174 勇者レーディ、伝説の四天王と対戦す(勇者side)
勇者レーディは出陣した。
目標は、人間領内を進攻中の魔族。
冒険者たちの迎撃をものともせず、一振りの下に払いのけて指一本触れることもできない。
足止めもできず、どんどん人間領内奥深くへ進んでいるという。
「ここが敵、……『天地』のイダとやらが通ると予測されるポイントでござる」
勇者パーティを構成する一人、槍使いのセッシャが言う。
「防衛に当たっていた冒険者たちによると敵はその『天地』のイダ一人だけ。それでも凄まじい強さで、防衛に当たった冒険者は相手にもならなかったそうです」
さらにもう一人の勇者パーティメンバー、盾使いのサトメが言う。
「どんな攻撃も、まるで攻撃の方から相手を避けていくようにまったく当たらないとか。ただ蹴散らされた冒険者たちもまるで不思議とケガもないと……!」
「死傷者は今のところゼロ人です。それだけが幸いなところですね」
しかし、結局のところ誰も『天地』のイダを止めることができずに、ついには一定の距離を保って監視するのが精いっぱいの状態だという。
『天地』のイダが人間領深くに潜り込んで、何処に向かおうとしているのか。
それもまだ謎のままだが……。
とりあえず。
「セッシャさんとサトメなんでいるの?」
決戦を目の前にレーディは、まずその疑問が気にかかった。
「レーディ様と一緒にセンターギルドに戻ったからですよ!?」
「勇者パーティ一員として片時もお傍を離れるわけがないでござろう!!」
全然気づかなかったレーディであった。
「でも、この大変な状況で二人がいてくれるのは助かるわ。ここで待っていれば敵は来るのよね?」
「御意でござる」
移動コースを予測したというのなら。
もうすぐ敵はここを通る。
それでいて平地で開け、戦闘に向いた草原地帯を待ち伏せの場所に選んだのはセッシャやサトメ、仲間たちの綿密な手柄だった。
「皆、敵はあのダリエルさんですら警戒させる強者よ。事前に入ってくる情報も、益々敵の正体がわからなくなる不気味なものばかりだし、気を引き締めましょう」
仲間たちを励ましてから。
「そして、この厳しい戦いに協力者がいるわ。元『鎚』の勇者ゼスターさんよ」
紹介される巨漢。
一度は勇者に抜擢された鎚使いが、今は勇者パーティのメンバーに加わる。
「一冒険者に戻ろうと、人間族を守りたいという望みは同じ。共に戦わせていただきたい」
「ゼスター殿ほど剛の者が加われば、これほど頼もしいことはござらぬ!」
「元から最後の仲間に鎚使いを探してたんですし、ちょうどいいぐらいですよね!」
剣を使う勇者レーディを先頭に、槍のセッシャ、盾のサトメ。これにセンターギルド随一の鎚使いゼスターが加わって、いよいよ勇者パーティは完成の様相を得た。
しかし最高戦力を揃えて最初に挑む敵が、完璧以上の戦力を持った難敵。
勝てる保証はない。
「勇者様……、来たようでござるぞ!?」
「何この音……!? 虫の羽音みたいな……!?」
レーディが耳に感じ取った高音は、空間が歪められることで空気が軋み合って起こす摩擦音だった。
その中心が迫ってくる先触れだった。
勇者たちの目の前に純白の子どもが現れる。
地に足をつけることなく空中に浮かびながら、ゆっくりと悠然と迫ってくる。
「あれが『天地』のイダなる敵でござるか……!?」
「土の四天王なんですよね? 空中に浮いてて、どっちかっていうと風使いみたいな……!?」
セッシャとサトメが思ったことをそのままに言う。
しかし相手は、そんな予断を許す相手ではなかった。
「!?」
レーディは、突如として浮遊感に襲われた。
次の瞬間、見えない壁にでも押されるかのようにレーディは空中を飛んだ。
いや吹っ飛ばされた。
「きゃああああああッ!?」
「うがあッ!?」「ひええええッ!?」「なんでござる!?」
しかも吹っ飛ばされたのはレーディだけでなくゼスター、サトメ、セッシャとパーティ全員。
何者かの意図が働いた現象であることはたしかだった。
地面に落ちてゴロゴロ転がる。
「……まさか、あの子どもが!?」
「手錬の我々に呪文の詠唱もなく……!? 一顧だにせず!?」
『天地』のイダは、払いのけたレーディたちをそのまま確認しようともせず進んでいく。
これまで迎撃に出た冒険者も皆そうだったのだろう。
対戦者として対することすらなく、空間を支配する力で排除。
足元の小石を払うかのように。
「私たちは、小石……!?」
侮りですらない徹底的な無視。
そんな意図を感じ取った時、レーディのプライドは揺さぶられる。
「待ちなさい!!」
もはや既に素通りしようとしていく『天地』のイダに向け、剣を振り上げる。
「この勇者レーディを素通りしてくなんて許さないわよ! 食らえ『裂空』!!」
オーラの塊を斬撃として飛ばす必殺技が、白い少年目掛けて放たれる。
少年はよける素振りも見せない。
このままでは無事オーラ斬撃は命中するだろう。
誰もが命中を確信した瞬間。
オーラの斬撃がグニャリと歪んだ。
「はッ!?」
標的の目前で鋭い斬形が歪み曲がり、標的である白い少年の背後へ回り込むように歪んで、そのまま背後を通り抜けて飛び去っていった。
結果、少年には命中することなく傷一つ負わせることできなかった。
「何!? 一体何が起こったの!?」
それなりに戦闘経験豊富なレーディも、今起こったことを説明できる知識がなかった。
「オーラ斬撃が、まるで敵を自分から避けたみたいに曲がりくねって……!?」
「これまでも冒険者たちが傷一つつけられなかったというのは、こういう……!?」
パーティの仲間たちにとっても信じがたい光景に、一同凍りつく。
「そこの娘」
『天地』のイダが振り返った。
しかしそれは攻撃されたからではないらしい。
「今『勇者』と言っていなかったか? ではお前がこの時代の勇者か?」
イダはレーディの放った一言に反応したらしい。
「そ、そうよ! 私が勇者! 偉大なアランツィル様から称号を受け継いだ勇者レーディ!」
「そうか」
聞き終えると『天地』のイダは、特に気にすることもない風で踵を返す。
「……いや失礼した。勇者の名には親しみがあるのでつい気にかかった。しかし今の私にはどうでもよいこと」
「どうでもいい……、ですって!?」
「私には使命があるゆえ現代の勇者まで狩っている場合ではない。お前たちはお前たちの敵と争うがいい」
そのまま行きすぎようとする。
それがこの上ない侮辱に見えて、レーディはそのままでは済ませられない。
「行かせるかあああッ!!」
『裂空』を連発。
礫のごとく無数のオーラ斬撃が向かうが。そのいずれも先と変わらずイダの間近で歪み、自分から標的を避けていく。
「無駄だ。土魔法を極める私にとって、天と地の間にあるものすべてが意のまま。既に周囲の空間を歪めたからにはどんな攻撃も私を避けてすり抜けていく」
「空間を……歪める……!?」
幾人かの魔族と戦った経験のあるレーディでも、そんな魔法は前代未聞だった。
空間自体を歪められたら物理攻撃はまったく意味をなさないではないか。
「空間を歪めて攻撃を他方へずらすなら!!」
巨体が空を飛んだ。
鎚使いゼスターがはるか上空でハンマーをかまえる。
「どんなに外へ逃がしても避けようがないほど広範囲に、隙間なく攻撃すればいい! 未完成版『凄皇剛烈』!!」
ハンマーの頭から放たれるオーラ塊はプレーン上に広がり、イダを頭上から押し潰すように振ってくる。
「ダリエル様から窘められた未熟技だが、こういう局面なら役に立つ! 必殺には至らずとも手傷ぐらいは負わせられよう!」
本来なら野放図に拡散してしまうゆえに欠陥技の烙印を押された改良前の『凄皇剛烈』。
しかし今はその拡散こそが求められると、逆に意識して広がっていくために最終的には戦場を覆い尽くす広範囲となる。
「ぎゃああああッ!? アタシたちも巻き添えにいいいッ!?」
「急いで逃げるでござる!」
あまりの広範囲に仲間すら被害が及ぶ。
いかに空間を歪めても逃げ場がないと思われたが……。
「狭いな」
なおも空間は歪み、広範囲をカバーした膜状のオーラ塊はイダだけを素通りして地面を直撃。
広範囲にもうもうと土埃が起こった。
しかしイダにだけは傷一つない。
「広範囲をカバーして歪曲しても関係ないほど隙間をなくす。その考え自体は正しい。しかしカバーする範囲が狭すぎる」
「バカな……!?」
「ドリスメギアンは、この十倍以上の範囲を一瞬で焼き尽くしたぞ」
ヴァルハラに列せられるほど最強の四天王。
魔力の絶対量も桁違いであり、それゆえに空間歪曲の範囲も超広域にまで及んでいた。
ゼスターのオーラ量をもってしても覆い尽くすにはまったく足りない。
それが『天地』。
天と地の間にあるものすべてを支配する者。






