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168 マリーカ、参戦する

 人間族と魔族は別種族だ。

 だから積み上げてきた歴史も違えば価値観も違うのだろう。


 魔王様が魔獣を生み出した伝説を知らないので、人間たちは、魔獣をモンスターと同一のものと捉えた。


 それはごく自然な判断というべきだが。


 それで風魔獣ウィンドラに『ヤマオロシノカミ』などという名がつき、討伐不能モンスターとしての等級も付けられたのだろう。


 ヤマオロシノカミと呼ばれるようになった風魔獣は、長くこの森の主として蟠踞しているらしい。


「人間領に住みつく魔獣がいたなんて……!?」


 とにかく俺としてはもう二度と魔獣と戦いたくない。


 炎魔獣との一戦だけで充分だ!!


 しかも炎魔獣サラマンドラの場合、戦闘時はあのバシュバーザと融合しつつあって精神もヤツの影響を受けていた。

 バシュバーザの臆病さ、卑劣さが伝染した炎魔獣は本来の凶暴さを少しも発揮することがなく、それで何とか押し切ることができたという。


 しかし今目の前にいるウィンドラ(ヤマオロシノカミ?)は違う。

 珍妙なウエイトも着けずに万全の凶暴さを発揮する真魔獣だ。


 そんなのとまともにぶつかり合ったら、若者たちの死体の山ができる!?


「くっそこうなったら……!?」


 俺が前線に出て、すべてを引き受ける!

 ヘルメス刀を取り出し、矢面に躍り出ようとするも……!?


「まだ早いですぞダリエル様ー……」


 ゼスターに抑えられた。


「我々が介入するのは形勢不利がハッキリしてからです。受験者に少しも戦わせないでは試験になりませんぞー」

「放せーッ! 放してくれ! 前途ある若者たちの命がーッ!?」


 俺が揉めている間も戦いは繰り広げられる。


 受験者たちは様子見とばかりに、まずは弓矢などの飛び道具で遠距離攻撃。

 それなりにオーラで強化されていたが、ウィンドラ(ヤマオロシノカミ)の巻き起こす暴風にあえなく吹き飛ばされる。


「わぎゃーッ!?」

「ダメだ! 質量の軽い攻撃では目標に届くことすらない! もっと重い攻撃でなければ!」


 そう言ったのはスタンビル。

 俺もよく知るマリーカのお兄さん。

 彼の得物はハンマーなので強風を突破して叩きこむにはよい重量だろう。


 が……。


「あーれーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」


 当人ごとあえなく吹き飛ばされてしまった。

 個人レベルの重量差など、やはり魔獣の前では誤差でしかない。


「やっぱり本気で暴風を突き抜けるなら、重量と共に空気抵抗を抑える鋭い槍が一番いいよなあ」


 しかし受験者もまだ二十人もいるのだから、その中で一人ぐらい槍使いがいるだろう。

 そういう子たちが果敢に槍を突き出し、暴風を貫くが……。


「うぎゃあああーーーーッ!?」


 やっぱり吹き飛ばされた。

 やはり個人レベルの特色など、魔獣から見たら誤差だ。


 大嵐を思わせる空気の乱流に、傍から見ている俺たちですらまっすぐ立っているのは辛い。


「風の四天王であるゼビアンテスでも、ここまでの乱気流を常時展開なんてできないぞ……!?」


 魔獣と一魔族を比較すること自体マヌケな話なのだが。

 ゼビアンテス当人がここにいたら『あんなバケモノと一緒にするなのだわ!』と泣き叫ぶことだろう。


 魔獣とは本来、そういうレベルの相手なのだ。

 人類ごときの規模で対抗できない。自然災害と同じような存在なのだから。


「ダメだーッ! 勝てないーッ!?」

「アランツィル様ダリエル様助けて……!?」


 受験者の中にはもう音を上げて助けを求めてくる始末。


「アランツィルさん!! 介入しましょう! これ以上受験生だけではもちません!!」

「ダリエルよ。聞きたいのだが……」

「何です!?」

「こないだお前の村で戦った炎の竜、アイツに似てないか?」

「今!?」


 今それに気づきますか!?


「リェーベケ! サリーカ! 怯むな奮え! 下がるな進め!」


 そんな中で数少ない勝負を諦めない者たち。

 その中に例の三兄弟が含まれていた。


「オレたちがA級冒険者になる道が、あのバケモノの向こう側まで伸びている! 邪魔者は取り除いて進むだけ! 後戻りする道などオレたち兄弟にはない!!」

「アニキ! その通りだ!!」

「A級にでもならないと大手を振って村にも帰れないわ!!」


 果敢に挑みかかる三兄弟。

 しかし巨大で強力な風竜の前には得意のコンビネーションも通じるわけなく、踊りかかる傍から吹き飛ばされる。


「くおおおおおッ!? 何度やっても通じない……!?」

「今までやってきた戦い方じゃダメだぜアニキ!? 何か新しい手じゃないと……!?」

「でもそんな簡単に新戦法を思いつけるわけが……!?」


 三兄弟も手詰まりになってきたようだ。

 いい加減本当に俺たちが引き受けてやらないと……、今はぼんやり揺蕩っている風竜が、いざ攻勢に転じただけで一瞬にして崩壊しかねないぞ!?


「情けない兄妹弟どもね……!」


 その時、どこぞから声が。


「この程度で勝負を諦めようとするなんて、ラクス村魂が欠けている証拠だわ」


 マリーカ!?

 俺の後方で控えていたはずのマリーカが、矢面に進み出た。


 目立たない陰で控えていたのに、皆の注目が集まる目立った場所へ。

 それを見て兄弟たちは困惑。


「!?」

「え……ッ? 誰だ!?」

「まさか……、もしかしてだけどお姉ちゃん!?」


 十年近くぶりの再会に、兄弟たちは自信を持てずに戸惑うようだった。


「え!? 本当にマリーカなのか!? 何故ここに!?」

「姉ちゃん、そんなに肉づきよかったっけ!? ボインボインじゃん!?」

「そして胸に抱えている物体は何!? 赤ちゃん!? もしかしてアタシ叔母さんってこと!?」


 当然だろうが訳もわからず困惑する兄弟たちを無視し、マリーカは持ち前のグイグイ行く進行力を発揮する。


「このまま黙って見ておこうかと思ったけれど。アナタたちの醜態がラクス村の恥として伝わるのは見過ごせないわ。村長夫人として。ラクス村が見下されるようなことは防がなければならない」

「村長夫人!?」

「村長は親父じゃないのか!?」

「アタシたちの故郷で一体何が起こっているの!?」


 混乱する兄弟たちを徹底無視して、マリーカは征く。


「アナタ、グランちゃんをお願い」

「はい!?」


 呆然としている隙にグランを託された俺。

 もはや完全にマリーカが場の流れを支配していた。


 グランを俺にパスして両手の空いたマリーカは、どこぞから取り出すトレイを。

 彼女のリーサルウエポン、トレイ。

 つまりおぼん。


 本来料理を載せてキッチンから食卓まで運ぶための道具だが、マリーカが持つとなぜか用途はそれより広がる。


「はあッ!」


 マリーカはそんなトレイを猛然と投げ放った。


「アホかッ!? そんなことしてもすぐ暴風に吹き飛ばされて……!?」


 誰もがそう思ったことだろぅ。

 しかし予想は覆される。


 狂ったように風向きを変える乱気流。

 しかしフリスビーのように投げ放たれた円形のトレイは、目まぐるしく回転しながら飛ぶ。

 強風と強風の間を割り込んでいくように、虚空をズンズン進んでいく。


「なんでッ!? どうしてあのおぼん風に煽られないのよ!?」


 あのお盆にオーラが込められているのは間違いなかった。

 マリーカは既にそうして戦う姿を多くの人に示している。

 だから今さら驚くまでもないと思ったが……!?


「マリーカは風向きを完全に読み切っている……!?」


 だから投げたトレイが風に流されない。

 風と風の間を突き抜けて、時には追い風に乗って狙ったコースを飛んでいく。


「これはオーラ操作とは関係ない、さらなるスキルだ……! マリーカ、どうやってあんな高等な風を読む技を……!」

「主婦ならば修めていて当然の技よ。……風の向きと強さを読み、天気の移り変わりを知る。それができてアタシたちは洗濯物を干せるのよ!」

「そうなの!」


 投げ放たれたトレイは暴風域を難なく突破して、その向こうにいる風竜へと届いた。

 竜のこめかみ辺りにカツンと当たる。


『痛……!?』


 それでも相手は魔獣と称される超越存在の一体だった。

 オーラで強化されててもトレイの一撃ぐらいで沈むこともなければ、ダメージらしきものもない。


 それでも付加されたオーラの効果か、弾かれたトレイは勢いよく飛んでマリーカの手に戻った。


「さあここからが勝負よ! 敵わぬ敵にも勇戦して奮い立ち、ラクス村の凄さを広く知らしめるのよ!?」


 何の戦いだっけこれ?

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