167 ヤマオロシノカミ、魔獣だった
二次試験を始める前に確認しておきたい。
冒険者の仕事。
大きく分けて三種類ある。
・魔族との闘争。
・モンスター討伐。
・犯罪者の追捕。
主にこれだけ。
この中で一番重要とされているには魔族と戦うことだけど、今の世の中ではそんなに重要視されていない。
昨今で魔族と戦っている者といえば勇者ぐらいのものだからだ。
既に魔族との間では数十年前から不可侵の申し合わせが暗黙で成立しており、互いに国境を侵してくることなど、まあない。
双方、戦争が面倒くさいのだろう。
人と魔族の戦争もいい加減長いので、それこそ全面戦争な時期と、なんか互いに息切れして小康様態になるのが代わりばんこにな感じとなってる。
今はちょうど平和の時期なのだ。
よって冒険者が魔族と戦うには勇者に選ばれてパーティメンバーなるぐらいしかない。
勇者はどんな時でも魔王様を倒しに攻め寄せてくる。
そして次に冒険者にとって重要な仕事はモンスター討伐。
今やこれが最大メインの仕事かもしれない。
各地に出没し、人里に危害を加えるモンスターを駆除する。
モンスターは自然の理に反した異形の存在で、種類によっては街一つの存亡にかかわる脅威となる。
だからこそオーラという特異の力で強化された冒険者で対抗するのがもっとも適切なのだ。
今や冒険者の花形クエストといえばモンスター討伐で、A級冒険者が語る武勇伝も、どこそこの強豪モンスターを倒した、……というものだ。
だから、二次試験で実際にモンスターとの戦闘を科目にするのも自然な成り行きというべきか。
冒険者にとってもっとも相対する機会の多い敵こそ、魔族ではなくモンスターなのだから。
……あ。
あと補足として、その次に多い仕事が犯罪者を捕まえること。
人間の敵は人間パターン。
そういうのは各町村で組織される衛兵や自警団の仕事でもあるんだが、彼らの手に負えなくなった事件は冒険者に回ってくる。
主に冒険者崩れが犯人だった際とか。
オーラを使ってきたら同じオーラ使いにしか対処できないしな。
さらに余談だが、魔王軍の主な職務もほぼ同じだ。
魔王様を狙って攻め入ってくる勇者の迎撃を除けば、魔族領に出没するモンスター討伐や犯罪者の取り締まりが主な仕事。
そういう意味で冒険者ギルドと魔王軍は、ほぼ同じ目的で動く機構といえる。
と世の中の仕組みの話はここまでとして……。
そんな仕組みの中で、より高みに立ちたい若者たちへの試練が、今始まる。
◆
「……で?」
俺たちは森の中にいる。
静謐とした雰囲気で、遠くの鳥のさえずりまで聞こえてくる静けさだった。
試験でもなければ木の根を枕に昼寝したいくらい。
「ここにその凶悪なモンスターとやらが出てくるんです? とてもそうは思えないのどかな感じなのですが……」
「緩むでないぞダリエル。嵐の前の静けさというではないか、この森に巣食うヤマオロシノカミは、まさに嵐というべきモンスターなのだ」
ほう……。
大勇者アランツィルをしてそこまで警戒させるモンスターとは。
「ヤマオロシノカミは風を操る。ヤツがまとう暴風障壁の前では矢を始めいかなる飛び道具も吹き飛ばされ。人も前後を見失う。それこそ嵐そのものと戦っているのではないかという錯覚を覚えさせるモンスターだ」
自然現象を操るモンスターとは珍しい。
まるで魔法ではないか。
「魔族戦を想定した模擬戦にもってこいという気もするが……。それでは収まりきれない感じもするな」
「その通りです。この二次試験でこそ、それがしら試験官の役割がより重要となりましょう」
ゼスターが真面目に呟いた。
「モンスターは手加減などしてくれません、『これ以上は死んでしまう』といって手を止めることもありません。一次試験では我々が受験者たちの敵を演じましたが、もっとも重要な違いはそこなのです」
いざとなったら俺たちが受験者を守るためにモンスターとの間に割って入らなければいけない。
結局、楽はできんということか。
「わかった、気を引き締めてかかろう」
「もっともダリエル様とアランツィル様が並び立てば敵などおらぬでしょうがな! ヤマオロシノカミも案外今日で討伐不能モンスターの看板を下ろすことになるかもしれませんぞ!」
ゼスターの放つ冗談に、周囲まで笑いが起こった。
受験生たちも何やら浮足立つ。
「そうだよな……! 最強勇者とその息子の最強タッグが揃ってるんだもんな……!?」
「こんな貴重な機会に同伴できるなんて、私たちめちゃくちゃ運がいいんじゃ!?」
「試験なんてどうでもよくなるぜーッ!!」
いやいや。
試験のことは忘れるなよ。お前らの将来に関わることだぞ。
一次試験からこっち、俺とアランツィルさんとの親子関係を全面肯定する空気ができて、父も照れくさそうだった。
照れ隠しするかのように。
「試験中に浮かれるな! 危難は近いぞ!!」
「?」
「風が吹いてきた……」
そういえば。
さっきまでまったく無風であったのに、いつの間にか草木がそよぎ始めている。
耳に心地よかった鳥のさえずりも風声で掻き消されていた。
異常を自覚する間もなく草木のそよぎは枝がしなるまでになり、我が身に吹き付ける風圧に目も開けられなくなる。
「なんだこの強風は……!?」
「ヤマオロシノカミが近づいてくる証拠だ! 武器を取れ、鞘を外せ! 危難はすぐそこだぞ!!」
アランツィルさんの怒声で緊張が一気に跳ね上がる。
そして来た。
ヤツは頭上から。
まるで暴風の中を泳いできたと言わんばかりの長く流麗な身体だった。
全身をエメラルド色に輝く鱗で覆い、巨大で、神々しい。
髭と鬣をなびかせて、その両眸に宿る輝きは烈火のようだった。
その外見はまさに……。
「あれは……、竜……!?」
俺にはそう見えてならなかった。
風の力を支配する竜。
つまりあれは……。
「風の竜……!?」
何故俺があれを見て、一目で竜だと気づきえたのか?
前にも一度見たことがあったからだ。
火の竜を。
かつて四天王バシュバーザが引き起こした騒乱で、もっとも深刻な危険となったのは紅蓮色の鱗をまとった火炎竜ではないか……!?
あの炎獣サラマンドラに酷くよく似た風の竜。
違いといえばサラマンドラが炎をまとうのに対してあの竜は暴風をまとっている。
ただそれだけの違い。
つまりあれは……!?
「風魔獣ウィンドラ……ッ!?」
たしかそういう名前だったはずだ。
この世でもっとも恐るべきモンスター以上の怪物、魔獣。
その最悪の四体の一体!?
こんなところにいたんだ!?
「アランツィルさあああああああぁんッッ!?」
俺はすぐさまアランツィルさんに掴みかかった。
緊急事態だ!
「魔獣じゃないですか!? あれ魔獣じゃないですか!? モンスターじゃなくて魔獣じゃないですかあああああッ!?」
「は? あれはセンターギルドが立派に認定したヤマオロシノカミというモンスターだぞ?」
「だからああああああああッッ!?」
魔獣という概念は魔族側にしかなかった。
魔王軍が所蔵する資料によれば、遥か昔魔王様が戯れで作った四体の猛しき獣。地水火風の四属性をまとった魔の獣たちは凶暴過ぎて制御できないため、放置されて解き放たれた。
今では世界中を好き放題に荒らし回っているという四体のうちの一体!
「違うんです! モンスターと魔獣は違うんですよ! 魔獣の方がより危険なんですよおおおッ!!」
「ほう、そうなのか?」
なんでそんな他人事っぽいんですかアランツィルさん!?
アナタだってこないだ炎魔獣サラマンドラと直に戦ったんでしょうが!? その恐ろしさが実感できてないわけじゃないでしょうに!?
「あッ、そうかこの人……!?」
伝説的英雄的所業に紛れて知られてないが、個人としては抜けてるんだった!?
ここ最近の行動を共にして実感できたことが、早速効いてくるとは!?
「中止! 中止です!! 魔獣なんぞとやりあったら命がいくつあっても足りん!!」
「そういうわけにはいかんだろう大事な試験だぞ?」
「試験より命が大事だああああッ!?」
「でももう戦闘始まったぞ?」
「えッ?」
アランツィルさんの指摘する通り、若い受験者たちは風魔獣へ無邪気に斬りかかていた。
「よっしゃ倒せー!」
「コイツを倒してA級冒険者だー!」
ショックで心臓が止まりそうになった。
思いもしない時と場所で、最悪の脅威、魔獣との戦いが再び始まった。






