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180 母、復活する(勇者side)

 魔王城。

 その最上階にある玉座にたたずむ者がいた。


 魔王。


 全魔族を支配する頂点の存在。


 現在魔王の間には、その主が一人いるのみで近習も遠ざけられている。

 たった一人の静寂の中で、魔王はおもむろに手をかざした。


 固めた握り拳を開くと同時に、手首を振る。

 その勢いに振り払われるように手の内側から、ベトリと赤いものが飛び出した。


 赤は大理石の床にベッチャリと張り付き、一瞬だけ間を置いてから、しかしすぐに動き出した。


 おのずから、ウネウネと。


 赤いドロリとしたものは盛り上がり、その内に含まれる様々な不純物を整え直し、再構成し……。

 骨、内臓、肉と再生し、元あるように構成し直し……。

 すべてが再現された末に現れたのは純白の子ども。歴史上の最強四天王『天地』のイダだった。


 イダは再生が終わるとすぐさま跪いた。

 みずからの主たる魔王へ向けて。


「今のは見過ごせないよねー」


 魔王は言った。

 いつも通りの野太いながら妙に間延びした声。


「キミに命じたのはさあ、逃げたペットの捜索でしょう? 勝手な戦闘なんて許可した覚えないよね?」

「申し訳ございません」


 イダは、跪いただけでは足りぬとばかりに身を伏せ、額を床に擦りつけた。

 誇りも何もない絶対服従の姿勢。


「勝手にヴァルハラへの選考しちゃうしさ。何勝手に現世の子殺してヴァルハラに迎えようとしてるの? 誰がヴァルハラに入れるかを決めるのはキミじゃないよね? 他でもないぼくちんだよね?」

「仰る通りでございます! この『天地』のイダ、身の程を弁えぬ愚か者でございました!」


 イダ、過剰なまでにへりくだり反省の意を表す。


「増長して魔王様の権能を侵し、自分の力であるように振る舞うなど言語道断! 魔王様どうか私に厳罰をお与え下さい! このような穢れた身でヴァルハラに戻ることはできません!」

「そういうのいいから」


 自責すること甚だしいイダに対し、魔王は何の気ない。


「ヴァルハラはぼくちんの大切な宝物入れだけど、中でコレクション同士が常に殺し合うから、どうしても脳筋になっちゃうよね。キミも生きてた頃は冷静沈着が売りの子だったのに、どうしてそうマッチョ信仰になっちゃうのか……?」

「申し訳ありません!!」

「ちなみにヴァルハラへの入所選考基準に期待値は含まれていません。あくまで生きている間に成し遂げた功績がすべてだから」


 魔王言う。


「たしかにレーディちゃんも活きがよくて将来ヴァルハラに入れる可能性大だけどさ。今の時点じゃまだまだ功績実力共に足りないよね。あのまま殺されてたら、魂はそのまま一般人コースだったね」

「魔王様が期待する俊英を台無しにするところだったとは……!? みずからの不徳の重さに耐えられません! どうか私を存在から抹消してください……!!」

「だからそういうのいいから」


 魔王は何に対してもどうでもよさげだった。


「もっと根本的な問題があるでしょう? キミをヴァルハラから呼び出した理由は何だった?」

「地獄から脱走したドリスメギアン始め複数の亡者を捕縛することです」

「そう」


 魔王が地獄の蓋を開けた直近の出来事。

 四天王『絢火』のバシュバーザが傲慢、独善、暴走の果てに魔王を不快にさせ、それがゆえに地獄へ堕ちることになった。

 インフェルノが地獄から脱出したのはその瞬間であった。


「彼らはずっと、その瞬間を狙ってたみたいだねえ。時間をかけて計画を練り、協力者を募って、肉体がないというのに現世で活動できる依り代を整えて脱走した」

「ドリスメギアンらしい意表を突く蛮行です」


 つまり、バシュバーザが地獄に堕ちなければインフェルノの災厄は起こらなかったということになる。

 迷惑な話だった。


「ぼくちんをビックリさせてくれることは大歓迎だから、その点ドリスメギアンくんは大好きだよ。ぼくちんのことたくさん憎んでるねえ。でもその憎しみを現世の子たちに振り撒くのはよろしくない」


 そのために追っ手としてヴァルハラからイダを呼んだ。


「別に誰でもよかったんだけどさ。イダくんは生きてた頃からドリスメギアンくんと仲よかったもんねえ。タイーホ役にもってこいかと思ってさ」

「地獄とヴァルハラに住み処を違えた今でもドリスメギアンは我が盟友。必ずや魔王様の下へ引き出し、今度こそ心よりの忠誠を誓わせたく存じます」

「それがこのザマだよ」

「うッ……!?」


 ヴァルハラでのノリをそのまま戦いにのめり込み、前途有望な現役勇者を押し潰すところだった。

 既に彼岸にいる者たちが此岸の者を苦しめる。それではドリスメギアン率いるインフェルノが行っていることと変わりない。


「重ねて申し訳ありません……!?」

「まあ今の世の中もキミが生きている頃とは様変わりしてるからね。当時の価値観のまま放り出されちゃトラブルも起きるでしょう」


 まして今インフェルノが潜伏しているのは魔王から遠く離れた人間領。

 魔族であるイダが踏み入るだけでも差し障りのある場所だった。実際トラブルになったのが今回のレーディとの戦いである。


「ドリスメギアンくん……、いやインフェルノくん? どっちでもいいけど隠れんぼが上手いよねえ。居場所が特定できれば今キミにやったみたいにむんずってクレーンゲームできるんだけどさあ」

「いいえ、ドリスメギアンらを連れ戻す役目は引き続き私にお任せを。もう二度と失態は犯しません。私に汚名を雪ぐ機会をお与えください」

「そう言っても土地勘のない人間領じゃやっぱり大変でしょう? だから助っ人をつけてあげることにしたんだ」

「助っ人?」


 いつの間にか、魔王の玉座の隣に一人立っていた。


 女だった。


 妙齢で美しく、肌の張りも艶めいて弓を連想するしなやかさがあった。

 女の美しさと、戦士の屈強さが兼ね備わっていると一目でわかる。


 そして肌の色は、イダと同様不気味なまでに白い。


「彼女は……!?」

「知らない? まあ今じゃヴァルハラも大所帯だから面識ないのも仕方ないか」

「ならば彼女もヴァルハラから?」

「ピッカピカの新人さんだよ。ヴァルハラに入ってきたのも一番最近だから世代のズレもない。しかも人間出身だから、人間領でトラブルを避けるのに役立ってくれるだろう」

「…………」


 しかしイダは、その指示に不満を持った。

 助っ人をつけられるということは彼一人では使命を成し遂げられないと言われているようでもあり、信用されていないようにも受け取れるからだ。


 プライドを傷つけられる。


「……承知しました」


 しかし決定者が魔王であるからには従わなければならない。

 意見することも許されない。


「彼女と協力し、今度こそドリスメギアンを魔王様の御前に引き出してご覧に入れます」

「頑張ってちょー」


 魔王の口調はやはり気だるげで、心底からイダたちに期待しているかどうかもわからなかった。

 そもそもインフェルノを捕まえることに緊急性を感じているかも怪しいし、インフェルノが現世にどれほどの被害をもたらしても、本当のところはどうでもいいのかもしれない。


 イダ、パートナーとして引き合わされた女戦士に向き合う。


「ご婦人、これから使命を共にするゆえよろしく頼む。……それで名は?」

「エステリカ。人魔の戦史に燦然と輝く『天地』のイダ様と行動を共にできて光栄ですわ。以後お見知りおきを」

「エステリカ……?」


 名を聞いて益々イダは困惑した。

 ヴァルハラに召し上げられるということは、人と魔族の戦いにおいて相応の実力を示した者でなければならない。

 だから大抵は伝説なり逸話なりを遺しているものだった。

 しかしイダの脳裏には『エステリカ』の名で繋がる武勇伝がまったく出てこない。


「困惑なさるのも当然です」


 エステリカと名乗る女戦士は自嘲じみた笑いを浮かべた。


「錚々たるアナタ方と違い、私は闘神様の温情でヴァルハラに入れたようなもの。アナタたちと並び立つのもおこがましい有象無象にすぎません」

「そんなことないよう、エステリカちゃんは立派だよう?」


 魔王が言い添える。


「彼女は、人が行うにもっとも素晴らしい戦いをした子だからね。その功績を持ってヴァルハラに入ることを許してあげたんだ」

「素晴らしい戦い?」

「我が子を守り、命を捨てて戦うこと」


 母の戦い。


「私はその戦いで死に、魂はヴァルハラに迎えられました。母親ならば誰もがやって当然のこと。それを私一人が賞賛されるのは恐縮します」

「それもそうだけど、エステリカちゃんはそもそも勇者だったしね。それに彼女が死んで遺したものの価値もあった」


 彼女が命と引き換えに後世に遺したもの。


 それは成長し、様々な猛者たちの影響を受けて、今や世界の中心となって回ろうとしている。


「いい機会だ、使命のついでに息子ちゃんに会ってくるのもいいよ。イダくんと違って周りに迷惑のかからない寄り道だろうからね」

「とんでもありません、今では私も闘神の使徒。与えられた使命を何より優先いたします」


 エステリカは、今の時代よりほんの半世紀足らずの過去、勇者を務めていた女性。

 若き炎魔法使いに敗れて勇者を引退、その直後に結婚し、男児を生んだ。


 夫は彼女のあとを継いで歴代最強の大勇者アランツィルとなり……。

 息子は紆余曲折の果てに父親をも上回る強さを手に入れた。


 その根源にある者。

 女勇者エステリカ。

これにて一区切りです。

少々お休みを頂いて次の更新は10/2(水)の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] イダくんちゃんと復活してよかった
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