17 魔王、登場する(四天王side)
魔王城最上層部。
そこが魔王の在所である。
呼び出しを受けたバシュバーザは、その場に畏まった。
「ぼくちんねえ、お祭りが大好きなんだよね」
と魔王の声。
口調は幼いものの、その声は地響きのように重く低い。
「もうすぐ庭園の木にいっぱいお花が咲くでしょう? それを愛でながらご馳走食べて、お酒を飲むの。友だちたくさん呼んでね。歓迎する女官ちゃんたちにもおめかしさせるんだ」
バシュバーザは、魔王の面前で片膝をつき、深くこうべを垂れている。
面を上げる許しは出ておらず、大理石の床を見詰めるばかり。
「ミスリルで作ったアクセサリーをたくさん着けてね。指輪とかイヤリングとかネックレスとか。新調しようと職人さんに依頼を出してあるのに、肝心のミスリルがないって、どういうことかな?」
「…………」
「材料がないと何も作れないよねえ?」
バシュバーザは答えられなかった。
自分は魔王から叱責を受けている。
その事実が彼に重くのしかかっていた。
「ぼくちんこのことを、お使いを通してしっかりキミに伝えておいたよね? なのに何故こういうことになるのかな?」
「ま、まま、ま……!」
呂律が回らない。
バシュバーザは一旦唾を飲み込んで……。
「魔王様の御身辺を騒がせたてまつり、この四天王『絢火』のバシュバーザ、汗顔の至りにございます」
「そう言うことを聞きたいんじゃなくてさ」
魔王は呆れ口調で言う。
「ぼくちんから通告があったのに、なんでキミは愚かな爆弾作りをやめなかったのかってこと。ぼくちんがミスリル欲しいって言ってるんだから、キミの方が浪費をやめるべきでしょう?」
「けして魔王様の御意向を蔑ろにしたわけでは!」
ミスリルを大量消費して作りだす魔法爆弾。
魔王の指示に従えば、その製造作業は中止するしかない。
普通に考えれば……。
「装飾加工分のミスリルを確保するため、鉱山には追加注文を出しておきました。にも拘らず下等なノッカーどもが分を弁えず反乱などを起こし……!」
「キミってさあ、ぼくちんが思ってるよりずっとバカなんだね」
「……!?」
バシュバーザは耳を疑った。
魔王は今、自分に対して何と言ったのか。自分のことを『バカ』と言ったのか、と。
「そのためにミスリル鉱山の徴収量を普段の四倍にしたんでしょう? そんなのできるわけないじゃん。常識で物事考えられないの?」
「……ッ!?」
「それで仕舞いにはノッカーくんたちキレさせて反乱離反。彼らが怒るのも無理ないなあ。要求が無茶すぎるんだもん」
「……いいえ、どんな命令でも実行しなければ、それは魔王様への不忠! 反逆者には然るべき罰を与えるべきです! このバシュバーザみずから鎮圧軍を率い、ただちに出兵し……!」
「だからキミはバカだねって言ってんの」
さらなるバカ呼ばわりにバシュバーザの頬が引き攣る。
「ぼくちんがなんで命令を出したか、その意味を推測できないのかい? 命を吹き飛ばす爆弾なんかより、綺麗な女の子にくっつくアクセサリーにしてあげた方がミスリルも喜ぶでしょ?」
「あ……、う……!?」
「それをどう履き違えれば、鉱山のノッカーくんたちを苦しめる判断にしちゃうのかな? おかげでミスリル鉱山は魔族の支配下から離脱。稀に見る大チョンボだよね、コレ」
「いいえ、まだです!」
バシュバーザは色を成した。
「ミスリル鉱山は取り戻せます! 魔王軍の本隊をもって攻めかければ、数日のうちに落とすことができます! 反逆者の首をすべて斬り落とし、魔王様への土産といたしましょう!!」
「ヤだよ、そんな悪趣味な」
魔王としては、貴重なミスリルを大量浪費して爆弾を作りだすバシュバーザの愚行を見過ごすわけにはいかなかった。
そこで『女官たちのアクセサリーを作る』という口実で遠回しに製作を断念させようとした。
正面切って『お前のやってることは無益だからやめろ』と言っては就任したばかりの新四天王のプライドを傷つけ、評判を下げる。
それなりに気遣っての遠回しだったのが、この若輩者にはまるで通じなかった。
「ミスリル鉱山については諦めるしかないね。完全にこっちの落ち度だから。力づくで取り戻したって、周囲からの評判を落とすだけさ」
「しかし、我が魔王軍にはミスリルの在庫が……!」
「それをキミが言っちゃう? 無駄にしたのはキミでしょう?」
魔王からの指摘に、バシュバーザはぐうの音も出なかった。
「そうそう、ぼくちんがキミを呼び出して、キミの口から聞きたい言葉をまだ聞いてないんだけどね? いつまでぼくちんを待たせる気かな?」
「は?」
「まさか本当にわからないの? キミ、マジでバカなんだね。超バカ」
またしても魔王の口から出る辛辣な評価に、バシュバーザは吐き気を覚えた。
「ミスリル鉱山が失われたこと、魔王軍が貯蔵するミスリルが消え去ったこと。全部キミの責任だろう?」
「…………!?」
「ごめんなさい、は?」
バシュバーザ、息を飲む。
「そ、そもそも発端は、ミスリル貯蔵量を軽く見積もっていた輜重担当者にも責があり、そしてなにより罪ありとすべきは、やはり反乱を引き起こした者どもの……!?」
「ごめんなさい、は?」
「…………ッ!?」
四天王バシュバーザ。
これまでの生で他者に謝ったことが一度もない。
だから今、魔王を相手といえども頭を下げ、みずからの非を詫びるということが困難だった。
耐えがたい屈辱だった。
「………………………………………………………………………………………………………………………………申し訳……ありません……ッ!!」
「ん、バカがちょっとだけ賢くなったね」
何気なく言う魔王。
バシュバーザは、全身の毛穴から熱気が噴き出す錯覚を覚えた。
「ミスリル鉱山の件は、今言ったように対応は控えよう。しばらく期間を置いて、ノッカーくんたちの怒りが覚めた頃にどうするか考えようかな」
「…………」
「魔王城の備蓄については責任があるヤツに責任を果たせと言いたいところだけど、キミに任せたらまた何やらかすかわからないからこっちで片付けるよ。余計なことはしないように」
「ま、魔王様のお手を煩わせるわけには……!」
「今さら殊勝ぶってもダメだよぉ能無しくん」
魔王の言は放たれるたびにバシュバーザのプライドを斬り裂いた。
「それにね、久々に政治に口出しできて、ちょっと楽しいってのもあるからね。……ほら先代、キミのパパさんが現役の時はまったく口出ししなかったからさ」
「!?」
バシュバーザの父とは、先代四天王で『業火』の称号を持つグランバーザのことである。
先代勇者の戦いで深手を負い、その療養のために引退した。
「キミのパパって真面目で有能だからさ。結局引退するまで、ぼくちんを働かせることは一度もなかったねー。面倒がなかったけど寂しくもあり。これって我がままなのかなー?」
「……ッ!?」
「それが代替わりした途端忙しくなってね。その点に限っては早速パパを超えたよね、キミ」
それがバシュバーザのプライドを粉砕した。
先代四天王グランバーザは多くの功績を上げて、歴史に名を残すことが確定している。
その息子として、今のところ七光りでしか自分を示すことができない新四天王バシュバーザ。
しかし彼はプライドだけが先代以上だった。
自分もまた父のように功績を上げ、そして父以上の名声を得て後世まで語り継がれるだろうと信じて疑わなかった。
そのために四天王に就任したのだと。
にも拘らず、早くも失態を犯し、もっとも重要な魔王から父親以下という烙印を押されてしまった。
実際には思い上がりでしかないのだが、自分が父親を超えることができない未来など彼にとってありえないことだった。
「そう言えばキミのパパさんと言えばさ……」
「は……?」
「彼が連れてた補佐くん。あれはよかったね。ダリエルくんって言ったかな? あれこそ有能ってヤツだったね」
バシュバーザの心臓が一瞬止まった。
屈辱によって。
彼は今日既に、最上級の屈辱を受けたはずなのに、さらに上の屈辱があった。
「賢いし、優しいし。キミのパパくんが四天王を務めきったのも、ダリエルくんのような巧者を傍らに置いてたからだろうね」
「は、はあ……!!」
「先代は引退したけど彼は補佐に留任したんだろ? だったら彼に助けてもらいなよ。彼の言うことをよく聞いてたら、もうこれ以上の失敗はないだろうからさ」
「はい……!」
「わかったかい? わかったらもう失せなよ。お家でたっぷり反省してきなさい」
無言のままバシュバーザは立ち上がり、魔王の間を去った。
その背中を眺めながら、魔王は小さな声で呟いた。
「ま、そのダリエルくんをキミが追い出しちゃったってことも、ぼくちん知ってるんだけどね」
◆
バシュバーザにとって人生最悪の日だった。
彼の立てた予定では、彼は偉大なる父を越え、歴代最高の四天王となることが確定していた。
勇者を殺し、他にも数々の功績を上げて。
魔族の支配者たる魔王からも最高の賛辞を貰う。
そうなることが当たり前のはずだった。
それなのに、今日魔王が自分に向けて放った言葉は何であろう。
「ボクのことを『バカ』と……! 五回も……!?」
バシュバーザにとって、魔王が自分に送るべき言葉は、もっと輝かしいものであるべきはずだった。
『我がもっとも有能な部下』とか、『名将』とか、『我が宝』とか。
そういう賛辞であるべきはずであった。
それなのにバカと言われた。
プライドの高いバシュバーザには耐えがたいことだった。
「これじゃダメだ……! ボクは、歴代最高の四天王になるんだ……!」
そのためには功績がいる。
今回の大失態を帳消しにするほどの大きな功績が。
バシュバーザの脳裏に浮かぶのは一つしかなかった。
「やはり、四天王が挙げるべき大功績はあれしかない……!」
勇者を殺すこと。
それ以外に汚名返上の手段はない。