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171 レーディ、叱責される(勇者side)

 ダリエルの評価は急激に上がっている。


 大勇者アランツィルの息子であることだけでも注目を集めているというのに、次いで明らかになるセンターギルド理事長の孫娘婿であるという事実。


 そしてとうとう実力も公に知らしめられる。

 A級昇格試験において。


 試験に挑戦する受験者本人たちだけでなく、それを見守る観覧者たちもダリエルの無双を目撃し、大勇者の息子に相応しい力量の持ち主であることを実感した。

 試験の観覧に招かれていたのは各町村のギルドマスター、王国貴族や総督、大商会の商会長などいずれも錚々たる面々。


 それら世界の要職の前でダリエルは、武器も持たない徒手のまま前途有望なB級冒険者たちを圧倒したのであった。

 当然衝撃が駆け巡った。


 本来試験の主役は受験者たちであろうに、文句なしにダリエルに注目が集まった。


「あの最強の御仁は何者なのだ!?」

「試験官として参加しているということはA級冒険者だろう!? しかしあの顔見覚えないぞ!?」

「A級だとしても掛け値なしの強さではないか!? なぜあれほどの実力者が勇者に選ばれておらんのだ!?」

「A級じゃない!? 冒険者でもない!?」

「じゃあ一体何なのだ!?」

「アランツィル殿の御子息だと!?」


 という感じで存在が知れ渡っていく。


「大勇者に息子がおられたとは、しかもあのように壮健な!?」

「こうしてはおられん! 冒険者に所属していないというなら我が方で召し抱えるぞ! 早速交渉に向かうのだ!」

「俸禄に糸目はつけるな! 何としても、あの偉才をスカウトするのだ!」

「出し抜かれるでないぞ! 試験が終了し次第すぐに……! いや今すぐ行け!」


 と騒がしい。

 大勇者アランツィルの血縁という看板に、実の強さが父親に迫るというのであれば、常日頃から人材の蒐集に余念のない各地の諸侯が黙るはずもない。


 今年の試験がダリエルの話題一色に染まるのも無理からぬことであったし、センターギルドにダリエル旋風が吹き荒れるのだった。


 その一方で……。



「……アナタには失望しましたよ」


 誰にも知られることなく叱責を受ける者がいた。

 勇者レーディ。


 ダリエルにくっつく形でセンターギルドへと戻ってきた彼女であるが、到着直後からの動向がまったく知られていなかった。


 それもそうであろう。

 到着早々一室に閉じ込められ、監禁同様の扱いを受けていたのだから。


 定められた部屋から一歩も出ることが許されず、食事も運び込まれる。

 そうして何をされているかといえば、延々と説教を浴びせられ続けているのだった。


「レーディ、アナタには我ら一族の悲願が懸かっているのですよ? わかっているのですか?」

「……もちろん、わかっています」

「ならば何故もっと必死にならないのです? 何が何でも魔王を倒し、人間族に栄光をもたらそうという思いがあれば、自然態度になって内外に伝わるはずです。しかしアナタからはそれがまったく溢れ出てこない!!」


 というやりとりを延々繰り返している。


 レーディのことを叱責する女性は、……齢五十にも掛かろうかという、それでいて美しさも衰えない烈然たる淑女だった。


 センターギルド理事の一人。

 名をタルタロワーズといった。


 レーディを後援する理事で、直接の後ろ盾と言っていい。

 それだけでなく血縁的にもレーディの伯母に当たり、まさにレーディの活躍如何で理事会での浮沈が関わってくる立場であった。


「伯母様……!」


 レーディは相手をそう呼んだ。

 彼女は母の姉に当たるこの人物が大層苦手で、会うたびに厳しい言葉を投げかけてくるのが喧しくてたまらない。


 ダリエルに同行してセンターギルドへ帰着した時、気分が重かったのもそれが原因であった。

 それでも師と仰ぐ相手が上京するというのに自分がくっついて行かなかったらあとで何を言われるかわからないと、仕方なく舞い戻ってきたレーディなのである。


「私の方針は、既に書面などでお知らせしたはずです。今の私の実力では、到底魔王には届きません。よって今は力を蓄え、修錬に徹すべきだと」

「何を悠長なことを言っているのです。そんなことをして立ち止まっているうちに、他の者たちは様々な策略を巡らせているのですよ。アナタを追い落とすために」


 センターギルドはつまるところ、権力闘争の最上舞台であった。


 人間族のすべてを決めると言って過言ではないセンターギルド理事会で誰が主導権を握るか。

 煌びやかなる巨塔の陰で血で血を洗う暗闘を繰り広げる。

 それが理事会の、真実の有り様だった。


「……我が妹は、本当に優れた働きをしてくれました。元来政略の才を生まれ持つことの多い我が一族の中で、勇者にまでなれるほどの武才を生んだのですから」

「…………」


 そういう言い方を好ましく思わないレーディ。


「実際アナタが勇者になった時は、私も小躍りしたものです。我が一族から勇者が誕生する。このまま行けば理事会の主導権を我が手中にできると。……実際アナタは勇者になってからもよく働きました」


 レーディは勇者就任直後に魔王軍四天王二名を立て続けに撃退していた。

 その快挙もあって当時巷では『先代アランツィルに匹敵する』という評価を得ていた。

 今では、そんなことを言う者は誰もいないが。


「……すべては、あの忌々しい三人目の四天王が現れてから。アナタの快進撃はその時止まった」


 魔王軍四天王『沃地』のドロイエ。


 相性的に勇者パーティの優位に立つ彼女の登場でレーディは行き詰まり、パーティ構成の見直しを迫られた。

 新しい仲間を求め人間領内各地を転々とした先に行き着いたのが、ダリエルのいるラクス村だった。


「私は痛感したのです。立ちはだかる四天王を突破するために不足していたのは仲間の数でも質でもない。私自身の成熟だったのだと。私は魔王に挑むにはまだ弱すぎる。本当に勇者に相応しい強さを得るためにも……!」


 ダリエルについて修行する。

 それが自分をもっとも成長させる手段だと信じて。


「それが悠長だと言っているのです……!」


 伯母理事は、焦れったさに苛立つように言った。


「時間は刻一刻と過ぎ去っているのですよ? 空白ができれば、それを停滞ととられて、それを理由にアナタを勇者の座から引きずり降ろされるのです」


 そして自分に近しい人材を勇者に推そうと。


「アナタも勇者でい続けたいと言うなら、もっと切実に考えなければダメです! 勇者が戦うのは魔王だけじゃない。周囲にだって敵はたくさんいるのですよ!」


 レーディにはそれが納得いかなかった。

 勇者であれば常に胸に秘めておくべきは、守るべき人々のこと。彼らの平穏のために魔族と戦うのが勇者ではないのか。


 それなのに勇者を後援するべきセンターギルドは自己の栄達だけを考え、あまつさえ勇者を権力闘争の手駒としてしか見ていない。

 そのことが実際勇者になったレーディには腹に据えかねるのだった。


「特に今、アナタの立場は急激に悪くなっていることを認識しなさい。アナタを遥かに超える逸材が現れたのですから」

「……ッ!? ダリエルさんのことですか!?」


 レーディと共にセンターギルドへやってきたダリエル。

 権力の亡者たちが彼に注目するのももっともで、レーディは不思議とすんなり納得できた。


「……アランツィルの息子はたしかに素晴らしい逸材ね。あれに比べればアナタなど路傍の犬の骨といったところだわ」

「たしかにダリエルさんは素晴らしい御方ですが……!?」


 相対比較だとしても自分への評価が酷すぎると思うレーディだった。


「理事会は沸き返っているわ。どうしてあの男を勇者に選べないのかと、アナタに決定する前にあの男の存在が明るみなっていればと……」


 勇者の強さは即時センターギルドの評価に繋がる。

 だからとにかく強者を勇者に据えることは、どんなに権勢的対立があっても理事会の総意として一丸だった。


「誰もハッキリとは言わないけれど、この際アナタを更迭してダリエルとやらを新しい勇者に据えようという考えはあるのよ」


 それが表立って議論されないのは、ダリエル本人が勇者になる気はないと公言しているから。

 加えて若輩理事のローセルウィが直前とんでもないやらかしをしでかしたことも彼らの動きを鈍らせる要因にもなっていた。

 いかに面の皮が厚くなければ務まらないと言われるセンターギルド理事でも、とてつもなく見苦しいローセルウィの二の舞を演じる気にはなれなかった。


「加えて、彼の嫁が理事長の孫娘なんてことまで判明していたらね……! あの妖怪ジジイ、どこまで抜け目ないのかしら……!?」


 ダリエルがセンターギルド理事長の孫娘と結婚していることは、老獪な理事長の政略と、他の理事すべての認識が一致していた。

 たしかに偶然と言っても信じてもらえないほどの都合のよさであるが。

 これで綺羅星のごとく現れたダリエルも理事長シンパということになっている。


「このままではあの妖怪ジジイの天下はまだしばらく安泰ということになるわ。それを切り崩すためにもアナタの存在は重要なのよ!」

「私に何をしろというのですか……!?」

「今すぐ最短で魔族領を突破し、魔王を倒してくれれば最善だけどそれも無理でしょう。ならばレーディ、私に名案があるわ」

「?」


 そういうことを言い出す場合に限ってロクな提案が出てこない。


「アナタ、あのダリエルという男を相当お気に入りなのでしょう? 勇者の仕事をほっぽり出して師事するぐらいだもの。ならばいっそヤツと関係を持ってしまいなさい」

「何を言いだすのですかッ!?」


 レーディ、年頃の娘らしく困惑。

 伯母の言う『関係』とは、それこそ男女の関係ということに他ならぬだろう。


「あの男が愛人となれば、即ちアナタの後ろ盾にあの男が加わるということ。アナタの立場を安泰にするにはもってこいの一手だわ」

「ふざけないでください! ダリエルさんには既に妻子があるんですよ!?」

「理事長の孫娘とかいうヤツね。でも別にいいじゃない愛人だろうと側室だろうと。でもやりようによってはアナタが正室の座を奪い取って、今の女を蹴落とせば、彼と理事長との縁も切れる。一石二鳥ではなくて?」


 会話しながらレーディは頭痛がしてきた。

 この権力の亡者たちの、権勢を勝ち取るためなら手段を選ばない様に。


 こんなくだらないことに巻き込まれるから帰ってきたくはなかった。

 彼女はただ魔王へ向かう戦いに全力を注ぎたかったのに。

 そう思う彼女たちの下に、権力闘争などと言っていられない急報が届いた。


 魔族が人間領に侵入してきたという。

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