173 父、威厳を見せる
「レーディ……!?」
彼女が人を割って進言することに、ちょっぴり驚く。
いつもはそこまで自己主張の激しい子じゃないというのに。
そういえば彼女、センターギルドに到着してからまったく姿を見かけなかったけれど。
今までどこで何してたんだ?
「待つんだレーディ、落ち着くんだ……!」
しかし俺は、いつもより鼻息荒い彼女を押し留めないわけにはいかなかった。
「キミのやる気もわかる。たしかに四天王との戦いは勇者の仕事だ。しかし……!」
相手が『天地』となれば話は別だ。
「まずそんなことないだろうが、本当にかつて一時代を席巻した『天地』のイダであったなら、キミに勝ち目はない。キミがこれまで対戦してきた四天王と次元を画する魔導士だ」
その正体がハッキリするまで迂闊な動きは取るべきじゃない。
「まず俺が行って相手の正体を見極めてこよう。キミが出撃するにしても、それからで充分……」
「いいえ、ダメです」
何故か今日のレーディは頑なだった。
「私は勇者です。勇者の仕事は魔族の脅威から罪なき人々を守ること、その使命をたとえ一部でも他の人に任せてしまうことはできません」
「そうは言うがのう」
話に加わる老人の声。センターギルド理事長さんだった。
彼は、俺の主張の方に賛同する様子。
「孫婿殿の言う通り、侵入してきた敵は得体が知れん。万全を期すためにも孫婿殿に出陣していただくのが確実じゃ」
「いかにもいかにも」
「理事長の言う通り」
他の理事たちまでもが尻馬に乗ってくる。
ただヤツらの思惑としては、俺のことを手駒としてより有益なものに仕上げたい。そのために少しでも多くの実績と、より厳密に実力を読み計る機会が欲しいというところだろう。
そのために現勇者が邪魔なら押しのけようとまでする。
あんまりな連中だ。
「よいでしょう、アランツィル様の息子殿に行ってもらえばよいではないですか」
「伯母様!? アナタまで!?」
なんか女性の理事まで、こっち賛同趣旨で声を上げた。
それがレーディには殊更意外だったようだ。
「レーディ今は伏しなさい。現状がわからない今、迂闊に乗り出しては取り返しのつかない事態になりかねないわ。今のアナタには失敗が許されないのよ」
小声でささやきかけるが丸聞こえ。
あのオバサンはレーディの後援者か何かなのか?
そんな存在までレーディを信頼せず、孤立の色が濃くなる。
しかし今回ばかりは、俺の決定も彼らと同じだった。
「レーディ、今回はまず俺が最初に向かう。キミはここで控えていてくれ」
「ですが……!?」
「『天地』のイダは俺に任せてくれ」
今の俺には、英雄四天王が遠い過去から舞い戻ってきたという状況に伴う既視感が、俺を不安にさせるのだ。
インフェルノ。
ヤツが俺に告げた、遠い昔の外道勇者の名。
ヤツが本当にジークフリーゲルなのかどうか見当もつかないが、少なくとも剣の腕前は勇者のさらに上を行くものだった。
まるで一連の繋がりがあるかのように立て続けにジークフリーゲルの名の次に現れた『天地』のイダ。
それが本物でなかったとしても、インフェルノと何らかの関係があって、かつインフェルノと同等か、迫るだけの実力であったとしても確実に……。
……レーディは殺される。
インフェルノと直接戦った俺だけが持てる実感だ。
「キミの手柄を横取りしたいわけじゃない。すべてが無事終わったら、成果のすべてをキミに譲ってもいい。だからここは辛抱して……」
「ダリエル」
「はい? ……ぐッ!?」
殴られた。
何故かいきなり拳が突き刺さって二、三歩ほど撥ね飛ばされた。
何かと見返せば、アランツィルさんが握り拳をかざしていた。
この人が殴ったのか。
でもなんで?
「勇者の覚悟を踏みにじるな」
アランツィルさんは言った。
「勇者は、全人間の命運を背負って立つ者だ。深刻な危機が起こった時は誰よりも先に駆けつけるものだ」
「でも、今回はあまりにも……!?」
「危険だからと言って先に人を遣り、その死体を跨いでいくものなど勇者ではない。死を恐れる者が『勇』を冠することなどできない」
周囲がシンと静まり返った。
アランツィルさんの暴挙というべき激烈さに、空気が凍りついて、居合わせた全員の肝が潰されたからだ。
特に話術や陰謀だけでのし上がってきた理事連中ほど目の前の暴力には弱く、子どものように黙りこくるしかない。
「ダリエルは勇者ではない。私もまた当の昔に勇者の任から外れた。今、明確に勇者であるのは誰か? レーディなのだ。レーディこそが先陣を切って戦いに向かうべきだ」
アランツィルさんの眼光がレーディへと向けられる。
彼女自身、大勇者の気迫に飲まれかけながらも気丈とし……。
「……アランツィル様の仰る通りです」
「勇者として死ぬ覚悟はあるか?」
「当然です。勇者に選ばれたその日から、魔王討伐の途上で死ぬ、その最期しか考えておりません。人間族の同胞を守って死ぬとも」
「ならば、その覚悟を全力で支えるのが我らの役目だ。そうではありませんか? 理事のお歴々?」
そう問われて首を横に振れる胆力は、理事の方々は誰も持ち合わせてはいなかった。
並の冒険者でもそうだろうし、非戦闘員ならなおさら。
「では行きなさいレーディ。人間族の存続を背負う者として」
「はい! 行ってまいります!!」
レーディは決然と身をひるがえし、しっかりとした足取りで理事室から退室した。
残った人々にアランツィルさんが追い打ちするように言う。
「さあ、アナタ方の仕事も始まるのではないですか? 現地に勇者到来を告げ、万全のサポート態勢を整えるように指令しなければ」
「そそ、そうだ! 先代殿の言う通りだったな!!」
「伝令を呼べ! 理事会からの直命を伝える! それから出撃する勇者のために馬車を用意しろ! 一番よくて一番速いヤツだ!!」
俄かに理事たちも騒がしくなって、俺とアランツィルさんだけが取り残されることとなった。
「すまなかったな……」
アランツィルさんが切り出した。どこか怯えた風で。
「その、殴ってしまって……」
「いいえ、ああでもしなければ一瞬のうちに流れを変えることはできなかったでしょう」
この緊急時に、ぐだぐだと論じ合って時間を空費するよりは最適な手順であったかもしれない。
あと俺もレーディを押し留めようとしていたし……。
「……これが勇者の強さなんですね」
勇者とは、勇を振るって前に進む者のこと。
今ついに、勇者と四天王の違いが俺の中で明確化した。
そもそも魔王様を倒すという理外の下、闇雲に進み続ける勇者なのだ。
死を恐れて勇者が務まるだろうか。
勇者に理など必要ない。
己の利害などかなぐり捨てて魔王様を倒すこと、同族を守ることへ心血を叩きつける。
その激烈に俺は、四天王補佐として何十年も恐れさせられてきたことを今自覚した。
「命を埒外に置いた苛烈さ、猛烈さこそが勇者の恐ろしさだったんですね。だから四天王を相手に互角以上に戦える」
「私は結局生き残ってしまったがな。そんな老兵が若者に『死ね』というのもふざけた話だが……」
アランツィルさんが死ねなかった理由。
それは強すぎたからだ。
アランツィルさんはかつて魔族に妻も子どもも奪われ、守るものすべてを失った。
何もないからこそ命を捨てられた。
どれだけ命を捨てようと、それを害しえない弱敵が相手では死にようがない。
そして唯一彼を遮りうるグランバーザ様があまり伯仲した最強者であったから。
つい死ぬ機会を逃してしまった。
「レーディは、勇者としての自分を見失いかけていた。お前の圧倒的すぎる強さに煽られてな。しかし今取り戻したようだ」
大勇者の苛烈すぎる意気に触れて
「彼女も生きて帰ってくるでしょうか?」
「信じてやれ。お前が直々に鍛え上げた子だろう。勇者に足るだけの力は既に得ている」
『それに……』とアランツィルさんが付け加える。
「お前自身に勇者となる気がないのなら彼女に託すしかないのだ。それで彼女を信じぬではあまりに不義理すぎるぞ」
「仰る通りです……!!」
俺には、アランツィルさんやレーディの強さを真似することはできない。
俺には守るものがありすぎるから。
守るものを持つ強さと、守るものを持たぬ強さ。
どちらも存在しどちらも恐ろしい。
「俺は独自に動きますよ」
それでも黙って待っているつもりは俺にもない。
「『天地』のイダについては全面的にレーディに任せます。でも俺にもできることがある。それを全速でやります。レーディが生還させるために」
彼女が死ぬ覚悟を固めようと、生きて帰ってきてほしい。
どう思おうが俺の勝手だ。
そのための方策を俺は惜しまない。
「よかろう、それでこそ私の息子だ」
しかし、ここ最近抜けてる印象しかなかったアランツィルさんが、ここに来てついに大勇者の貫禄を発揮した。
やはりこの人は当代の英雄なのだ。
そのことを、まさしく殴りつけられるように見せつけられて、俺は息苦しくなると同時にどこか誇らしかった。






