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186 ダリエル、仕官を求められる

「四天王副官に……? また……?」


 それは意外な申し出だった。


「俺は一度、その資格がないと解雇されました」

「それは間違いだった」


 ドロイエの口調に決然さが伴っていた。

 それは俺が魔王軍在籍時には感じられなかったもので、彼女の成長の証ととることができた。


 ドロイエは最前線に立って軍を率い、勇者の侵攻を防いできたという。

 そんな修羅場をくぐり抜ければリーダーの風格も伴うか。


「かつてはバシュバーザの身勝手に押し切られ、お前を放逐してしまった。しかしお前がいなくなってすぐさまわかったのだ、お前の有用さが」

「…………」

「四天王の連中は……、私も含めてだが……、魔法の力さえ強ければ勇者を防げると思っていた。向かってくる者を返り討てばいい、それだけでいいと」


 それが間違いだと気づいたのだろう。


 たしかに四天王は、卓越した魔法の使い手を基準に選ばれる。


 魔法の使い方さえ上手ければ。魔法による戦闘能力さえ高ければ。

 別に魔王軍に所属していなくても四天王に入ることができる。


 事実、現役四天王の中に軍経験者は一人もいなかったはずだ。


「実際に勇者との戦闘に入ってすぐさまわかった。戦いとは実質的な殴り合いだけではない。その他多くの要素をひっくるめてすべてを戦いと呼ぶのだと。……我々には足りないものだらけだった。愚かにも、戦い始めてからやっとそれに気づいたのだ」


 偵察し、敵、地勢を調べ、状況に沿った作戦を立てて、実行する。


 およそ組織戦闘を経験した者なら誰もが知っているだろう常識を、彼女らは知らないまま戦闘に出てしまった。


 その苦労は察して余りある。


「……実際、一世代の四天王の中に軍人出身者が一人もいないというのも珍しい話だ」


 大抵は最低でも一人いて、作戦の指揮を執り中心人物となる。

 グランバーザ様などはその典型だった。


 当代で、そういう常識が覆されたのは四天王の外に軍事的役割を担う最適任がいたということ。

 傍らで四天王をサポートし、時には調教師が獣を飼い慣らすように操作する。


 そんな風に活躍することを期待されて四天王補佐に抜擢されたのが……。


「そうだダリエル、お前だ」


 ドロイエが言った。

 なんか切実。


「結局のところ当代の四天王は、お前が万全に活躍するための手駒にすぎなかったのかもしれぬ」


 俺は魔法が使えない。

 しかし先代四天王の下で補佐役を勤め上げた軍事的経験値は……、まあ、他の追随を許さぬほどだと自負してもいいぐらいだ。

 大手を振って言い触らしたりはしないが。


「それなのにバシュバーザは愚かにも、お前を四天王補佐の座から排した。それどころか復帰の可能性を残さぬよう魔王軍自体からも追い出してしまった。愚かとしか言いようがない」


 かつての四天王『絢火』のバシュバーザ。

 今はもういない。

 この世のどこにも。


「っていうか俺を魔王軍そのものからクビにしたのって、そういう意図があったのか?」

「バシュバーザは本当にお前を目の敵にしていた。同じグランバーザ様の流れを汲む者として対抗心があったのかもしれん。それだけでなく、お前が去ったあと多くの方面からお前の優秀さを思い出し、お前を惜しむ声が上がった」


 それが益々バシュバーザを追い詰めた?


 かつて炎魔獣サラマンドラを引き連れて俺に挑みに来たバシュバーザには、鬼気迫る表情があった。

 まるで悪霊にでも憑かれたような憔悴ぶりだったが、ヤツに憑いていたのは『他者からの重圧』という名の悪霊だった?


「私もまた、お前を罷免したことの愚かさにすぐ気が付いた。そして失敗を修正しようと行動した」

「具体的には?」

「お前を四天王補佐の座に戻すこと。しかしお前の行方は杳として知れず、どれだけの人員を費やしても探し出すことはできなかった。時間だけが無為に過ぎていった」


 まあ、まさか俺が人間領の方にいるとは思いもせんかっただろうからな。

 きっと魔族領側ばかりを愚直に探していたに違いない。


「まさかゼビアンテスのヤツが行方を掴んでいたとは……!!」


 横目に凄まじい視線を送るドロイエ。

 その標的は当然ながらゼビアンテスで、もう我関せずとおやつを貪っていた当人は『へにゃッ!?』と変な声を出した。


「しかし今となっては是非もない。こうしてお前を発見し、対面することが叶ったのだから」


 ソファに座った態勢のまま、背筋を伸ばし、威儀を正すドロイエ。


「改めて命ずる。ダリエルよ、魔王軍に復帰し、再び四天王補佐の任に就いてほしい。それ以前に発せられた、お前の名誉を傷つける通告のすべては破棄する」


 それは、俺を四天王補佐から魔王軍から解任したことを言っているのだろう。


「幸いと言うべきだろうか、お前の排斥にもっとも積極的だったバシュバーザは死んだ。もはや魔王軍にお前を疎むヤツは誰一人としていない。誰もがお前の帰還を望んでいる」


 それはドロイエの心底の望みでもあるようだった。


「ダリエルよ、お前のあるべき場所へと還るのだ!」


 それほどまでに人材として求められていることを喜ぶべきだろう。

 男の本懐というべきだ。


 しかし……。


「お断りいたします」


 俺は深々と頭を下げ、拒絶した。

 ドロイエの表情が凍るのが、後頭部越しにもわかった。


「そんな……、何故……!?」

「時は戻りません」


 下げた頭を上げてから言う。


「一度下した命令を軽々と撤廃するなど、あるまじきことです。指揮官の下す判断に間違いなく、変えがたいことであるから部下も安心して従える」


 主導したバシュバーザが死んだから、というのは言い訳にならない。


 四天王は四人で一つの意思決定体。


 四天王の名で下された判断は、メンバー四人すべてが責任を持たなくてはならない。

 四人で責任を押し付け合っていたら四天王は成立できない。


「それは、そうかもしれないが……!」

「アナタが最初に学ぶべきなのは、四天王という立場の重さだ。魔族の頂点に立ち、魔王様を除き誰も逆らうことができない。その一挙手一投足がどんな影響を及ぼすかを深刻に考えねばならない」


 横でゼビアンテスが『そうだわ、そうだわー』と囃した。

 コイツは人一倍叱ってやらねばなと思った。


「一度発した言葉は、翻してはならないというのか? 同じ四天王ならば、愚かな同僚が発した言葉にまで自分の言葉として責任を持たねばならないというのか?」

「そういうことです」


 それに俺自身、もう魔王軍に戻れない理由がいくつもある。


「既にゼビアンテス辺りから聞いていると思いますが……」

「わたくしは何も言ってないのだわー」


 コイツ!!


「俺は魔族ではありません、人間族だ」

「なッ!?」

「俺も、ここ数年の間に知ったことです。魔王軍から追放され、偶然にもこの村に辿り着いて、真実に気づいた」


 知らぬうちならともかく、もう気づいてしまった以上は魔王軍には戻れない。


 俺は人間族だ。

 そして魔王軍とは、魔族が魔族と魔王様を守るための軍なのだから。


「そして俺も、ここでの暮らしが長くなりすぎた。捨てて去るには尊すぎるものが多すぎる」


 傍らに立っていたマリーカを呼び寄せ、抱きかかえているグランを受け取る。


 赤子グランは、初めて訪問するお姉さんのドロイエに興味津々のようだった。


 俺の腕の中から乗り出すようにして、しきりに手を伸ばしている。

 ドロイエに向かって。……いやドロイエの体のある一部分に向かって。


 おっぱいか?

 またおっぱいか?


 この子の将来が本当に不安になってきた。


「その赤ん坊は……!?」

「俺の子です、人間族の妻との間にできた正真正銘の人間族です」


 この子を村に置き去りにして、人間族と敵対することなどできようか。

 選択肢にも入らない。


 そんな俺の固い決意を察してくれたのだろうか。


 ドロイエは一気に肩から力を落とすのだった。


「覆水は盆に返らずということか……」


 力なく言った。

 誰に訴えるでもない呟きであろう。


「たしかに私は、バシュバーザが強硬に主張した時それに同調してしまった。私一人でも真っ向から反対していれば平行線となってダリエルの解雇は防げたかもしれない」


 なんかビックリするぐらい内省しておられる。


「しかし妥協は許されなかったのだな。四天王という責任ある立場では。許されざる妥協の罰というわけか。ダリエルという最高の人材を逃し、二度と取り戻すことができないということは……」


 身を竦め、小さくなっていくドロイエを見ていて痛ましくなるほどだった。

 問題児揃いの当代四天王で孤軍奮闘、なんとか戦線を保ち、四天王の使命を果たしてきたドロイエ。


 そんな彼女の頑張りに報いがないというのも可哀相な話だが……。

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