204 セルニーヤ、逃走する(勇者&四天王side)
そしてもう一方の戦いも決着が近づいてきた。
「『断空』!」
レーディの振り下ろされる刃で血煙が上がる。
「ヌウッ!?」
寸前の回避行動で致命傷は免れた、しかしそれでも傷は深い。
肩口から胸部、腹にかけて、真っ直ぐな切り傷が引き下ろされた。
「骨には達しませんでしたが、肉を裂く感触はありました!」
レーディは油断なく剣をかまえたまま宣言する。
彼女の指摘を肯定するように、セルニーヤの傷口から盛大に血が噴き出た。
「ぐぬオッ……!?」
インフェルノも血を流す。
レーディが放った『断空』は、先にあった『天地』のイダとの戦いで会得した新必殺技であった。
スラッシュ(斬)オーラに特殊な操作を加えることで、空間すら斬り裂く無敵の刃を作り出す。
その剣刃はイダの作り出す空間歪曲すら突破することができる。
理論的に斬れないもののない究極剣であるが、その使い手は少ない。
性質ゆえに最高クラスの会得難易度を誇ることもあるが、それに加えて使いどころが極めて難しい技だからだ。
剣刃の切れ味を増幅させるスラッシュ(斬)オーラは、別に次元斬裂の特性を与えなくても大抵のものは斬り裂けるようにしてしまう。
だから莫大なオーラを消費して『断空』を放つ必要はない。
それならば間合いが劇的に広がる『裂空』の方が使い勝手がいいと誰もが傾き、ついには使い手が絶えてしまった『断空』であった。
そうした欠陥技に苦し紛れで頼ったのはレーディの未熟さゆえだろうか。
しかし今日も『断空』に助けてもらった。
セルニーヤの礫風を真正面から斬り裂くには『断空』の空間断裂によってしかなかった。
レーディのオーラ量では他のいかなる手段でも突破不可能だった。
「ダリエルさんかアランツィル様なら、『凄皇裂空』で容易く吹き飛ばせたんでしょうけど……!?」
言いつつ膝折れ、剣を杖代わりにすることで何とか転倒を堪えた。
「レーディちゃん!?」
「れ、レーディ!?」
慌てたゼビアンテス、ドロイエが駆けつける。
レーディの体は、無惨な青痣や擦過傷塗れであった。
正面からセルニーヤの礫風に飛び込んだのだ。『断空』で斬り開いたとしても無傷で済むはずがなかった。
「大丈夫なのだわ!? ……ああッ、綺麗なお肌にこんなに傷が!? 酷いのだわ!」
「勇者の務めと思えばこれぐらい……、それより敵は……?」
胸部に重傷を負ったセルニーヤは、大量の血を流し、息を荒げていた。
礫交じりの荒風もやんでいるのは、傷によって魔力操作が難しくなったからか。
「傷は……、再生しないんだね。イダさんの時みたくなったらどうしようかと……」
ヴァルハラの使徒であるイダは死後、魔王から特別な肉体を貰ったらしく、例えば腕を斬り落とされてもすぐさま新しく生え変わりダメージを与えた実感がなかった。
地獄の亡者であるインフェルノも似たようなもの。同じように与えた傷をすぐさま再生する作りだったらどうしようかと心配されたが、どうやらそこまで同じ作りではないらしい。
開いた傷からはいまだ勢いよく血が流れ出る。
「そこまでの重傷ではまともに魔力も操れないのだわ! 敗北を認めるのだわ!」
相手が弱った途端大きく振る舞うゼビアンテスであった。
しかしセルニーヤから反論の言葉がないということは、指摘が事実である証明でもあった。
「…………」
セルニーヤの赤い瞳がほんの一瞬だけ横にそれる。
共に戦う仲間の状態を確認するためだった。
そんな彼の瞳に移ったのは頭部が胴体にめり込み、力なく倒れるアボスの姿。
それは失望を伴わせるものだったであろう。
「ここまでのようダナ……」
セルニーヤは事実を認めた。
「お前の言う通り、この重傷ではまともに魔法は使エン。共に戦うアボスも死ンダ。この状況デ……」
セルニーヤの背後に回り込む影。
ゼスター、サトメ、セッシャの三人もセルニーヤを包囲するために加わる。
アボスに対処していた彼らも、その敵がいなくなれば残りに注力することができる。
結果、セルニーヤは六対一の圧倒的不利に追い込まれた。
「降参してください……」
痣だらけの体をなんとか支え立ってレーディは言う。
「アナタは最強の魔導士です。この中にいる誰もが単独ではアナタに勝てないでしょう。でも弱くとも全員が協力すれば、ダメージを負ったアナタを倒せることはできます」
「では、そうするがイイ……!」
「手負いの相手をさらに痛めつけるなど勇者の所業ではありません。降参してください。どんな罪人にでも慈悲は与えられるべきです」
「慈悲、カ……」
セルニーヤの口元に笑みが浮かんだ。
それは邪悪極まりない嘲笑だった。
「そんなものはナイ。罪人に慈悲など与えられナイ。特に地獄デハ。あらゆる罪人に平等な罰を与える、それが地獄ダ……」
「でもッ!?」
「だから我々も同じように振る舞ウ。我々はインフェルノ。地獄そのモノ。地獄となった我々には、慈悲を与えられることも与えることもナイ!!」
セルニーヤ、跳躍。
しかしあの重傷では逃げ出したところでどこまでも行けるものではない。
すぐに力尽きて止まるだろうと追う全員が思った。
そして実際すぐ止まった。
セルニーヤが止まったのは……。
……倒れたアボスのところだった。
「何ッ!?」
「仲間を連れて……逃げようと……!?」
アボスは頭部を粉砕され、もはや生きているか死んでいるかもわからぬ状態だった。
常人なら確実に致命傷であるのも、何とか息があるのは地獄の亡者であるゆえか。
必要以上に苦しむために魔王から与えられた亡者体は、強度こそ常人と変わりないが異様なしぶとさを持つ。
今のアボスも、原形をとどめているからには動けないだけで死にきれない状態なのだろう。
「アボス、最後にもう一度だけ役に立ってもらうゾ。私はまだ止まるわけにはいカン。主様のお役に立つためニ……!」
手刀を、アボスの体に突き刺す。
次の瞬間。
おぞましい爆発が起こった。
「ぎゃあああああーーーッ!?」
「何事!? 何事なのだわーーーッ!?」
アボスの死体が爆発した。
炸裂と言っていいほどに徹底した破砕で、粉々になったアボスの死体は千の肉片となって散る。
しかもそれだけでは収まらなかった。
その肉片が風に乗って、レーディたちへと襲い掛かった。
「んぎゃああああーーーーッ!?」
「グロ! グロだわああああああッ!? 気持ち悪いのだわあああッ!?」
幾人かはそのおぞましさ気持ち悪さに悲鳴を上げたが、それだけではない。
防御相殺に回る者の幾人かが、すぐさま違和感に気づく。
「こ、これは……!?」
「硬い! 飛んでくる肉片の硬さがなんだこれは!?」
細かく砕け散ったアボスの肉片は、そんじょそこらの小石や鉱物よりもはるかに硬い。
「……ヒット(打)オーラが伴っている……!?」
アボスは生前、ヒット(打)への適性が高い勇者であった。
そのため死体にもヒット(打)オーラが宿っているというのか。
「これは、さっきまで風に乗せていた礫を、オーラの伴った肉片に置き換えたもの。……オーラのこもった肉片は、小石なんかと比べ物にならない威力。……皆!」
レーディ叫ぶ。
「全力で防御するか逃げて! これは立派な攻撃よ! 必殺技クラスの! 甘く見ていたら殺されかねない!」
「既に全力なのだわああああ! キモい触れたくないのだわああああ!」
飛んでくる肉片に交じって、アボスが使っていた鎖の破片まで飛んでくる。しっかりオーラが伴っているので当たり所が悪ければ即死の凶器だった。
おぞましさと恐ろしさの混じった凶攻撃に全員がかかりきりとなり注意が集中する。
何とかしのぎ切って嵐が過ぎ去ってみると、視界のどこにもセルニーヤの姿は見当たらなかった。
「逃げた……!?」
「仲間の死体を辱めてその隙に……か? 何と言う外道だ! 自分が助かりたいためにそこまでするか!?」
これで今度こそ亡者アボスは死んだ。
いかに地獄の亡者とはいえ、体を決定的に破壊されれば活動を止める。
現世の人間より何倍もしぶといが、粉々にして体内の全細胞という細胞から生命の息吹を消し去れば、死して魂は解放される。
それは魔王が亡者たちに与えた最後の慈悲なのかもしれない。
目晦ましは逃走の隙を作るための時間稼ぎ。
この人倫を踏みにじる外道の行いに誰もが義憤を露わにした。
「あの男こそ外道でござる! 許しておけまじ!」
「このまま放置する理由もないしな。あの傷では遠くまで行けまいし弱ってもいる。手分けして追うのだ!」
全員がいきり立ってセルニーヤを追跡しようとするが、その中で一人だけレーディは、もの思うように立ち尽くすだけだった。
「あの人が何故こんな残忍なことを……!?」
直接刃を交えあったからこそわかる。
敵の心底、本質を。
セルニーヤの闘法は、真摯に鍛え上げられて、それだけに手強く苦しめられた。
本当に卑劣な性根の持ち主が、あそこまで技や力を鍛え上げるだろうか。
レーディもこれまで多くの闘士人物と出会ってきたが、卑劣で捩じれた者ほど実力も大したものではなかった。
小さい心に大きな力は宿らない。
それが多くの経験の末にレーディが得た教訓だった。
「それなのに……!?」
セルニーヤは、レーディが初めて出会う矛盾なのか。
巨大な力を背負う者の性根は小さいのか。
彼の本質はまだわからない。






