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194 ダリエル、押し留められる

「えッ!?」


 予想だにしなかった返答に、俺は言葉を失い呆然とするしかなかった。

 まさか断られるとは。


 断固として拒否するのはヴァルハラの使徒で元勇者のエステリカさん。


「どういうつもりだ?」


 そう抗議めいて口を挟むのはイダさんだった。


「現世人の協力と言うなら、彼をこそ期待すべきだろう。むしろそのためにここを訪れたのだと思っていたが?」


 俺もそう思います。


「いいえ」


 それでもエステリカさんは頑なだった。


「我々がここを訪ねた理由は、まずイダ様の一連のやらかしを謝罪すること。二つ目に我らが人間領内を速やかに移動する協力を取り付けるため。それ以上の助けは求めません」

「しかし……!?」


 何故そこまで俺の直接協力を拒むのか?


「え? え? 何?」


 一連のやり取りを眺めてドロイエが戸惑いっていた。


 アイツは俺が直接戦ってるところをまだ見たことがないから、今でも俺のこと魔法が使えない後方支援専門だと思ってるんだろう。


「エステリカさん、説明してほしい」


 俺自身も身を乗り出す。


「インフェルノが個人レベル、集落レベルでもない世界全体の脅威であることはわかった。そんなヤツを放置して俺一人見て見ぬふりをしていろと?」


 そんなことはできない。


 これでもグランバーザ様の指導を受け、アランツィルさんの血統を受け継いでいる俺だ。

 広がる危機に対処しなくては仁義を失う。


「それでもダメです。アナタにはもっと優先して守るべきものがあるはずです。アナタにしか守れないものが……」


 そう言われて脳裏をよぎるのはマリーカとグランの顔。

 しかし……。


「この世界には、同じように妻子を守ろうとする父親がたくさんいる。そんな彼らにも強弱はあって、インフェルノが目の前に現れた時、守れるかどうかわからない」


 だから俺は代わりに守らねばならないのではないのですか?

 力ある俺が。


「…………」

「ッ!?」


 エステリカさんの手が、俺の頬に触れた。

 唐突なことだったのでビクリとなる。


「その正義感は誰から受け継いだのかしら?」


 えッ?

 そう言われても……!?


 アランツィルさんはああ見えて個人的理由でしか戦わないし、強いて挙げればグランバーザ様かな?

 でもあの人も深く考えたら戦いの動機は使命感か?


「アナタが世界を捉え、どうすれば世界をよりよくできるかと考えられる人間であることを誇りに思います。しかしアナタはここから動いてはダメ。アナタの家族を守るのよ」

「しかし……!?」

「思い出して、私たちが聞かせたことを。インフェルノの首魁ドリスメギアンの使う怨炎を」


 ……。

 インフェルノを名乗る怪人の中心的役割を担う『沙火』のドリスメギアン。


 生前、火の四天王であったアイツは火炎魔法を極めた挙句、魔術によって人の魂を炎熱に変換する秘宝に辿り着いた。


「インフェルノたちが地獄脱出後、どうしてすぐさまあの御方に挑まなかったと思う? 人間領で、一件何の関係もない事件をいくつも引き起こしたと思う?」

「……ッ!?」


 たしかに。


 三勇者を洗脳してミスリルを強奪させたり、無名の暴漢を大量にラクス村へ送り込んだり、ラスパーダ要塞を襲撃したり……。


 ヤツは何故そんなことをした?

 最終目標である打倒魔王様と一見何の関係もない……!?


 ……いや?


「ヤツらは欲しているのです、火炎魔法の燃剤とするべき人の魂を。今の段階ではあの御方に勝てないとわかっているからです」

「これまでヤツらが起こした事件は、魔王様と戦うための準備だったと言うことですか?」


 インフェルノの中心ドリスメギアンは、人の魂そのものを炎熱に変換できる。

 だから単純に多くの人を集め、その魂を燃料にすれば……。


 ……魔王様に対抗できるほどの超高熱炎を作り出せる!?


「思い至ったようですね、頭がよく回る……」


 と言うエステリカさんはどこか満足げ。


「しかしドリスメギアンにとって魂であれば何でもいいというわけではないようです。炎熱変換には魂が発する感情が大きく影響します」

「感情……!?」


 心と魂は不可分。

 心が表す感情が、魂にも大きく影響する?


「もっとも無秩序で凶悪な炎を生み出すに適した感情は、怒り、憎悪。そうした負の激情をこそヤツらは好みます」


 強い炎を生み出せるから。


「ヤツらにとって、心を憎悪に支配された人こそもっとも優良な栄養であるようです。かつ、元来保有するオーラや魔力量が高ければなおいい」


 ではこれまでインフェルノが起こした一連の事件は……!?

 そうした優良な燃料としての人の魂を取り込むため……!?


 三勇者によるミスリル強奪事件の時は、洗脳魔法で感情を暴走させた勇者たちがミスリルを食らい、基礎オーラ量も段違いに跳ね上がっていた。


 洗脳魔法で勇者たちは敵意に満ちた獣のようになっていたし、さらにミスリル摂取で高めたオーラ量を考えれば、実に美味しいご馳走になっていたのではないか?

 インフェルノたちにとって。


「ただ食らうだけでなく、より自分に適した栄養となるように作り変えていた……!?」


 センターギルド理事のローセルウィも、オーラ量こそ少ないが功名心利己心の塊で、なかなか優良な栄養素となっただろう。


 インフェルノの暗躍は、すべてそのために……!?


 魔王様に対抗する力を欲して、他者の魂を食い漁っていた? 憎しみに塗れた魂を……!?


「……はッ!?」


 では、ラクス村を襲ったのはどういう意図からだ?

 ヤツはローセルウィの野心を利用して、ラクス村へ多くの悪漢暴漢を送り込んで村をめちゃくちゃにしようとした。

 俺の留守中に。


 そんなことをしてヤツに得られるメリットなんて……!?

 ヤツにとってのメリットは憎しみ塗れの強者の魂……!?


「自分で気づいたようですね。素晴らしい」

「あの事件の、インフェルノの狙いは俺だった……!?」


 俺にはアランツィルさん譲りの潤沢なオーラ量がある。

 そんな俺の心が憎しみに支配されれば、格好の御馳走になるだろう。


「だからラクス村を襲ったのか……!? 村を滅ぼして、マリーカやグランを殺せば……!」


 それこそ俺は怒り狂うだろう、心のすべてが憎しみ一色に塗り替えられる。

 それこそがインフェルノの狙いであり、目的だった。


『心に憎しみを持ち合わせていたならさぞかし優良な我らの同志となっていたろう』


 そう言っていたのは、当時インフェルノの主導権を持っていたジークフリーゲル。

 言葉の意味がやっとわかった。


 そしてそれだけで怒りがこみ上げる。


「感情を抑えなさい」


 エステリカさんに言われた。


「アナタは父親から破格のオーラ能力だけでなく激情も受け継いだようね。感情のうねりは時に人を強くしますが、危険な脆さも生み出します。コントロールすることが大切よ」


 彼女の言う通りだ。

 俺は深呼吸し感情を整えた。


「……インフェルノは追い詰められています。弱ってもいる。だからこそ力を取り戻すため以前以上に魂を求めています。アナタが再び狙われる可能性も高いわ」


 俺の心が憎しみに支配されれば、インフェルノにとってこの上ないご馳走になる。

 俺を憎しみに突き落とすには……。


「だからアナタは村から動いてはダメ。アナタの家族はアナタ自身の手で守るのよ。それがアナタの選んだ道でしょう?」


 エステリカさんのお説教は、何故か人一倍胸に染み入る。

 言葉以上の説得力を伴った。


「インフェルノの討伐は、その使命を受けた私たちで必ずやり通します。だからアナタはアナタの使命を果たしなさい。アナタの守るべきものを守りなさい」

「アナタの言う通りです……」


 インフェルノは、ここに来る可能性がある。

 その時は俺が迎え撃たなければ。


 俺のもっとも大事な故郷と家族を守るために……。

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