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198 セルニーヤ、立ちはだかる(勇者&四天王side)

「インフェルノ……、だと……!?」


 突如立ちはだかる二人組に向けて、疑念の視線が飛ぶ。


 誰もがその発言に困惑した。


「ウソつくなのだわ! ボンジョルノはいつもダッセー赤マントを羽織って登場してくるのだわ!」

「だからインフェルノだぞ」


 しかしゼビアンテスの指摘自体は正しい。


 常に一人のはずであるインフェルノが、二人となって登場。

 しかもトレードマークであるとも言えた赤マントがない。


 それらの意味するものは……。


「ドリスメギアンと共に亡者体を構成していた連中だな」


 一人冷静に『天地』のイダが言った。


「不完全な不死体を与えられたお前たちは、獄炎に焼かれところどころ失われた体。足りない部分を互い同士で補い合った。そうして一体分に構成された体がインフェルノ」

「ヤツらが複数で一つとされるゆえんですね」


 エステリカが付け加える。


「それを各自一体で独立するようになった。何処からか補助の肉でも持ってきたか」

「ご名答。さすはが主様の盟友を自称する『天地』のイダ、ダナ」

「……」


 皮肉めいた物言いにイダの眉が引きつる。


「先日、大量の魂を摂取する機会に恵まれてナ。しかし魂を食らう際には肉体も一緒についてクル。我らの栄養にはならないそれを再利用したというワケダ」

「どこぞの監獄を襲った、と聞いていたが……」


 さすがにイダも表情を顰めた。


「貴様らの肉体欠損を補うために何百人を犠牲にした? 地獄の亡者に相応しい悪行だ」

「欠損補助はあくまでツイデ。主目的は魂の吸収ダ。本来不要であった肉体を再利用し、無駄にしてやらなかったのだから、むしろ優しいと言エル」

「詭弁千万」


 イダの周囲の景色が、奇妙な揺らめきを見せた。

 空間歪曲が拡大を見せている。敵の攻めに備えてのことであろう。


「主様より体を与えラレ、我らはより完璧な存在となッタ。もはや寄り合わなければ一個として充足できない存在ではナイ」


 地獄から甦った亡者であるがゆえに、在り方も異形であった怪人インフェルノ。

 しかし現世にてさらなる変容を見せ、以前とはまたさらに違う怪人へとなった。


「インフェルノとは、もはや単一の魔を指して呼ぶ言葉ではナイ。我ら三人すべてを指してインフェルノと言うノダ」

「三人とは言うが……」


 イダ、左右へ用心深く視線を巡らせてから、言う。


「ドリスメギアンの姿がないな、どこだ?」


 さらに鋭く追及する。


「分離したと言うことは別行動をとれるようになったということ。貴様たごとき雑魚を前衛において、裏でこそこそと何を企んでいる?」

「ザコだと!? テメエ!?」


 一際激しく反応して、今にも襲い掛からんばかりなのは二人組の一方。

 太く逞しい方であった。


「また弱虫扱いしやがるか!? オレのことを! 後悔させてやるぜ舐めたこと言いやがるのをよぉ!!」

「アボス、挑発に乗るナ」


 細い方が諫める。


「どちらにしろ我々でアイツを倒せないのは事実ダ。我らに与えられた役割を忘れルナ」

「ぐるううううう……!!」


 このやりとりだけでも、敵のどちらが指揮官であるかが一目でわかる。


「…………陽動だな」


 即座に看破したイダ。


「ヤツらの処置はお前たちに任せる。私はドリスメギアンを追う」

「えッ!?」


 言えば躊躇なく踵を返し、去らんとするイダ。


「ちょ、ちょっと待つのだわ!? アイツらパーッとやっつけちゃわないのだわ!?」

「それはお前たちの役目だ。そのために付いてきたのだろう」


 言い方が率直だった。


「ドリスメギアンは何事かを成そうとしている。ヤツのことだ、飛び切り恐ろしく想像だにしない一手を打ってくるに違いない。ヤツらの役目は、それが完成するまで我々を釘づけにしておくこと」


 だからあえて生存者に盗み聞きをさせて、追跡者たちをここまでおびき寄せた。

 すべてはインフェルノの掌の上であった。


「ならばコイツらにかかずらわず一直線にドリスメギアンを追うことこそ最善。しかしこの場にお前たちが居合わせているのだから役に立てということだ。雑魚に雑魚をぶつけるのは理に適っている」

「雑魚とはひでー物言いなのだわ!!」


 憤慨するゼビアンテスだが、同じように一ぐるみにされたドロイエやレーディも心中穏やかではいられない。

 しかし反論もできない。

 実際イダの強さを目撃しているからには、彼の言が正しいと認めざるをえなかったから。


「直截な判断さすがは歴代最強の一人……と言うべきだが少々性急にスギル。主様ばかりに囚われ大事なことを見落とせば、新兵並みの稚拙さとそしられヨウ」

「ほう……!」


 プライドに障ったのか、敵意が瞳に宿る。


「ドリスメギアンの犬風情が大きく出たものだ」

「犬は犬でも、忠犬を自負してイル。時間稼ぎが看破されたとて黙って見送りはシナイ」

「ふむ……」


 その言葉にイダ、怒りを収めむしろ感心する。


「忠義心か。ドリスメギアンめ意外と部下に恵まれているな。ではその健気さに免じて聞いてやろう、切り札はなんだ?」


 イダという各上を待ちかまえるからには、何らかの対策を用意していなければ無能でしかない。

 ここでイダを釘付けにする秘策があるべきだと読む。


「そこにいる連中から聞いているのではなイカ? この森に住む巨魔のことヲ……?」

「魔獣か」


 遥か昔に魔王が生み出したという四体の呪われし獣。

 モンスターとはまったく別種の起源、強さをもって、その恐ろしさは自然災害に匹敵する。


 魔獣の存在を前にすれば、歴代最強の四天王とて態度を改めるしかない。


「この森に住まうヤマオロシノカミと呼ばれるモンスターの正体は、風魔獣ウィンドラ。知らぬとはいえ魔獣をモンスター呼ばわりとは、人間族は相変わらず愚かでのん気ダ……」

「たしかに魔獣の名を出されれば私とて警戒するしかない。……が、魔獣を一体どうするつもりだ?」


 そもそも人や魔族の手に負えないから魔獣という存在は脅威だった。

 簡単に策に組み込めれば苦労はない。


「禁呪を使って取り込むか?」


 つい最近の過去にもそれを実際に行おうとした者がいた。

 今は亡き四天王『絢火』のバシュバーザであった。


 度重なる失態を一挙に雪ぐため、とった手段が禁呪の読み漁り。もっとも適当な魔獣使役の方を見つけ出し、挙句魔獣と融合してその力を我が物にせんとしたが……。


 結局魔獣の力に耐えきれず、全身消滅してしまった。


 魔獣の力が強大すぎ、魔族一人程度のキャパシティではとても収まりきれない。

 ゆえに禁呪とされた魔獣融合の秘宝であった。


「しかしそれでもドリスメギアンなら可能かもしれん。ヤツなら魔獣の力すべてを飲み込みきれるかもしれん」


 イダの旧友への評価が留まるところを知らない。


「だが別の問題がある。ここにいるのが風魔獣なら属性が違うぞ?」


 ドリスメギアンが得意とする魔法は、火。


「魔獣融合は、双方の属性が合ってこそ爆発的なパワーアップが期待できる。火と風では変換効率が悪く、却って害となりかねんぞ」

「たしかに風魔獣は主様のお口に合わぬかもしれヌ。しかし別の者ならどうカ?」

「なんだと?」

「このセルニーヤの名を聞いて、気づくところはないノカ?」

「知らんな、誰だお前は?」

「これでも多少は名が通っていると自惚れていたが、栄えあるヴァルハラの耳目に届くほどではなかッタカ。さらなる精進が必要ダ」

「貴様……、出身は魔族か? つまり地獄に落ちる以前は四天王の地位にあったと言うことだな。まさか……!?」


 導き出される可能性に、イダの表情が変わる。


「ご想像の通り、この現世にあった頃は風の四天王を務めてイタ」

「わたくしと同じなのだわ!?」


 ゼビアンテスのどうでもいい相槌。


「風魔獣と同じ風属性……。貴様がここにいる魔獣を食らうということか? 身の程知らずな。ドリスメギアンならともかくお前ごときが魔獣を御しきれると思ったか!?」

「ならば実際に確かめてもらうとしヨウ。融合はまだダガ……」


 ザワザワという音。

 森の枝々が揺れて、葉か擦れ合う音だった。


 枝が揺れるのは風が吹くから。

 急に、風が強くなりだした。


「既に魔獣は私の味方ダ」


 天から降り立つ巨大なる竜。

 深緑の鱗は風の力を象徴するのか、竜身のところどころかに生い茂る鬣が、風で雄々しく揺れている。


「なんか出てきた!?」

「あれが……!?」


 風魔獣ウィンドラ。


 かつてダリエルらを窮地に追い込み、その恐ろしさをまざまざ見せつけた炎魔獣サラマンドラと同種同格の存在。


「もう魔獣使役の法を使っていたか!?」

「さあ、戦ってもらうぞヴァルハラの使徒ヨ。魔獣相手にどんな活躍を見せてクレル?」

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