205 セルニーヤ、合体する(地獄side)
レーディたちの前からからくも逃げおおせたセルニーヤはどこへ向かったのか。
傷ついた肉体、置かれた状況からも選択肢はそう多くなかった。
いやむしろ一つしかなかった。
今なお天空で舞い狂う、最後の切り札のところへ……。
◆
「ちいいいいッ!?」
空中での戦い。
風魔獣ウィンドラが常に身にまとう乱気流は、近づく者を体ごと吹き飛ばす。
しかも広範囲隙間なく吹き荒れるために『天地』のイダの空間歪曲ですら防ぎ切ることは不可能だった。
「まさか魔獣と戦う羽目になろうとは! いくら私でもコイツは手に余るぞ!」
魔獣といえば災害規模の暴力なので本来人一人が立ち向かえる相手ではない。
それを何とかしのいでいるだけでもイダの常識外れの実力が窺えた。
共に戦っていたはずの女勇者エステリカの姿が見当たらなかった。
既に魔獣に倒され、脱落してしまったのか。
使役魔法で操られているという風魔獣は、動き鋭く獰猛。
かつてバシュバーザがおっかなびっくり操っていた炎魔獣サラマンドラとはまったく違った。
操られていない時と動きの遜色がない。
「やはり使役術者を倒すのが一番なのだが……。アイツらに期待していいものか……!?」
何度も激突を繰り返しながら、大きく場所を移動。
このもっとも大きな力を持つ者たちの戦いは、元の戦場から大きく外れたところに来てしまっていた。
ゆえにレーディたちがどのような戦況にあるのかうかがい知れない。
魔法で遠見する手もあったが、魔獣と戦う片手間にできる余裕はなかった。
その時であった。
睨み合うイダと魔獣との間に、一つの影が割って入った。
枯木を思わせるほどに痩せ細った男。しかし人見は地獄の炎のように赤い。
「アイツはッ!?」
セルニーヤ。
風魔獣に使役魔法を掛けた張本人で、インフェルノの一人。
別所でレーディたちが相手をしていたのだが……。
「ここに現れたと言うことはアイツらめ、しくじったか?」
イダは一旦毒づくものの、すぐさまセルニーヤの満身創痍に気づく。
セルニーヤは胸の傷口から流れ出る血の勢いが止まらず、失血死まで秒読み段階といわんばかりだった。
放置できない、今すぐにでも必要な深い傷。
それでもなおセルニーヤは風魔法で浮遊し、風魔獣の眼前へと躍り出た。
『……随分酷くやられたのう』
という声はどこから出たのか。
「!?」
その声に戸惑いを隠しきれないイダ。
「今の声は……、風魔獣の声か!? 使役魔法をかけられているのに……!?」
セルニーヤは風魔法で浮遊しながらも、失血で意識が途切れるのかフラフラと頼りない。
魔法が乱れて地面に落ちようとするのを、風魔獣の巨体がおのずから身を寄せ受け止める。
「……すまんナ」
『わらわと旧知のお前ゆえにな。……さあ、もう気は済んだのではないかえ? いい加減に戯れの幕を下ろそうではないか』
そんな怪人と魔獣のやり取りを見て、さらに戸惑う者がいる。
「どういうことだ……!? 使役魔法をかけている状態にはとても見えんが……!?」
魔法の影響を受けた魔獣は正気ではいられない。
術者も正気を失うが、魔獣とて同じぐらい狂う。
その狂気を制御しようとするのが魔獣使役法の要諦であった。
しかし今、同じ風を冠する人と魔は、まるで互いをいたわり合うかのように……。
『わらわはな、もううんざりしてしまったのだ。あやつの暇つぶしに付きあわされるバカバカしさ。それに踊らされる人どもの哀れさ。ゆえにあやつから遠く離れたこの地に身を潜め、誰とも関わらぬと決めたのだ』
魔獣は語る。
『誰の使役も受けぬし戦いに巻き込まれるつもりもない。あやつ直々の命令だとしても御免蒙る。……しかしな、お前の頼みだけは別じゃ』
「生前にも散々迷惑を掛けたが、死んだあとにまでこうして、お前の好意に縋ル。情けないことダガ……」
魔王軍四天王の一人『礫風』のセルニーヤ。
数百年前の過去、ドリスメギアンやイダよりは後世を生きた彼は、生まれ卑しい庶民であった。
何の後ろ盾もないまま魔法の能力だけで出世を果たし、四天王の一人に抜擢されるまでにのし上がる。
しかしだからこそ周囲の目は冷たく、やっかみや誹謗の言葉がそこかしこから聞こえてきた。
『セルニーヤは四天王に相応しくない』
『生まれ卑しい庶民の分際で……』
『複合属性だと? 汚らわしい。才能がないからそんな外法に頼らなければならんのだ』
セルニーヤを中傷する場合に必ず挙げられるのが二点。
庶民出身であること。
複合属性を使うこと。
何故か単一属性が純粋で優れているという風潮の中で、セルニーヤは卑怯者とまで罵られることすらあった。
それでも着実に勇者を阻止するセルニーヤの辣腕に、周囲の嫉妬やっかみは益々募る。
陰で囁かれる罵りも益々口汚くなる。
それでも四天王だったセルニーヤは堅実に使命を遂行した。
その甲斐あってか、魔族の名家の一つから養子縁を申し入れられる。
その家の令嬢と結婚し、いずれは家督を継いでほしいと。
当時のセルニーヤは舞い上がるように喜んだ。
やっと自分の努力が認められたのだと。
添わされた妻も、政略結婚ではあったがセルニーヤは大事にした。
最初から愛し合って結婚したかのように、心から愛し、家庭を築いていこうと誓った。
しかしセルニーヤの地獄はここから始まった。
愛した妻は密通していたのである。
しかも不倫相手は、当時同僚だった四天王の、もっとも血筋のいい花形。セルニーヤの対局と言われる男だった。
行為の現場に踏み入り、言い逃れもできない状況に追い込んだ末、妻が放った一言は……。
『だってアナタは汚らわしいんですもの』
『汚い庶民で、使う魔法だって汚い混ざりものだわ。そんなアナタより彼の方がずっといいもの。高貴で純粋だわ』
その言葉が、セルニーヤがそれまで築いてきたもののすべてを打ち砕いた。
即刻その場で妻と浮気相手を潰し殺し、魔王軍を出奔。
『生まれや魔法の性質がそんなに重要なノカ! 重要なのは実力ダ! 成果ダ!』
『それを魔族全員に示してヤロウ! 私が世界最恐だと証明してヤロウ!』
実際実力は歴代最高クラスに属していたセルニーヤが暴走すれば、あとは地獄しかなかった。
魔獣融合の法を自力で編み出したセルニーヤは、出奔放浪の果てに風魔獣ウィンドラを見つけ出し融合。
その圧倒的な力を使いこなして同時代の四天王を皆殺し、当時栄華を誇っていた魔族における貴族家も軒並み殺され、断絶した。
最後には魔王みずからが動き、ついにセルニーヤは玉砕して止められた。
肉体は粉々に砕かれて死亡、魂は地獄へと落ちていった。
『お前も哀れな男よの。認められぬが故の悲哀を、大破壊という形で吐き出すしかなかったとは……』
互いの共有する思い出を元に、風魔獣は溜め息をつく。
「魔獣のお前が同情してくれるとは思わなかッタ。そうでなければお前と共に戦うことなどできナイ」
『わらわも疑問に思っておったからよ。あやつの好きなように乱される世に。わらわが為すことの意味はあるのかと。そんな中、お前の盛大な八つ当たりに付きあって、あやつの予定にないことをするのは、何と言うか……』
風竜の人からかけ離れた相貌に、笑みが浮かんだように見えた。
『痛快であった。……しかし敗北し、お前が死んで終わりと思ったのだがな。まさか地獄から甦ってくるとは』
「私の地獄は、誰からも認められないことだッタ。魔王軍の同僚も、上司も、愛した妻すら私を認めなかッタ。しかし一人だけ違ッタ。地獄にまで落ちてやっと、私を認めてくれる御方に出会ったノダ……!」
地獄の主というべき者。
インフェルノの王、『沙火』のドリスメギアン。
「主様は私に言ッタ。『お前の魔法は素晴らしい。その優れた力でオレの助けになってくれ』ト。初めて私は肯定さレタ。初めて私は求めらレタ! その意図を、真っ直ぐ私に示してくレタ!」
それこそセルニーヤが、ドリスメギアンに従う理由。
利害なく忠誠をもって地獄の王に仕えるただ一人の存在。
「主様が魔王に挑む準備を、もうすぐ終えらレル。それまで邪魔者は私が引き止めなければならナイ。私はまだ主様のために働かなければならナイ!」
『だからまだ戦うと……?』
「風魔獣ウィンドラ、情け深き風の竜ヨ。お前には以前にも世話になった。だがもう一度だけ、もう一度だけ助けてクレ。私にお前の力を使わせてクレ!」
『…………』
人を超越した存在の僅かな沈黙を経て。
『……よかろう』
現人類にとって最悪の決断が下された。
『お前でなければ承諾せんかったわ。お前でなければな』
「恩に着ル」
風の竜の巨大な体が輪郭を失い、不定形に溶けていく。
そしてそのままセルニーヤの体に流れ込んでいく。
「あれは……!? 魔獣融合!?」
風の極魔と魔獣が織り成す玄妙さに圧倒され、攻めあぐねていたイダもそれでやっと動き出した。
しかし遅い。
魔族と魔獣が融合し、完璧な形で調和がとれた存在。
竜人が現れた。






