持ち込もうとしたのが仇になった。
飛び込むイダの体がズタズタに引き裂かれる。
「なッ!?」
「カマイタチの檻ダ。罠を張っておいた」
全身から血を流して落ちるイダ。
「イダ様!」
叫ぶドロイエ、他全員をまとめて……。
「しゃらクサイ」
渦巻く強風で薙ぎ払う。
「うわあああああああッ!?」
「きゃあああああッ!?」
地上のレーディたちまで吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。
誰にも手が付けられない。最強の災厄。
それが魔獣と合体した魔導士。
竜人。






