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188 ダリエル、新たな状況を推察する

「ダリエルが見つかってくれたのは、本当によかった」


 話し合いも一段落ついてドロイエが息をつく。

 まるで窒息寸前で水中から上がったかのような深い息だった。


「これ以上私だけで状況を支えるのは無理だと思っていたから。ダリエルが現れたきっかけがラスパーダ要塞の消滅だったと思い返せば複雑だけども……! それを差し引いても……!」


 そういやそんなことあったなあ。

 魔王軍としては大事件だが。


 あとウチのグランくんが『大事な話が終わったんならおっぱい触らして』と言わんばかりだったので、今はドロイエに抱いてもらってる。

 ……ホント遠慮なしに揉むなウチの子。


「要塞の後始末はどうしてるの? 魔王軍的にはてんやわんやでしょう?」

「ベゼリアに任せてきた。本当なら私も働くべきだが、ダリエルに会うことが最優先だと思ってな」


 色んな事のシワ寄せを受ける者がまた一人……。


「だから私も、用件が済んだらすぐさま戻らなければ。ベゼリアだけに負担を強いるわけにはいかない」

「え? もう帰るのだわ? 寂しいけど仕方がないのだわ、またねー」

「お前も戻るんだぞ?」


 そうだぞ?


「だがその前にダリエルに聞きたいことがある。早速で悪いのだが知恵を貸してもらえないだろうか?」

「ん? 何でしょう?」


 力を貸すと言ったばかりだしな。

 俺に答えられることなら何なりと聞いてくれたまえ。


「ラスパーダ要塞についてだ。あれは勇者の侵攻を阻むためのもっとも強固な防壁。勇者を魔族領に入れないための最終防衛ラインだった」

「ふむ、たしかに」


 しかし、そのラスパーダ要塞も今はない。

 信じがたい話だが、ある一人の魔導士によって吹き飛ばされてしまった。


 俺も実際見て我が目を疑ったが、ラスパーダ要塞があった場所は綺麗に焼き払われて灰の一粒も残っていなかった。


 一体どんな大魔術を使いこなせばあんなことが可能なのか?


 そっちも問題であるが今は置いておいて……。


「ラスパーダ要塞がなくなったことで、我々は根本的な方針の見直しが迫られる。これまでは攻めてくる勇者を要塞で迎え撃てばよかった。しかし要塞はもうない」


 ドロイエの頭の中では、防衛拠点なしでの勇者迎撃が思い描かれているのだろう。

 かなり絶望的な絵面で。


 いつ攻めてくるかわからない勇者を設備なしで待ち受けるのは相当辛いことだ。


 要塞は防衛施設というだけでなく、生活に必要なものが完備されていた。

 暖かい寝床もあるし、食料を絶やさぬよう倉庫の備蓄は常に満杯であったろう。バストイレもついている。


 そんな防衛施設を欠いて、大軍を擁しつつ勇者を警戒、迎撃できるだろうか、ってことだろうな。


「私の考えとしては、今すぐにでも新たな要塞の再建設すべきだと思う。とにかく要塞なしに勇者を迎撃できないから、軍部も予算割いてくれると思うんだ。めっちゃ嫌々ながらだろうけど」

「めっちゃ嫌々ながらなんだ……!?」


 どれだけ険悪な仲なの現役四天王と軍上層部?

 バシュバーザの置き土産が災禍だなあ……!


「しかしいくら資金調達できたとしても建設までに時間がかかる。その間勇者が攻めてきたらどうすべきかと悩みどころで……!」


 勇者レーディは今それどころじゃないとドロイエは知らないんだろう。

 これが諜報を封じられる辛さか、と俺はまた切ない気持ちになった。


「…………ゆ、勇者はもうしばらく攻めてこないとは思うが」

「本当か!? さすがダリエル何でもお見通しなんだな!」


 何故か賞賛された。

 その手放し具合がなんか申し訳ない。


「しかしそれ以前に要塞再建設の案はもう少し考えた方がいいと思う」

「それは……ッ!?」

「前にも言ったが、ラスパーダ要塞を本当に必要としているのは魔族じゃない。人間族なんだ。あの要塞を元々建設したのは人間族だ」


 元々この戦いの攻め手と守り手はしっかりと決まっている。

 魔王様を狙う人間族の勇者が攻め込み、魔王様をお守りせんとする魔族側が、それを阻む。


 何度勇者と四天王が代替わりしても、その関係性だけは何百年と変わらなかった。


 ならば守る側の魔族の方が要塞を必要とするんじゃないの? と思われるかもしれない。

 それも事実の一点だ。


 ただし勇者は魔王様を目指し、魔族領の奥深くまで分け入っていかねばならない。


 敵地で孤立無援というのは想像以上に厳しい状況だ。


 だからこそ敵領内に侵入した勇者を支援するために要塞が必要とされた。

 ラスパーダ要塞は本来、そういう役割のために作られたのだ。


「要塞を再建するというなら、人間族こそその必要性を感じて実行に移すだろう。要塞なしに勇者による魔族領侵攻はない」


 だからこそ勇者は、何十何百年と侵攻を繰り返しながらラスパーダ要塞を迂回することがなかった。


 ラスパーダ要塞を手に入れない限り、勇者を敵地で孤立無援にしてしまう上に退路まで断たれてしまう。


「ラスパーダ要塞は、元々人間族が建て、戦いの末に魔族が奪いとった。そう言っていたな」

「うむ、ちゃんと覚えていてくれて何よりだ」


 やはり物覚えのいい生徒はよい。


「以降、ラスパーダ要塞は悠久に続く勇者と四天王の戦いの象徴的場所になった。終ることのない長い長い戦いは、ラスパーダ要塞が成立させるパワーバランスによって保たれてきた」

「では、そのラスパーダ要塞がなくなったからには」


 勇者と四天王の戦いが根本的に変わる。


「ここまで考えないといけないかもな」


 見方を変えれば、要塞があったから勇者もそこへ向かって進撃し、四天王もそこにこもって守ろうとした。


 拠点がなくなれば、寄るべき道筋を失った代わりに、何処にでも自由に通って魔王城を目指すことができる。


 無論そうならない可能性もある。

 人というものは悲しいが、基本となる考えを捨て去るのが非常に難しい。


 要塞が消え去ったとしても『要塞なしに魔族領内を侵攻できない』『要塞なしに勇者を防げない』という固定観念を消しきれず、新たな要塞を建設し、防衛戦を継続することだって充分にありえる。


「というかその可能性の方が断然高いけどな」

「私も、ダリエルに指摘されるまでその考えで頭がいっぱいだった……」


 ドロイエが反省するように俯いた。

 指摘すれば抵抗なく受け入れる。いい生徒だ。


「一番いいのは同じ場所にまた要塞が建てられ、争奪戦を続けることだ。つまり現状維持だ」


 どうせ、この戦いは永遠に終わらない。

 ならば決まった枠に当てはめて決まった通りに進める方が、余計な被害が出なくて済む。


「問題は、それ以外の選択肢に誰かが気づいた時だな」

「誰かが……!?」

「現状、その誰かになる資格は当代の勇者にしかないんだが……」


 つまりレーディだな。

 彼女にどれだけ柔軟な発想ができれるかで、これからの勇者と四天王の戦いは様相をガラリと変える。


 要塞に囚われて、そこでしか激突しない決まりきったものから。

 より混沌とした戦いへ移り変わるかもしれない。


「これ釘差しといた方がいいかも」


 俺としても故郷が騒がしくなるのは嫌だから、戦いはできるだけ静かにしてほしい。

 その点ラスパーダ要塞の奪い合いは、余計なところに戦火が散らなくて理想的な殺し合いであった。


 要塞自体はなくなってもその形は続いてほしいなあ。


「……そういえばレーディちゃんがいないのだわ? 何処に行ったのだわ?」

「え?」


 ゼビアンテスの不用意な発言に、ドロイエが目を丸くする。


「野暮用があって出ていったよ。しばらくは戻ってこないんじゃないかな」

「なーんだ、久々にハグり合いたかったのに残念だわー」


 野暮用が野暮用だけに、しばらく戻ってこれないんじゃないかな。


 ただレーディたちも、ここで暮らした時期が長くなったせいか、すっかり身内という感じでなあ。

 アランツィルさんに止められたんで見送るにとどめたが、是非とも無事帰ってきてほしいものだ。


「アナター、アナター」


 マリーカから呼ばれた。


「お客様よ、アナタに用があるんですって」

「え? また?」


 色々客が来る日だな。

 もしやレーディが戻ってきたか?

 こんなに早く戻ってくるとは考えにくいが、噂をすれば影とも言うしなあ。


 しかし実際会ってみて、噂をして射された影はとんでもない影だった。


 過去の魔王軍四天王の一人『天地』のイダが、俺んちの玄関前に立っていた。

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