190 ダリエル、天国のことを聞く
「地獄……」
その話は誰からだか聞いたことがある。
ほんの少しの障りでしかなかったが。
「ヤツがどこから来たのかは聞いています。断片的ですが」
「ならば改めて聞かせてあげましょう。ヤツらは、インフェルノは地獄から来ました」
ヤツら……、か。
「あの御方はそういう世界をお持ちなのです。過去、心浅ましく言行醜い者たちはあの御方に裁かれ地獄に堕ちました。地獄の底で烈火に焼かれ、罪の報いを受けるのです」
「ヤツはそこを……抜け出してきたと?」
「脱走というべきでしょうかね。つい最近、地獄の蓋が開きました。落ちるべき者を地獄に落とすためだと聞いています」
それってまさか……?
「バシュバーザとか言うヤツだ。傲慢にして惰弱な性状が魔王様の不興を買ったらしいな」
聞いた途端、俺とドロイエは顔を顰めた。
『やっぱアイツか』という感じ。
もしも本当に地獄とやらがあるならばバシュバーザこそ、そこに落ちて然るべき男。
それが大方の認識だった。
しかしマジで地獄に落ちたと知らされたら失望感というか脱力に襲われるしかない。
グランバーザ様には絶対聞かせたくないな。
三兄妹のしごき中で席を外していて本当によかった。
「バシュバーザを落とすために地獄が開いた。その一瞬の隙間をついて現世への脱出を果たしたのがインフェルノ」
「ヤツらが現世に這い出てきて、よいことなど一つもありません」
それはこれまで起こったことのすべてが証明している。
洗脳された三勇者によるミスリル強奪。
ラクス村襲撃と理事ローセルウィの頓死。
そしてラスパーダ要塞の消滅。
アイツが引き起こしてきたことで、碌なことなど一つもない。
「インフェルノは何故、現世で悪さなどしでかしているんでしょう?」
俺自身、直接被害をこうむることもあったので聞かずにはいられなかった。
「地獄に落ちるような連中だから悪いヤツなのはたしかだろう。しかしヤツらの所業には単なる悪行じゃない、何か計画のようなものを感じる」
そうでなければ裏に隠れ、黒幕のように振る舞うこともないはずだ。
それに俺は直接聞いた。
インフェルノと対峙した時、ヤツが自分から言ってきたのだ。
ヤツの目的は……。
「………………」
「ん?」
なんか視線を感じる。
客人の女性が俺のことをジッと凝視しているではないか。
「え? 何か……?」
あまりにも熱心に見つめてくるので、戸惑いの俺だった。
「……いいえ、その深く考え込む姿に見入っただけです」
「え?」
どういうこと?
「似ていないと思っていたけれど、時折ピッタリ重なるような時があるわね」
「?????」
何のことやら?
とにかくだ。
「インフェルノはこの世のものではない。だから同じ隔絶の者でしか対処できない。そこで我々が向かう。ヴァルハラの使徒である我々が」
「そこでまた一つわからんのですが……」
ヴァルハラって何だ?
これまでいくつか会話に上がっている単語だが、いまいち意味がわからん。
このやたらと肌の白い人たちが、そこからやってきたということぐらいはわかるが。
「ヴァルハラは、あの御方が所持されている世界の一つです」
「世界を、所持する……!?」
スケールが違い過ぎて気が遠くなる。
「ある意味では地獄と同じかもしれません。地獄もまたあの御方が所持し、管理する世界ですから」
「しかし性質は違う。まったく逆と言っていい」
イダさんが説明を加える。
「地獄もヴァルハラも、生を終えた者が向かう世界だ。この現世で生を終えた者が。しかし誰でも行けるわけではない。厳しい条件を満たし、魔王様に認められた者だけがヴァルハラの門を潜れる」
ほう?
まるでヴァルハラとやらに行けるのが大変な名誉みたいな言い方だな?
「罪ある者が地獄に落ちると定められているように、ヴァルハラにも条件があります。選ばれた者だけが住まうことを許される、その条件とは……」
「強さだ」
ヴァルハラの住人であることに誇りがあるのだろうか、イダさんは聞かれてもないのに率先してヴァルハラについて説明する。
「生前、類まれなる強さを発揮し、功績を遺した者だけがヴァルハラに昇ることができる。旧き肉体を捨て、魂のみになったあと死ぬことも老いることもない新しい体を与えられ、星の園で永遠に戦い続けるのだ」
それがヴァルハラ。
「地獄の対極の世界といえるかもしれませんね。あの御方に賞された者はヴァルハラへと昇り、あの御方に罰せられた者は地獄に落ちる。それこそ……」
天国と地獄。
地獄はそのまんまだが、まるでヴァルハラは天国だと言わんばかりの口ぶりだな。
生前功績のあった四天王は、魔王様によって魂をヴァルハラに送られる。
数百年前の人である『天地』のイダが目の前にいることも、ヴァルハラの存在を知れば納得できる。
……か?
「アナタも生前の功績を讃えられたと言うことなんですね?」
直接イダさんに聞いてみる。
「いかにも、人間側が建設したラスパーダ要塞の奪取、それを魔族用の防衛拠点として改装。そしていまだ破られることのない勇者撃退数最多記録。それらを理由にヴァルハラに入ることを許された」
『天地』のイダは、魔族数百年の歴史において最高クラスの四天王であることは間違いない。
偉人英傑のみが入れる天国があるとしたら、たしかに彼にこそ住人となる資格が与えられるだろう。
「……魔王様は、どうしてそんな世界を作られたのでしょう?」
「あの方の遠大な御心を、我らごときが知りえるわけがない。我らはただ、あの方が与えてくださる栄誉に喜び満たされるだけだ」
忠実な魔王様の臣下としては模範的な回答だろう。
「ダリエルといったな? キミの鍛え上げた技と力も相当に素晴らしい。キミも現世での役割を終えたあと、魂はヴァルハラに迎えられる可能性は充分に高い。今のうちに準備しておくのだな」
えー?
「ヴァルハラに行ってどうするんですか?」
「永遠に戦い続ける。我らと同じように老いず死なない体を与えられ、先達たる過去歴代の英霊と殺し合いを続けるのだ。死んでも甦り、殺されても甦り、戦って戦って戦い続ける。そして生前讃えられた最強を、さらに高みへと鍛え上げるのだ」
ヴァルハラとは、そういうところらしい。
なんかやだ、それ。
俺は別に戦いが好きではなく、人生の大半を裏方として務めてきた。
ラクス村に移り住んでからも村長として村を守り、発展させる仕事に打ち込んできたからな。
そういう仕事の方が性に合ってて楽しい。
何かを作り、育んで、発展させる。そういう行為の方が戦いよりも難しくてやり甲斐があると思う。
息子グランを授かり、人一人を一から育てていく仕事も与えられて益々思う。
それに比べたら永遠に戦い続けるって……。
……虚しくない?
「それに俺、四天王じゃないですよ。まして魔族でもない」
随分長いこと自分を魔族だと思っていたが、違った。
そんな俺にヴァルハラに入る資格があるの?
「何か問題でも?」
「え?」
「勘違いしているようだな。ヴァルハラへの入門資格に種族も役職も関係ない。実際あのエステリカも……」
促されて振り向くと、例のヴァルハラ使徒エステリカさんがドロイエから質問を受けていた。
「光栄です! 過去の英雄にお会いできるなんて!」
「いいえ、私など所詮末席……」
ドロイエが、お姉さまに憧れる妹分みたくなっておる。
彼女の真面目さが滲み出ておるなあ。
「それであの……、失礼ですがエステリカ様は、いつの時代の四天王だったのでしょう? 勉強不足で思い当たらず……! すみません……!」
「謝る必要はありません。私は四天王ではありませんから」
「え?」
え?
「私は人間族の勇者でした。生前の勇戦が認められて、あの御方よりヴァルハラに招かれたのですよ」






