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196 ドロイエ、謝罪する(四天王side)

 数日が経って……。


 インフェルノ討伐チームは森の中にいた。

 人間領内のとある区画にある森。


 その木々の連なりは大きく深く、その間を縫うように伸びる頼りない獣道を進む。

 森の中は静謐で、狩人や杣人といった人影と擦れ違うこともなかった。

 遠くで聞こえる野鳥の鳴き声がせいぜい耳を刺激するだけ。


「……こんなところに、本当にドリスメギアンがいるのか?」


 痺れを切らしてイダが聞く。


 過去四天王として勇名を馳せた彼だが、トラブル回避のために目立たぬようにしてきたのが、けっこうなストレスとなったらしい。


「人の気配などまったくないではないか。たしかにヤツは追われる身だが、潜伏するにしてももっとマシな……」

「文句があるなら帰っていいわよ」


 鋭く言い返すのはセルメト。

 人間領で密かに張り巡らされた諜報網を仕切る現場責任者であった。


 何故彼女が同行しているかというとダリエルの指示で。


 以前大騒ぎを勃発させたイダの動向に不安が残るというので、あらゆる情報を駆使できるセルメトをサポートに付けたのは最大限の配慮であった。


 これでトラブルになったらもうどうしようもない。


 ただ気遣いの甲斐あって大した騒動も起きなかった。『天地』のイダとその同行者たちは本来敵地の奥深くまで分け入ることができた。

 それはそれで問題かもしれないが……。


 進行中のパーティは『天地』のイダを筆頭に、その補佐役として同行したヴァルハラの使徒エステリカ。

 無理やり動向を願い出た当代四天王『沃地』のドロイエ、同じく『華風』ゼビアンテス。


 単純に一都市容易く壊滅できる戦力で物騒であった。


 それらの案内役を務めるセルメトの心境は複雑だ。


「そもそも! なんで私がアンタらなんかのサポートしなきゃならんのよ! アンタらなんか大っ嫌いなのに!!」

「上役に対して物怖じしない女だな」


 新旧混在ながらも、相手は魔王軍の頂点に立つ四天王。

 一諜報員に過ぎないセルメトが礼を失していい相手ではなく、最低限敬語が必要だった。

 それでもおかまいなしに言いたいこと言う。


「私は! 本国には愛想尽かしてんのよとっくになあ! 四天王なんて無能ばかりだ! 私たちが命懸けで獲得してきた情報を少しも活かせやしない!」


 敵地に潜入し、精神をすり減らしながら正体を隠し嘘をつく諜報員にとって、これほど虚しく腹立たしいことはない。


「私がアンタらなんぞのお守りをしてやってるのも、すべてはダリエル様の指示! 私たちが本気で仕えるべきダリエル様がそうしろと仰るから仕方なく! 案内してやってるのを忘れるな!?」

「すまない」

「くぎゅッ!?」


 間髪入れず返ってくる謝罪の言葉に、セルメトは息詰まった。


「すべてお前の言う通りだ。我々は能力が足りない。無能と言われればその通りだと答えるしかない」


 と懺悔めいた言葉を述べるのは現役四天王のドロイエだった。

 普通であれば無礼討ちしても許されるほどの暴言を真摯に受け止める。


「だからこそ我々は変わらねばならない。自分の至らぬところを受け止め改善していく。それをもって正常だった先代四天王の水準に立ち戻ってみせる。……協力してくれないか」

「っえー……?」

「お前たち諜報機関の有用さはダリエルから聞いた。私はヤツの言うことすべてを重んじる」


 ドロイエの立場なら、責任のすべてをバシュバーザに擦りつけて言い逃れることもできるだろうに。

 それをしない自己への厳しさ。


「……まあ、そこまで言われたら」


 相手も敵意を収めるしかない。


「少しは信じてあげてもいいわよ。ドロイエの真面目さと、ベゼリアの調和性とか当代にも見るべきところは多少あるしね」

「感謝する」

「でも忘れないでね! あくまで一番大きな理由はダリエル様に指示されたからだからね! ダリエル様の意向が最優先だからね!」


 セルメトが統括する諜報網は以後も継続的に当代四天王へ協力する旨ダリエルから指示されていた。

 ある意味通常状態へ戻るだけとも言えるが。


「ねえねえ、ちょっと」


 せっかく話がまとまったのにゼビアンテスが介入する。


「わたくしのいいところは何なのだわ?」

「は?」

「ドロイエもベゼリアもいいところを挙げたんだから、わたくしにも言及するとパーフェクトなのだわ。遠慮なく褒め称えるがいいのだわ」

「うるせえ! ねーよお前のいいところなんか!!」


 言葉のナイフを収めないセルメトだった。


「騒がしい限りだ」


 年長と言うべきイダがため息をついた。


「しかし、こんなところに潜伏してインフェルノはどうするつもりなのでしょう?」


 隣に並ぶエステリカが言う。


「ここは『おろしの森』という人間領の禁足域。危険なモンスターが住むため一般人の立ち入りが制限されています。だからこそ潜伏するにも都合がいいかもしれませんが……」

「なんか詳しいヤツがいるわね」

「私は元々人間族なので……」


 魔族の中に交じっている人間族。

 通常なら奇妙な話だが、ダリエルが関わるとどんな非常識なことでも起こりえるし、セルメト自身、人間領に潜り込む異族なので気にしなかった。


「実のところね、あの赤マントがここにいるって情報を傍受したのよ。センターギルドから」

「センターギルドから?」


 セルメトはスパイである。

 センターギルドが各地に伝達する公開情報を盗み聞きするぐらい訳はない。


「今から三日ぐらい前、あの赤マントがセンターギルド特別監獄に現れたんだって」

「特別監獄? オーラ能力者を専門に収監するための施設ですね?」

「ホントよく知ってるなあ。襲われた特別監獄は壊滅状態で、特に囚人はほぼ全滅だったんだって」


 惨たらしい報告に、一同無言となる。

 数秒ほどの沈黙をもってから……。


「私もあの赤マントを直接見たことがあるからわかる。そんな酷いことはアイツ以外にできないよ。アイツの異常さは直接見なきゃわからない」

「なるほどたしかに。しかしそんな情報があるなら、その特別監獄とやらに向かった方がいいんじゃないか? こんな森の中をほっつき歩いてる場合か?」


 イダの抗議にもセルメトはたじろがない。


「事件現場に犯人がいつまでも突っ立てるわけないだろ。逃げ去った跡地に駆けつけても意味はない。それより耳寄りな情報がある」

「耳寄りな情報?」

「襲撃された特別監獄の、生き残りが聞いたらしい。襲撃者の赤マントは仲間との会話で『おろしの森』に行くと話し合ってたそうなんだ」

「それが、ここか……」


 周囲の鬱蒼とした木々を見回す。


「襲撃犯をお縄にしようとセンターギルドはてんやわんや。そのお陰で各ギルドを飛び交う状況を、私たちも漏れ聞けたんだがね。本気で赤マントを捕まえたかったら向かう場所を先回りするのが効率いいんじゃ?」

「なるほど、現状は理解した」


 イダは鬱蒼とした森の中を進む。


「……だが、ドリスメギアンが襲撃して生存者が残るものなのか? そして都合よく盗み聞き? 話が出来すぎているような……!?」


 ブツブツと独り言を述べる先で、ある者たちと遭遇した。


 そもそも彼らが手掛かりとした情報は、センターギルドから発せられたもの。

 特別監獄を壊滅させたことで、いよいよセンターギルドに明確な、甚大な被害をもたらしたインフェルノである。


 センターギルドとてメンツを懸けて犯人を追うであろう。


 逃亡先と思われる『おろしの森』に追っ手を向けているのは想像に難くない。

 そして追っ手に任じられるのは、かねてからインフェルノを追撃する精鋭の中の精鋭……。



「えッ!?」

「お前たちは……!?」


 当代の勇者レーディ。

 その仲間たちを率いて『おろしの森』に入っていた。


 目的はもちろんインフェルノ。


「アナタは!? また性懲りもなく人間領に侵入してきたのですか!?」


 イダの姿を確認し、レーディは一気に警戒を露わにする。

 かつて圧倒的実力差で殺されかけた相手。仲間のパーティメンバーも即座に武器をかまえる。


「賊を追ってこやつと遭遇したということは、やはり縁の者でござったか!?」

「油断めさるな! 今度こそ遅れはとるまいぞ!」


 セッシャやゼスターも昂り甚だしい。

 かつてイダに圧倒された記憶が生々しいのだろう。


「……愚かしいな。あそこまで実力差を見せつけられながら、まだ私と戦えると思っているのか? 戦いの形が成り立つと思っているのか?」

「たとえ勝てない相手でも勇者の名を背負ったからには……!!」


 当然の成り行きとして戦闘が始まろうとした、その寸前。


「あーッ!! レーディちゃんなのだわ!」

「まさかゼビちゃん!? どうしたのこんなところで久しぶりー!」


 一人のアホによって戦闘が見事回避された。

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[一言] ゼビちゃん、役立った。
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