19 ダリエル、頼られる
外であったことを、家に帰って話す。
「ソイツら殺しましょう」
何故かマリーカが率先して怒りをあらわにした。
なんで?
「ダリエルさんに対して無礼な振る舞い……! ラクス村の者として許すわけにはいきません……!」
「だよなーッ! わかるよなーッ!!」
ガシタと意気投合しないで。
今日は、いきなり流入者の増えたラクス村の今後を話し合うために、村長宅で話し合いという名の夕食会が開かれていた。
「まあまあ落ち着け。彼らの気持ちもわからんでもない」
そこでひたすら冷静なのが最年長の村長さん。
マリーカのお父さんでもある。
「冒険者とはいうが所詮渡世人の職業だからの。ギルドから与えられた階級ぐらいしか自分を証明できるものがない。ワシも若い頃は、階級が上か下か大いに拘っておった」
村長は、ラクス村ではギルドマスターを兼任していて、かつ若い頃は本人も冒険者であったらしい。
今彼の脳裏では、全盛期の記憶が色鮮やかに蘇っていることだろう。
「多少は大目に見てやりなさい。彼らもまたラクス村の大事なお客さんだ」
「そのことなんですが」
俺は村長さんに気になったことを尋ねてみる。
「今のところどうですかラクス村の復興ぶりは?」
鉱山目当てで村を通過する人々が増えて、それらが宿を求めて落とす金も増えているはずだ。
それがラクス村を潤す一助になってくれれば俺も嬉しいのだが……。
「宿代なんてとっとらんよ」
「えええ……!?」
村長の答えは意外。
「村も寂れてまともな宿屋なんて残っとらんからな。せいぜい空き家を貸し与えて夜露を凌いでもらっとるくらいだ」
それでさすがに金取るわけにもいかん、と人のいい村長は言う。
「食料も、向こうの持ち込みをお願いしとるでな。ウチみたいな貧乏村では自分の分を確保するだけで精一杯。提供しろと言われても困る」
それで宿代まで一律無料にしていると……?
「ま、賑わうと言ってもこんなもんよ。所詮ウチは通過点にすぎん。隆盛の本場はミスリル鉱山なんだから、ワシらはおこぼれに与る程度の心持にしておこう」
「欲を出すなってことですか」
村長の言う通りな気がしてきた。
何事も欲張り過ぎはよくない。
年長者の滋味ある知恵に感じ入って、ここは従うとしておこう。
◆
そうこうしているうちに街の冒険者たちはラクス村を出立。
ミスリル鉱山へ向かい去っていった。
現地で、ノッカーたちと交渉するギルド幹部を護衛したり、鉱山奪還にやってくる魔王軍を警戒したりするんであろう。
そういうのは、デカいところの偉い人に任せて。
小村のD級冒険者でしかない俺は地域に密着して、小さなクエストをコツコツこなしていこう。
……と思っていたのにだ。
◆
ある時、ギルド幹部から相談を受けた。
「またミスリル鉱山に行ってほしい? 俺に?」
幹部の人は、わざわざ鉱山から引き返してラクス村へと戻ってきたという。
目的は他ならぬ俺。
「鉱山のノッカーたちが交渉に応じてくれないのです」
ギルド幹部はほとほと困り果てたように言う。
「ダリエルさん、アナタの言葉でなければ何も同意しないと言って。我々のみでは話になりません」
ノッカーたちには、俺からも言い含めておいたんだがなあ。
「ノッカーたちは魔族から虐げられていた記憶が生々しい。だからこそ反乱を起こしたぐらいだ。他者を信じるということが、まだ難しいんでしょう」
「それはわかります。しかし、その中で何故アナタのことだけは素直に信じるのでしょう」
「それは……、俺が、彼らを魔族の支配から救い出した張本人だからじゃないですかねえ?」
かつて魔王軍の幹部として鉱山に赴任し、彼らと一緒に仕事して信頼関係を築き上げました、などと正直には言えない。
「なるほど……、とにかく交渉を円滑に進めるためにはアナタの協力が不可欠です。どうか我々と彼らとの橋渡し役になってはくださいませんか?」
「あの……!」
返答の前に、俺は気になっている事柄について尋ねた。
「もし不調に終わった場合、ギルドはどんな決断をくだすんですか?」
ギルド側の意に沿わないノッカーを放逐する、と言うこともありえるのではないか。
人間族のギルドにとって、元々魔族に属していたノッカーを意地でも保護し続ける理由などない。
俺としては、彼らが路頭に迷うような結末だけは避けたい。
「いえ、我々は何としてもノッカーたちの協力を取り付けたいと考えています」
事態は俺が想定するよりも好ましかった。
「坑道は、日々掘り進んで形を変えています。我々がミスリル鉱山を有効活用するには、内部構造を知り尽くしたノッカーの案内が絶対必要です」
「おお」
「そして継続的な信頼関係のためにも無理強いはしたくない。そこでやはりダリエルさん、アナタの助けがほしい」
そういうことなら全力を尽くさねば。
俺は村長の許しを得て、再び鉱山へ向かった。
実際ラクス村からミスリル鉱山って歩いて一日程度の距離なんだよな。近い。
かつて魔族のテリトリーだった場所にこんなに近いのもラクス村が寂れた原因なんじゃ? って思うほどだ。
◆
俺が到着すると、ノッカーどもはビックリするぐらいあっさりと、すべての条件を受諾した。
そんなに簡単に同意するなら俺が来るまでごねるんじゃねえよ、と言いたいぐらい。
しかし彼らにとっては俺だからこそ異存皆無となるらしく。まだまだ俺は交渉のテーブルから離れられなさそうだった。
とまあ俺が呼ばれた本題はビックリするほどスムーズに進むので、俺は気まぐれに外も見回ることにした。
鉱山周辺は冒険者たちが配備され、警護態勢を敷いている。
その中に見覚えのある顔があった。
あの若白髪。
フィットビタンとかいう街の冒険者じゃないか。
「よっ、久しぶりー」
俺は気さくに話しかけた。
向こうは俺の姿を見て一瞬バツの悪そうな表情をしたが、すぐさま取り繕う。
「キミか……、幹部から直々に呼び出しを受けたそうだな?」
やっぱり俺のことが煙たそうだった。
「そう言うアンタはここで何してるの?」
「見てわかるだろう、重要拠点の警護クエストだ。アイツらを一歩も通さぬため我々は守りを固めているのさ」
「アイツら?」
フィットビタンが指し示す先、山間の向こう側に何やら一団が屯っているのが見える。
「一団?」
しかもソイツらは、何やら大声で喚きたてている。
距離があるのでそれでも聞き取りづらいが、耳を澄ますことでようやく何と言っているかわかった。
「ノッカーの諸君よ! 魔王様は、汝らの暴挙を寛大にもお許しなさった! 帰順するなら汝らの安全は、魔王軍の誇りに懸けて保障しよう! だから、どうか戻ってくるのだ!!」
あれは?
推測するまでもなく魔王軍の軍勢だな?
でも何故あんなところに?
「鉱山奪還に動くのは想定されていたが、アプローチが妙に迂遠だ。攻めかけるわけでもなく、日夜ああして鉱山の魔物に帰順を呼びかけるばかり……」
「ノッカーは魔物じゃない。亜人種で俺たちの親戚みたいなものだ」
「どっちでもいいさ。とにかくこっちは警戒するばかりで退屈だ。いっそ攻めてくればいいのに……!」
たしかに守備側としては警戒ばかりで動けない状況は、全力で戦う以上に苦痛なのかもしれなかった。
しかしこの……。
魔王軍側からの帰順呼びかけの声……。
何だか聞き覚えが……。
「あ」
そりゃあるはずだ。
知り合いの声だ。
「ちょっと行ってくる」
「え? 行くってどこへ?」
当惑するフィットビタンを捨て置き、俺は駆け出す。
止められて、いちいち説明するのも面倒だ。
「上手くいけば魔王軍を撤退させてアンタらの手間を省けるかもしれない! まあ見てなって!」
そう言うと俺はオーラを集中させ、誰も追いつけない速度で駆け去るのだった。






