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177 レーディ、開花する(勇者side)

「そんな無茶な!?」


 悲鳴のような声を上げるのは勇者レーディの仲間たち。

 彼らもまたイダの空間固定に捕まって、レーディ同様に解放された。


「アランツィル様が行った奇跡をそのまま真似ろと言うことですか!? ぶっつけ本番で!? 訓練なしに!?」

「せめて何をしたかご説明を! このままではレーディ様が負けてしまいます!!」


 仲間たちの抗議はもっともなものだろう。

 その正当性は、勇者の領域には通じない。


「実戦の中でも手取り足取り教えてもらうというのか? 甘えるな。絶体絶命の窮地をみずからの発想で乗り越えることこそ勇者に求められる力だ」

「しかし……!?」

「その点こうして手本を見せにきたこと自体、甘やかしすぎて自責する行為だ。これ以上私に恥をかかすな。勇者ならばあとは自分で、見えかけの答えを暴け」


 何処までも厳しいアランツィルの姿勢。

 勇者に求められる水準は、ここまで過酷なのかと。


「厳しいのはけっこうだが……」


 横やりのように割って入るイダの言葉。

 斬り飛ばされた腕は、さも当然のように生え変わってダメージの痕跡もない。


「お前たちの自己満足に私は煩わされる謂れはないぞ。私は使命を果たすために忙しいのだ。師弟ごっこがしたいなら余所でやってほしいものだな」

「お前が立っているここはどこだ?」


 アランツィルからの鋭い反問。


「人間族の領地だ。そこに魔族が踏み入ること自体が侵略行為。殺されても文句は言えん。四天王を名乗りながらその程度のことも理解できんのか」

「だから私を駆逐すると? まあいい私もヴァルハラに住まう英霊の一人。挑まれて逃げるは誇りに関わる」


 空気の軋む音が聞こえる。

 イダが空間歪曲魔法を戦闘対応レベルにまで引き上げる。


「アランツィルとグランバーザ。お前たちの威名はヴァルハラまで及んでいるぞ。究極の修辞に恥じぬ強者が二人、同じ時代に鎬を削り合うなどなかなかないことだ。多くの英霊たちがお前と戦える日を楽しみにしている」

「それで?」

「私が抜け駆けしようというわけだ。あの御方もその程度の寄り道なら許してくれよう。どうせならこのままお前にヴァルハラへ至る資格を与えてもいい」

「わけのわからん繰り言ご苦労だが。私は既に引退したと言ったはずだ」


 アランツィルは得物の杖棒を地面に突き刺した。

 突発時に対応できない、非常に油断しきった態勢だった。


「現在の危機には、現在の勇者が対応する。後ろを向いてしっかり身がまえることだ」


 促されてイダ、振り返る。

 するとそこには剣をかまえて闘気を漲らせるレーディの姿が。


「本気か? 彼女をみすみす死なせるというのか?」

「死ねばそれまで。より強く新しい勇者を選出すればいいだけのことだ」

「そうだったな。現世を離れてすっかり忘れていたが、人間族はそういうヤツらだ。理解しがたい」


 イダは本格的にレーディに向き合った。

 レーディに向けて言う。


「……キミの毅然たる闘志は素晴らしい」


 安易に放たれる賞賛。

 戦場における、強敵から弱敵へ贈られる褒め言葉は侮辱でしかない。


「しかし勝てない相手に立ち向かうのは愚かなことだ。人間の勇者は時に、強さだけでなく賢さを追い求めるべき。そうは思わないか?」

「時には知恵も必要でしょう。……でも今は!」


 剣を大きく振り上げる。


「強くなれるチャンスを目の前にしながら逃げては! 臆病者だけでなく愚か者にもなってしまう!!」

「魔族の愚かさと、人間の愚かさは違うらしい。度し難い」


 イダは何かしら短く呟いた。

 それが彼が、この戦場で初めて唱えた呪文だった。


「きゃあッ!?」


 イダの前面から光が放たれる。

 その光は壁のように聳え立ちながらゆっくりレーディたちへ迫っていく。


「『イレイザー・エンド』。私は一刻も早くアランツィルと戦いたいのだ。一手にて終わらせてもらう」

「このような攻撃魔法! うおおおおッ!!」


 ゼスターが果敢に突進。


「勇者が戦うことを決めたなら! 共に戦うのがパーティの務め!!」

「ゼスターさん!」

「それがしが時間を稼ぐ! その間にアランツィル様が示された要諦を掴み取りなさい!」


 迫ってくる光の壁に向けてゼスターは飛び込む。


「おおおおおッ!! 『凄皇剛烈』」


 ハンマーを押し出し、みずからの体ごと弾丸として放つ『凄皇剛烈』の改良型。

 ダリエルの叱咤によって生まれ変わった完成必殺技は、『凄皇裂空』すらも弾き飛ばした成果を持つ。


「この真『凄皇剛烈』に砕けぬものはない! どんな攻撃魔法だろうと……、……ッ!?」


 イダの放った光壁と、ゼスターの鎚が触れあった瞬間、信じがたいことが起こった。

 ハンマーが、光に触れた部分から消滅し始めたのだ。


「バカなッ!? 我が渾身のヒット(打)オーラを込めたハンマーが」

「せっかちだな。そういうヤツは自分の生までせっかちに終わらせる」


 イダが呆れ口調で言う。


「魔法壁『イレイザー・エンド』は我がオリジナル魔法。空間自体を破砕して、空間内にあるものも諸共消滅させる。我が空間消滅魔法にこそ砕けぬものは何もないのだ」

「うおおおおおおおッ!?」


 既にハンマーの頭の部分は完全消滅し、柄の部分も食われつつある。

 その次はゼスター自身だった。

 真『凄皇剛烈』の特性上、自分自身もハンマーの一部にして突進するため、この瞬間自力で空間破砕壁から離れることはできない。


 全身飲み込まれるしかない。


「こなくそッ!」


 その時、救いに来たのがセッシャだった。

 突進中のゼスターの足を掴み、力いっぱい引っ張る。


「ぬはあッ!?」


 おかげでゼスターは絶体絶命の窮地を脱出できた。


「助かった! 死ぬところだった!」

「そんなこと言ってる場合ではないでござる走れ走れ! 壁が迫ってくる!」


 セッシャとゼスターは慌てながら壁から離れる。

 魔法壁の進行速度が遅いために、からくも難を逃れた。


「進みが遅いのは、そう設定したからだ。お前たちに選択肢を与えるためにな」


 イダが言う。


「死にたくなければ走って逃げろ。必死で走れば振り切れる程度の速度だ」


 あらゆる事物を空間ごと潰し消す最強魔法に、物理攻撃は意味をなさない。

 止まって消されるか、走って逃げるか、二つに一つの選択しかない。


「手立てがないでござる……!?」

「せっかく仲間に加わったのに役に立てぬとは……!?」


 世代を超える究極魔法の前に勇者パーティの心が折られる。

 ……までにはまだ至らない。


「……セッシャさん、ゼスターさん」


 レーディが剣をかまえる。

 何かを念じるように、刀身を額に寄せる。


「私の後ろへ。……あの魔法壁は私が何とかします。何とかならなかったら……!」


 決意を込めて言う。


「もしこれ以上どうしようもなくなったら。……私と一緒に死んでください」

「「……おう!」」


 男二人、勇者の後方へ回る。


「勇者様の仲間に迎えられた日から、その覚悟はできてござる!」

「死ぬも生きるも一緒がパーティの在り方!」


 仲間の覚悟を受けて、レーディは不可能に挑戦する。


 アランツィルは空間の歪みを難なく突破した。

 それはアランツィルならではの無茶苦茶ではあるが、模倣でも同じことがレーディに可能なのか。


「『凄皇裂空』もまだできない私に、空間を斬り裂くなんて……!?」


 そう、アランツィルは空間自体をスラッシュ(斬)オーラで斬り裂いた。

 イダに攻撃を届かせるにはそれしかない。


 一体どんな理屈でそんなことが実現可能なのかレーディには想像も及ばない。

『大勇者なら何でもできて当たり前』と思考放棄するのも簡単だ。


 しかし、考えを手放さずに回答までたどり着かなければ、凶悪なる抹消壁に潰され死体すら残らない。

 彼女自身だけでなく仲間全員の命まで。


「それだけはさせない……!」


 仲間への心配が雑念となり、ますます追い詰められるところへ……。


「だりゃあああああッ!」


 躍り出る者がいた。

 勇者パーティの一人、盾使いのサトメが空間破砕壁を防ぐ。


 みずからの盾でもって。


「そんなッ!? 空間ごと壊してしまう凶悪魔法をどうやって……!?」


 それでも盾は、辛うじてながら魔法壁の侵攻を食い止める。


「そうか。『断空隙衝把』」


 眺めるイダが言う。


「私の時代にも何人か使えるヤツがいたな。極まった防御型オーラで空間の断面を作り出して攻撃を防ぐ。空間断裂を突破するのは通常攻撃では不可能。それならたしかに私の『イレイザー・エンド』を止めることができる。僅かの間だがな」

「すみませんけど、ヤツの言う通りですぅ……!」


 サトメが苦しげに言う。


「この技は強力なだけに長時間維持できないんです……! もって数秒……!」

「サトメ!」


 サトメの献身にレーディは震える。

 しかし同時に頭をよぎるものがあった。


 冒険者の既存の技の中に、イダの魔法に対抗できるものがあった。


 ならばアランツィルがしたことも同じではないか。

 冒険者の技の中に、空間に作用できる技がある。

 あるとするなら数千人に一人が使えるほどの超上級技だろうが、それを大勇者アランツィルが使用できたとしても何ら不思議はない。


 サトメが使った『断空隙衝把』は空間に作用する防御技。

 それと同じような作用を持つ攻撃技があるとしたら。


「そういえば……!?」


 レーディは電光のごとく思い出した、伯母によって付けられた家庭教師が言っていた。

 かつて存在し、そして時の流れとともに風化して滅び去った技があると。

『裂空』と並びスラッシュ(斬)オーラの極致と言われた斬裂技の、その名は……。


『断空』。

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