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195 インフェルノ、分裂する(地獄side)

 一方同じ頃、当のインフェルノはどうしていたか。


『天地』のイダという不測の追っ手を受け、その対処に全力を注がざるをえなかった。

 集合体の奥底に眠っていたドリスメギアンが表層化し、その魔秘宝を駆使することで何とか逃げおおせた。


 潜伏して姿を隠しつつ、地を駆けて、向かった先は……。



 監獄だった。


 センターギルドが運営する特別監獄。

 オーラ能力を得た冒険者が、その力を使って犯罪に手を染めた場合、どの街中のどんな勢力圏内にいようと、ここへ収監される。


 オーラ能力を使えば、どんな牢獄に閉じ込めようと脱獄可能だからだ。

 それを封じ、完全に閉じ込めておく施設はセンターギルドの特別監獄しかなかった。


 その監獄が襲われた。


 いかなるオーラの攻撃も阻止する厚い岩壁を打ち破り、看守を務めるA級冒険者を焼き殺して。

 監獄奥深くへ突き進むインフェルノ。


 インフェルノが、そこで始めたことは……。

 ……食事だった。


 牢に閉じ込められた囚人を一人ずつ、引きずり出してはグチャリ、グチュリと肉音をたてながら貪っていく。


 囚人たちにとっては生き地獄でしかなかった。


 牢に囚われているため逃げることもできず、自分の食われる順番を座して待つのみ。

 インフェルノは奇怪な長い手でもって鉄格子の間をすり抜け、奥にいる囚人の頭なり肩なりを掴んで引き出す。


 鉄格子の隙間から。


 逃がさないための鉄格子だから、当然囚人の体はつかえる。

 それでも無理やり引っ張り出そうとするので、囚人にとっては地獄だった。


「ぎゃああああああッ!? 痛い痛い痛い!? 無理だッ! 無理だああああああッ!?」


 結局隙間から抜け出す頃には関節は外れ、骨は砕け、肉はひしゃげる。


 急いで食わねばならなかった、死ねば体から魂は失われる。

 そんなことを何百回と繰り返し……。


「…………満腹といったところか、一応な」


 インフェルノの腹からゲップに似た音が鳴った。

 周囲に人の息遣いはもうなかった。

 あるのは食い散らかされた肉片と、床一面を塗りつぶす血の赤だけだった。


「美味なる魂たちだった。憎しみの味が濃厚に染みつき、力もそれなりに強い。この水準の魂が数多く備蓄されている。いい場所を突き止めたなセルニーヤ」

「お褒めに与り光栄ダ……」

「…………」


 またも、インフェルノの内部で会話が始まった。


「元々は、没収されたエサを取り戻すために調べていたのだがナ。村で捕まったエサたちは、ここに連れ込まれたらシイ」


 インフェルノがかつてラクス村を襲うために放った凶賊たち。

 それは元来、インフェルノが自身を強化するために集めていた者たちだった。


 正確が歪んで拗け、怒り憎しみに染まりやすかったために見出され、洗脳魔法をかけられ感情を乱され憎しみに育っていった。

 ゆっくり育てて、心が憎しみに染まりきったら接触しようと。

 そういう養殖者が何十人といたのだが、その途中ダリエルというより優良な栄養候補が見つかったため、それを得る作戦の一環で流用したのである。


 どうせいずれは食らう生贄たち。その前に別の使い道を与えるのも効率的だと。


 牛や馬を食肉に変える前に荷駄を引かせる程度の感覚で作戦に使ったが見事裏目に出た。

 ラクス村の戦力によって撃退された贄は残らずセンターギルドの虜囚となってしまった。


 ダリエルに比べればクズでしかない贄どもだが失うには惜しい。

 そうして取り戻すために行方を追い、見つけ出したのがセンターギルド特別監獄だった。

 捕まえられた凶賊たちは、ここへ送り込まれた。


「元々監獄だけに、主様の好む魂が蠢いているようダナ。養殖中の魂も、檻に入れられ却って憎しみを募らせたようダ。よい塩梅に下がってイル」

「たらふく食べたが、これでもジークフリーゲル、トルトリトゥを失った分の補いには足らんな。精々どちらか一人分程度か」

「地獄から共に這い出してきた同志を二人も失うのは痛かッタ。まさかこのように速い段階でナ。早急に新たな補給手段を立案しヨウ」

「…………」


 インフェルノを構成している亡者体は、現在三つ。

 地獄脱出時に五つの亡者が複合されていたのに、二つが失われた。

 一つは戦いの末に散った。亡者の最期としては勿体ないほど華々しい戦死だった。

 しかしもう一人の方は……。


「……どうしてトルトリトゥを見捨てた?」

「うム?」


 恨みがましい非難の声。

 それはインフェルノ三人目の、それまで沈黙を保っていた男。


「オレたちは同志じゃなかったのか!? 魔王を倒すために一緒に地獄を抜け出してきたんだろう!? それをまるで……捨て駒のように……!?」


 声の主はアボスと言う、数十年前には正規の勇者を務めていた元人間。

 地獄に落ちる者のお決まりのパターンとして、生前は悪行に手を染めていた。


 そしてトルトリトゥとは、やはりインフェルノを構成していた亡者の一体。

 生前は『桃水』トルトリトゥの名で四天王の座に並んでいたが、地獄に落ち、ドリスメギアンと共謀してインフェルノとなった。


 その挙句、ラスパーダ要塞で『天地』のイダへと対抗するために、その魂すべてを熱量に変換されて消滅したのであった。


 それがドリスメギアンの魔秘法。魂を直接変換した炎熱は巨大要塞をも灰も残さず蒸発させた。


「ドリスメギアン! テメエもしや自分以外の全員がそうだと思ってるんじゃねえか!? ピンチの時にぶっ放す爆弾代わりとでも! オレのことも、いざとなったら魂を消滅させて……!?」

「それがどうした?」


 返ってきた答えは冷徹だった。


「我らは地獄の亡者。その心は既に穢れきっている。まさか仲よしこよしで魔王を倒そうというつもりだったのか?」

「……トルトリトゥが消滅したのは、ヤツ自身の落ち度ダ」


 ドリスメギアンでないもう一つの声が言う。


「ヤツが弱いからいけなかったノダ」

「何ぃ!?」

「弱く愚かだから熱量変換するしか使い道がなかッタ。考えても見ロ。私、お前、トルトリトゥ。この三人の中で主様は何故、トルトリトゥを捨て駒に選んだか」

「……アイツが、弱かったから?」


 ほくそ笑む気配が伝わる。


「そうダ。逆に言えばお前や私にはまだ使い道がアル。それゆえに見捨てられていないノダ。強者と認められたなら弱者を見下セ。余計な情けなどかけるナ。それができないのナラバ……」

「……次はお前を捨て駒に使うとしよう」


 ドリスメギアン当人から迫る声に、息を飲む気配が発せられる。

 アボスの心象が変わった。


「いいだろう。オレは勇者だ。強いから勇者に選ばれた。それなのにセンターギルドのバカどもはオレを認めなかった。決定を覆して勇者の称号を剥奪した!」

「…………」

「認めさせてやる! センターギルドのバカどもにも、魔王にも、お前たちにも! オレが最強だと認めさせてやる! オレを捨て駒になんて絶対できないと思わせてやるぞ!」

「その意気だ。それでこそオレが直々に選んだインフェルノ」


『インフェルノ』とは地獄の意味。

 地獄から抜け出した亡者たちが地獄を名乗る。

 それは彼らそのものもまた地獄であるという意味だった。地獄から地獄が溢れ出た。


「しかし、口で言うだけでは不安は払しょくしきれまい。オレがお前たちを頼りにしている、その確証を、行動で示そう」


 インフェルノの赤マントの中で何かが蠢く。


「この監獄で貪った囚人たち。魂もそれなりに栄養となったが、得られたものはそれだけではない」


 インフェルノは、囚人の魂だけでなく肉体も諸共貪り食った。

 ドリスメギアンが求めるのは魂のみで、付随する肉体は本来不要のもの。


 しかし、そうした不要物も使いようでリサイクルできた。


 ゴブリ、というおぞましい音と共に、赤マントの内側から何者かが這い出してくる。

 それは二つ。

 二人の男がインフェルノの中から分離し、立ち上がった。


「取り込んだ囚人どもの肉体を素材に、お前たちの亡者体を補修してやった。これでオレから離れても独立して活動できるだろう」


 複数の亡者の集合体であったインフェルノが、それぞれ独立し分裂した。


「セルニーヤ、アボス」


 これでもはや赤マントは完全にドリスメギアン単独となった。


「お前たちの働きに期待する」

「必ずや主様の助けとなりまショウ」


 分離した亡者の一人が恭しく一礼した。

 もう一人は面白くなさそうに横を向く。


「ケッ」

「シテ、我々を切り離して主様は何をなさるノデ?」


 その問いにドリスメギアンは答える。


「少し早いが次の段階に移るつもりだ。イダが追ってきて余裕がなくなってきた。できればもう少しパワーを得てからにしたかったが、まあ何とかなろう」

「主様なら必ずやじゃじゃ馬どもを従えられまショウ」


 分離した亡者の一人……セルニーヤは、ドリスメギアンの忠実な家臣であるかのようだった。


「では、我々の役目はその間ノ……?」

「わかっているではないか。察しのよさ『魔王軍の走狗』と呼ばれただけはある」

「蔑みの悪口デス。どうかお忘れヲ……」


 こうして地獄は三つに分かれ、一人と二人、まったく別の方向へ飛んで消えた。


 影はますます激しく蠢く。

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