176 アランツィル、ヒントをやる(勇者side)
鎚使いゼスター、果敢に再挑戦する。
「旧版『凄皇剛烈』!!」
再びハンマーの頭からプレーン状に拡散するオーラを放つ。
薄く広がるために破壊力は低く、そのためにダリエルからもアランツィルからも『不可』を受けた技だったが、とにかく範囲だけを求めるなら何より都合のいい技だった。
皮肉なことに。
「新入りばかりに活躍させるわけにはいかぬ!」
続き、槍使いのセッシャが動く。
自慢の槍を地面に刺し、一旦両手を自由にしてから取り出したのは、何かの束だった。
細く長いものをいくつにもまとめた束。
それを一塊のまま天高く放り投げる。
「同じスティング(突)適性を持つ仲間ガシタ殿との修行で身に付けた拙者の新技! 見るがいい!」
上空を飛び上がっていくうちに、束を締め上げる糸が自然にほどけ、まとまっていた長細いものたちもバラバラに散っていく。
それは木製の串だった。
木を細く削り、先を鋭く尖らせた串。
それを数十本まとめて束ねたものだったが、縛りが解ければ束ではなくなる。
投擲の勢いと重力が均等となって、遥か高みの頂点で止まった時。
束はもうバラバラに分散して束ではなくなった。
一つ一つの鋭い刺突となって、今度は重力に引かれるまま地へ向かって降り注ぐ。
「必殺『竹林之驟雨』! 食らうがよい!!」
既にスティング(突)オーラをたっぷり込めた木串は、金属程度なら余裕で貫通する鋭さを持つ。
それが数十本。
スティング(突)オーラで操作性も高められた木串は均等の間隔で地に降り注いだ。
それこそ雨のごとく。
先にゼスターが放った旧版『凄皇剛烈』と重ならぬよう調整すれば、その範囲は千軍すら覆いきれるほどの広域。
これならば『天地』のイダの空間歪曲でもかわしきれまいという究極攻撃ではあったが……。
「バカな……!?」
「これだけやってもまだダメだというのか……!?」
ゼスターのオーラ塊で地は抉られ、いたるところに木串が突き刺さる真ん中で。
傷一つない純白の少年が佇んでいた。
「前よりも頑張ったな。多少範囲は広がったが、それでドリスメギアンの炎の八分の一といったところか」
「なんで効かないの……!?」
ゼスターとセッシャの共同攻撃が弱いわけではない。
全冒険者の中で間違いなくトップクラスに入る二人である。
もし別の局面で二人の奥義が同時炸裂したなら、魔王軍の一隊どころか二隊三隊が瞬時のうちに全滅し、彼らの恐ろしさが轟き渡るのに。
あまりに広範囲すぎるため味方のレーディですら範囲外へ逃げられず、サトメの盾を傘代わりにして二人凌ぐしかなかった。
それをあの敵は、苦もなく退けてしまった。
間違いなく。
レーディが過去戦ってきた魔王軍四天王とは歴然と違う強さだった。
「もしかしたら……、ダリエルさんより……!?」
「勇者と聞いて足を止めたのは浅慮だったな。明らかな時間の無駄だ」
イダが呆れたように呟く。
「私は、あの方より賜った使命を執行せねばならんのだ。一刻も早くな。現世に下ってみだりに殺生してはならんとも言いつかっているが、それ以前の問題だな。敵たりえぬ者は殺す価値もない」
空気が変わった。
レーディたちは自分の周囲が石膏のように固まっていくのを肌で感じた。
「これは……!?」
「お前たちの周囲の空間を固定した。これで煩わされることもあるまい」
レーディとその仲間たち全員の動きを容易に止め、イダはその場から立ち去ろうとする。
「私から充分に離れれば固定化は解ける。弱者は潜みで歯噛みでもしているのだな」
そのまま離れていく少年の背中を、レーディは悔しく睨む。
「せっかく……、アランツィル様の許しを得て出陣したのに……!?」
敵は彼女を敵ともみなさなかった。
あまりにも違い過ぎる力の差に、レーディは煩わしい小バエ程度の扱いしか受けなかった。
「ダリエルさんに認めてもらうためにも……!?」
この戦いで絶対に不様は晒せない。
しかし相手が悪すぎた。
魔族史においても最強候補に名を連ねる英雄に立ち向かうには、成長途上の新人勇者ではあまりに荷が重すぎた。
「どいつもこいつも、揃いも揃って……」
去らんとするイダの前に立ちはだかる者がいた。
固められながらレーディは絶叫する。
「アランツィル様!?」
イダの前に立ちはだかる、現れたのは先代勇者。
老いながらも威風堂々としている。
「何故ここにアランツィル様が!? センターギルドで待たれているはずでは!?」
「ダリエルに啖呵を切った手前、お前たちには戦果を挙げてもらわなければ格好がつかんからな。念のためにと来てみれば、このザマだ」
アランツィルの吐き捨てるような言葉に、レーディは顔中が熱くなった。
自分は先人からの期待に応えられなかったと。
「俯くな」
さらにアランツィルが厳しく言う。
「戦場で目を逸らすことなど許されぬ。勝ちたいならば、たとえ目が潰れようとも敵を見定め続けよ。勝機が見える一瞬を逃すな」
「は、はい……!」
レーディは動きを止められながらも目を凝らす。
まだ勝ちを諦めてはならないと。
「ふざけたことを言う」
少年が言った。
「あの程度の弱者には勝つどころか負ける資格もない。戦いの形にすらなっていないのだから。不可能を受け入れないのは愚かであることを越えて哀れだ」
「これから不可能が可能になる。そのためのきっかけを、あの子は目撃する」
アランツィル。己が得物である杖棒にオーラを込める。
「私が見せてやるのだ」
「そのオーラの鋭さ……、なるほど」
イダの気配が変わった。
レーディたちを相手とする時とまるで違う。子猫と戯れるような気楽さから、猛虎と睨み合うような危急に。
「お前は、私の敵になれる資格があるようだな。何故お前が勇者を名乗らない?」
「とっくに辞めたよ。もう体にガタが来てな」
「そうかお前がアランツィルとやらか。グランバーザと並んでヴァルハラ入りが確定している猛者だとか」
イダから溢れ出る魔力の質が、ますます透明純烈となる。
「面白い。どうせヴァルハラで飽くことなく戦い続ける我らだが、ここで前祝いといこうではないか。英霊の洗礼を受けるがいい」
「戦いにはもう飽きた。すべてを後輩に押し付けたい気分でな。だから教えてやるのだ。お前の倒し方を」
ヒュンヒュンと音を鳴らし弧円を描く杖棒。
隙のない脇構えからイダに向けて駆け寄る。
「まさか、攻撃をッ!?」
目撃してレーディは叫ぶ。
大勇者アランツィルがもっとも得意とする武器、杖棒。スラッシュ(斬)、スティング(突)、ヒット(打)のオーラ四特性のうち三つを自在に操るための武器。
ダリエルのヘルメス刀よりも効率は劣るものの、魔族との激闘をこれ一本で戦い抜いたまごうことなき凶器だった。
しかしそれでも……。
「ダメですアランツィル様ッ! いくらアランツィル様でもただの攻撃では……!?」
イダの空間を操る魔法は、物質が通過する空間そのものを歪めてしまうのだから、空間内で発生する物理現象はすべて無意味。
たとえ伝説に名を刻む大勇者でも、その法則からは逃れられない。
そう思ったが。
「ぐはあッ!?」
イダの左腕が、切断され千切れ飛んだ。
スラッシュ(斬)オーラをまとったアランツィルの杖棒は、さも当たり前のようにイダへ命中し、斬り裂いた。
「空間歪曲が働かなかった!?」
「バカな!? たしかに私の魔法は攻撃の軌道を曲げたはずだ!? なのに……!?」
レーディもイダも、今度ばかりは同じように困惑した。
「悪いが私は、小難しい小理屈など理解できなくてな」
「……ッ!? ただの攻撃ではないな……? オーラに何かしらの工夫を加えて……!?」
「グランバーザのとの戦いを生き抜くなら、これぐらいの無茶は日常茶飯事だ。まさか一つの魔法形態を極めた程度で無敵を気取れるとは。昔の四天王はレベルが低かったようだな」
そしてレーディは気づいた。
空間ごと固められていた自分の体が、今は自由に動くことに。
「拘束が解けた……? ヤツがダメージを負ったせいで……ッ!?」
「さあレーディ、必要な分は見せたぞ」
アランツィルはそれ以上戦うこともせず踵を返した。
「あとはお前の仕事だ。見たとおりのことをそのまま行えばいい。できれば勝てる。できなければ死ぬ。それだけのことだ」






