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172 『天地』のイダ、襲来する

 俺ことダリエルなのですが……。

 今日もセンターギルドに足止めされたまま何事もなく過ごしているのですが……。


「……ほ、本当ですか?」

「はい本当です」

「本当にオレの妹が、ダリエル様の嫁なんですか」


 客人を迎えておりまする。

 マリーカの兄、スタンビルさんだったかな名は?


「ということは偉大なる大勇者様のご子息がオレの義弟……ッ!? なんと、何と恐れ多い……ッ!?」

「何、的外れのふざけたことを言っているの?」


 マリーカからの容赦ない言葉のナイフ。


「アンタはラクス村を出ていった赤の他人。アタシとは何の縁もない。従ってアタシの旦那様とも何の縁もないのよ」

「上の妹よ! どうしてそんな酷薄に!?」


『いつものマリーカだなあ』と思う俺は毒されているのだろうか?


「きゃぅうん~! 赤ちゃん可愛いぃ~!」


 そして他の弟妹たちもグランの赤ん坊らしさにメロメロになっていた。

 グランはグランで、もはや恒例となった自分を抱きかかえる女性の胸揉みに余念がない。


「…………」


 グランよ。

 叔母さんのおっぱいの揉み心地はいいか?

 お前のお母さんの妹だぞそれ。


「知らない間にオバサンになってたなんてー。お兄ちゃんらが全然結婚できないからまだまだ先のことだと思ってたのにー」

「アンタはアタシの他人だけれどね」


 なんでこの家系の女は一人残らず辛辣なのか?


「お母さんから言われてるのよ。コイツら全員もう家族と思うなって。下手に親しくしていることが知られたらアタシまで家族の縁切られかねないわ」

「お母さん言いそう、そういうこと」


 田舎の貧しさに耐えかねて出ていった子どもたちに超ド級の仕打ち。

 しかしあのお義母さんの所業だというならなんか納得できた。


 そもそも試験も終わったというのに所属する街のギルドに帰らないのかよコイツら?


「すみません。もう少し、もう少しでいいから姉ちゃんと一緒に……!」

「A級冒険者の資格を取って故郷に錦を飾るはずだったのですが、落ちちゃったので……。この機を逃したら、今度いつ会えることか……!?」


 うん、俺が落としたからね。

 しかし不合格者の中でもけっこう上位にいたから次は合格するんじゃないのキミら?


 他にすることもないので、もうしばらく兄弟の触れ合いを見守っておくかなと考えていたら。


「ダリエル様! ダリエル様にご注進!!」


 なんか来た。

 センターギルド職員らしき人が、慌てた様子で俺へ駆け寄ってくる。


「ダリエル様に、センターギルド理事会から要請です! すぐ理事会室に来てほしいと?」

「何です?」


 今までのパターンから、また厄介事かなと身構えたが、職員さんの慌てぶりから本当に大変なことが起きたということがわかった。


「わかった、とりあえず行きましょう」



 マリーカとグランを残していくのは少々不安だったが、兄弟たちを周りに付かせていたら安心かな?


 そう思って理事会室に入ると、室内は想像した以上の重苦しい空気に包まれていた。

 しかもそれだけでなくアランツィルさんやレーディまでいるから、嫌でも何か重大なことが起きたと確信できる。


「孫婿殿も来たな、では早速話し合うとしよう」


 ギルド理事長さん、いつになく性急だな?


「我ら人間領内に魔族が侵入した」

「バカなッ!?」


 告げられた真っ先に反応したのが俺。

 だってそんなのありえない。


「魔族の方から攻めてきたって言うんですか!? ありえない! 魔族の方から戦乱を持ち込むなんて!?」


 魔族の方から!


 俺が混乱するのも仕方のないことなんだ。

 魔王様を害するために人間族は勇者を送り込むが、魔族側は常にそれを阻むための防衛戦しかしてこなかった。


 つまり守りのいくさ。

 侵略戦争などしない。それは魔王軍の誇りであったはずなのに……!?


「何かの間違いではないんですか? たまたま侵攻ルートから魔族が攻め込んできたように見えるとか……!?」


 事情を知らない者にとっては奇異に映るかもしれない、俺の執拗な魔族側弁護。

 しかし前半生を魔王軍に所属した俺はまだ、魔王軍への誹謗を自分への誹謗のように感じてしまうのだった。


「我らとて信じたくはないが、間違いないようじゃ」


 理事長さんが憔悴して言う。


「侵入者は、こう名乗っているらしい。魔王軍四天王の一人『天地』のイダだと」

「『天地』!? イダ!?」


 なんでそこでその名前が!?


「既に侵攻ルート上に近い現地ギルドが冒険者を派遣したそうだが、全員瞬時に返り討ちに遭ったそうなのじゃ。強さの次元が違い過ぎると」

「そこでセンターギルドに応援要請が来ている。ありったけのA級冒険者を……。いや勇者を送ってきてくれと」


 敵が魔族であれば、勇者の来援を乞うのも真っ当な話だろう。


 しかし何故『天地』のイダが敵なんだ?

 あんな有名人が!?


「確認したいのですが……!」

「んも?」

「相手は本当に『天地』のイダと名乗ったんですか?」


 俺の質問に、理事会は俄かにざわつき出す。


「言われてみれば奇妙じゃの?」

「情報によれば当代、土の四天王を務めるのは『沃地』のドロイエとかいう。若い女魔族のはずだ」

「しかも美人だという」

「その情報いる?」

「いるいる!!」

「しかし今我が領を侵しつつあるのは、まったく違う名前。代替わりか? 向こうで何か政変でも起こったということか?」


 あるいは俺も同じことを考えたかもしれない。

 俺とて魔王軍から去って久しい。リゼートやゼビアンテスといったパイプもあるとはいえ、あっちで起きた変化をつぶさに知るのは不可能だ。


 もしドロイエの代わりに出てきた土四天王の名がまったく聞き覚えのないものだったら、俺も代替わりと判断しただろう。


 しかしここまで有名すぎる、歴史上の人物の名が出てきたら……!


「『天地』のイダがいたのは、今から七~八百年前のことです」

「は?」

「魔族の歴史に残るほど偉業を成し遂げた最強四天王の一人、ということです」


 存命時は、襲来してくる勇者を返り討ちにすること繰り返して二百幾度。

 人間側から奪いとったラスパーダ要塞を改装し、完全なる魔族側の要塞に作り変えたのも彼だという。


「魔族の歴史に燦然と輝く偉人ということです。我々の生きる現代にもアランツィルさん、グランバーザ様といった輝かしい威名がありますが、それに匹敵するビッグネームということです」

「ダリエル殿は物知りですなあ、そんな魔族どもの歴史にまで詳しいとは。……いや、待ってくださいですぞ!?」


 理事会も、そのあからさまな矛盾に気づいたようだ。

 そら気づくよな。


「その『天地』のイダとやらが何百年前の英雄というなら、何故今、この世に存在しておるのです!?」

「そうです! いくら魔族といえどそこまで長生きだという話は聞いたことがありませぬぞ!?」

「あとなんでグランバーザに様付け!?」


 そうだ。

 そこが俺にもよくわからない。


「どこぞのバカが箔付けのためにイダの名を借用したか……!? 考えられるとしたらそれくらいしか思いつかないが……」


 それにしても命知らずな行為だ。

 名前だけでなく、魔王様から直々に拝領する四天王の称号まで真似たとあっては不敬罪で処刑もありうる狼藉だ。

 そんなことをするバカが今時魔王軍にいるか?

 しかも地方ギルドの冒険者を蹴散らせる腕前を持っている。


 ……この謎は、ここでウダウダ考えているだけでは解けそうにない。


「理事長、俺を派遣してください」


 直接行くしかないな。


「『天地』のイダの名を騙り人間領を侵す狼藉者。その正体を俺自身の手で暴きたい」

「よくぞ申した! 我らもおぬしが頼りとここで呼んだのだ。大勇者アランツィルより受け継ぐ才覚で、人間族を脅かす敵を排除……!」


 話がまとまりかけていたその時だ。


「お待ちください」


 決定を押し戻して割って入るのは、レーディだった。


「侵入者討伐には私に行かせてください。敵は曲がりなりにも四天王を名乗っています。四天王を倒すことこそ勇者の勤めに他なりません!!」

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