200 二属性、交ざりあう(勇者&四天王side)
「ぎゃあああああ!? そろそろ耐え難い感じになっていたのだわ! 体中痣だらけになるのだわあああッ!?」
「その程度で済めばいいがな。この舞い飛ぶ小石、表面がヤスリのようにザラザラしている。こんなものを素肌に受けたら……」
全身の皮がべろりと向ける。
これ以上無為に受け続けるのは得策でないと判断したドロイエは、動く。
「土岩障壁!」
地面に手を突き立て魔力を送り込む。
呼応して地面が盛り上がり、巨壁となってドロイエの目前に聳え立つ。
「ナイスなのだわドロイエちゃん! 壁の陰に隠れて小石をやり過ごすのだわ!」
「これで一息つけるが、見たこともない魔法だ。石といえば地属性だろうに、それを風に交えてくるなんて……」
「異なる属性が合わさったような魔法なのだわ! しかも物凄く強烈だし、いてーのだわ!?」
「合わせ方が絶妙と言うことだろう。普通二つの属性魔法をかけ合わせても、余程上手くやらない限り互いの長所を減衰しあって、単属性魔法より弱くなる……」
それを逆に強化へ向かわせるのは、魔法のクリエイトが絶妙でなければならない。
しかもそれを実現させる場合、大抵は異なる属性を得意とする二人の魔導士がコンビネーションによって行うものだった。
単独での属性結合など聞いたためしがない。
「やはり、地獄に落とされる四天王もヴァルハラ同様異質なのだな。よく学ばなければ……!」
「学習意欲を掻き立てている場合じゃないのだわ! ここは岩陰に隠れながらじっくりかまえて、対抗策をじっくり考えるのだわ! ……あれ?」
「どうしたゼビアンテス?」
「音が、近くなっている気がするのだわ?」
ガツガツガツガツガツガツガツガツガツ……。
魔法で盛り上げた土壁越しに伝わる音。
それは風に交じって飛んでくる礫が、土壁にぶつかる音であろう。
防御用の魔法であるだけに、小石などいくつ飛んでこようとものともしない。
すべてはね返す。
そのはずだったが。
ガガガガガガガガガガガガガガガ……。
「なんかすげー勢いで壁に当たっているのだわ? 音が近く、大きくなって……!」
そして決壊は唐突に起こった。
魔法で作り上げた土壁が割れた。
「うわああああーーーッ!?」
「ぎゃぴぃーッ! 小石が壁を突き破ってきたのだわーッ!!」
たった一個の小石では、土壁に引っかき傷一つつけるのが関の山であろう。
しかしそれを十回繰り返せば。百回、千回、一万回と繰り返せば。
少しずつ削れた土壁は厚みを失い、ついには突き破られて崩壊する。
敵の魔法は、それを僅かな時間で完遂せしめた。
防壁を失ったドロイエたちに、再び飛礫が怒涛となって襲い来る。
「受けるなゼビアンテス! もはや土壁をあっという間に削り崩してしまうほどの勢いだ。生身がまともにくらったら一たまりもないぞ!!」
「玉の肌をズタズタにされるのだわーッ!?」
堪らずゼビアンテス。渾身の竜巻魔法を放って飛礫を散らそうとする。
ぶつかり合う竜巻とみぞれ風。
少しの間推し合っていた二つの風は、しかし一方が押し勝って吹き荒れる。
砕け散ったのはゼビアンテスの竜巻だった。
「ぎゃーす!? 打ち破られたのだわー!?」
「ゼビアンテスの風魔法が押し負けた……!?」
それはドロイエにとって信じがたい光景だった。
四天王は、その魔法の強さを基準として選抜される。
ゼビアンテスとてちゃらんぽらんながらも四天王に抜擢されたのは、他でもない操る魔法の凄まじさからだった。
実際現世代でゼビアンテスに勝てる同属性魔導士はいないと断言できる。
そんなゼビアンテスがもっとも得意とする魔法で競り負けたら……!?
「いよいよ四天王としての存在価値がないではないか!?」
「その言い方は酷いのだわ! 小石が混じってる分あっちの風の方が重いのだわ! そのせいで押し負けたのだわ!」
美女二人で姦しくなっているところに……。
「魔族の使う属性魔法ハ……」
礫風を掻き分け、現れる異形があった。
枯木を思わせる細身も、凶器に等しい小石交じりの暴風をまとって現れれば威圧感は充分だった。
「物質の表す四形態を拠り所としてイル。即ち固体、液体、気体、そして光ダ」
生徒へ指導するかのような丁寧な説明。
その間飛礫交じりの暴風はドロイエらを避けるように吹いた。
「地上のあらゆる物質はすべて四形態のどれがに分類でき、それぞれが重なり合うことで物質界を形成スル」
地属性は固体。
水属性は液体。
風属性は気体
そして火属性は光を担い。
属性魔法は地上すべての物質を操ることができる。
「別の視点で四形態を見直せば、殺傷力という点でもっともすぐれた形態は何カ? わかるカナ?」
「…………」
何も答えないドロイエに、セルニーヤは実に大袈裟な溜め息をついた。
「情けないナ。キミ自身がもっとも得意とする属性ではなイカ」
「私の地属性こそ、もっとも殺傷力に長けた属性だというのか?」
「正解ダ。魔力を変換して作り出した作用物に、元から質量が伴うのは地属性と水属性ノミ。そこからさらに硬度まで加わるなら地属性の独壇場ダ。重量。それは地上あらゆる概念においてもっとも凶悪な破壊力たりエル」
物質はすべて重さを持っていて、だからこそ容易に壊されはしない。
重さ砕くのにもっとも適したものは、より大きな重さだった。
「ゆえに地属性の魔法は単純にしてもっとも重厚な破壊魔法なノダ。水も、風も、火も、純粋な質量の前では跳ね返されるしかナイ」
「随分と絶賛してくれるものだな。自分の得意でもない属性を……!?」
セルニーヤに与えられた称号は『礫風』。
風の一字が付いたならば、その称号を戴く者は間違いなく風の四天王であろう。
「……私はそれほど才能に恵まれていなくてナ。信条とする風魔法だけではどうしても、ある段階より先へ上ることができなくなッタ。苦悩の末に見つけだした秘策が、他属性を取り入れることダッタ」
風魔法に地魔法を組み合わせることで完成した飛礫魔法。
先の説明通り、質量をもたない風属性は速くはあるものの軽く、余程のエネルギーを込めなければ暴力として成立しない。
しかし質量という掛け値なしの暴力を、小石として風に混ぜた礫風魔法はまさに破壊力そのもの。
純粋な風魔法を簡単に凌駕し、セルニーヤを当時最強の風魔法使いへと押し上げた。
その功績をもって四天王に迎えられたという。
「しかし周囲のやっかみは酷かったヨ。二つの属性を掛け合わせたものなど純粋ではナイ。正統ではナイ。こんな穢れた手段でのし上がった者に四天王の資格はナイ。卑劣だ、とまで言われたネエ……」
「…………」
そんな思い出話を、ドロイエらは戸惑いと共に聞いた。
不当な非難。やっかみ。
権力の高みにあれば誰にでも起こりうることが、彼にも起こった。
死後地獄に落ち、這い上がることで再び現世へと舞い戻った彼の、その経緯に関わり合いのあることなのか。
「……しかし強力な魔法であることはたしかだ。地属性の重さと、風属性の速さ。本来相反する二属性の特性を見事に組み上げている。単純な属性魔では、まず太刀打ちできまいな」
「ほう、褒めてくれるとは意外ダナ……」
しかしそれはドロイエとしては負けを認めているようなものだった。
若い彼女に対して、地獄にて数百年の責め苦を耐えてきたセルニーヤ。
力量でもどちらが上かは明白だった。
その上で相性でも勝ち目がないとなれば、そのあとどうやって正気を見出すのか。
「……しかしそれだけに不可解だ。それだけの才覚を持ちながら何故地獄に落ちたのか。むしろ逆だろう。歴代でも飛び抜けた強豪として歴史に名を刻むべきだった」
「…………」
「それなのに何故、地獄に落ち、その名を抹消されるなどという汚辱に塗れている? お前だけではない。インフェルノと呼ばれた者たちはすべてそうだ。才能と努力をむざむざ地に捨てるような……!?」
「世間知らずだと思ったガ……」
セルニーヤの声に殊更な冷酷さがこもった。
彼もまたインフェルノの一人であると思い知らされるような。
「私の想像を超えて世間知らずのようダナ。このようなお嬢様が四天王を務めていられるトハ」
「……ッ!?」
「地獄に落ちた者の心は、地獄を味わわなければわからナイ。お前のように花畑のようなことしか言えないのは、地獄を知らず生温い世界しか歩んでこなかった証拠ダ」
「私にも地獄に落ちろと? 魔王様に逆らい罪を犯せとでもいうのか!?」
「その必要はナイ、この世にだって地獄はどこにでも転がってイル。わかりやすいように今お前にも見せてヤロウ。痛みで味わう生き地獄をナ」
セルニーヤが手を上げると、周囲を荒れ狂っていた飛礫交じりの風の動きが代わる。
「なんか殺気を感じるのだわ!? 風が一斉に襲ってきうる気配だわーッ!?」
隣でゼビアンテスが打ち震える。
「礫の雨に打たれ、肉を裂かれ皮を剥がされ、激痛に呻き苦しむがイイ。それで多少は地獄が味わエル。……ヌッ!?」
しかし、凶風は彼女らを襲うことはなかった。
その前にセルニーヤ目掛けて振り下ろされる剣刃が、対処を強いてセルニーヤに魔法を発動させなかったからだ。
その剣を振り下ろしたのは……。
勇者レーディ。






