155 噂、広がる(勇者side)
8/2(金)書籍版『解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ』第一巻の正式発売日です!
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ここ最近、センターギルドで妙な噂が囁かれるようになった。
『アランツィルの息子がいる』と。
その噂に接した者の反応の大半が困惑だった。
アランツィルといえば大勇者。冒険者ギルドだけでなく人間族全体の歴史になお残すであろう英雄だった。
そんなアランツィルに息子がいる。
誰にとっても寝耳に水。
「アランツィル様は独身のはずだろう?」
「ならば子どもなどいるはずがない。……隠し子?」
「いや、あまり知られていないがアランツィル様は一時期結婚していたとか……」
「何それ初めて聞いた!?」
上も下も騒がずにはいられない。
子どもであれば当人とは関係ないかもしれないが、それでも渦中にいるのは最強勇者。
その才能を受け継いでいるかもしれない子息ともなれば、興味が集まるのも無理からぬことだった。
センターギルドに所属する精鋭冒険者たち、警固を務める兵士や、事務員、料理人、メイドに至るまで。
アランツィルの息子の噂で持ちきりとなった。
◆
そして、浮足立つのは下々だけでなく……。
権力の最高峰まで動揺の波は押し寄せていた。
センターギルド理事会。
急きょセッティングされた緊急会合の議題は、当然ながらもうすぐ訪れるダリエルに関してだった。
「その……、本当に間違いないのですか?」
理事の一人が上ずった声で言う。
「アランツィル様に息子さんがいらっしゃったというのは? そんな話、小耳にも挟んだことがありません……!?」
居並ぶセンターギルド理事たちは、この急報に皆一様に動揺を隠せずにいた。
権力の中枢で生き抜くためにも耳の速さを自慢にしている者ばかり。
今回の晴天の霹靂は、そんな彼らの自信に引っかき傷をつけた。
「うむ、ワシも驚いた」
そう言ったのはセンターギルド理事長。
この緊急会合の主催でもある。
「きっかけも突然なものでのう。元凶はローセルウィのヤツじゃ」
「そういえばローセルウィ殿は欠席していますな? 具合でも悪くされたか……?」
「死んだわ」
その報告がまたしても理事たちを凍りつかせた。
現役理事の訃報という重大事を、会議本番の最中に知らされたのだから充分な不覚であった。
「亡くなった!? 一体どうして!? ローセルウィ殿はこの中でも一番お若いというのに」
「たしかに彼より先に死んでいい者は理事会にはたくさんおりますなあ」
中にはくだらない冗談を吐ける豪胆さを見せつける理事もいたが……。
基本、緊急会合は度重なる衝撃の事実に落ち着くことが一瞬たりともできなかった。
「ワシから簡単な経緯を説明しておこう」
センターギルド理事長から語られるのは、先日ラクス村で起こった騒動の経緯。
ローセルウィがあるきっかけからアランツィルの息子の存在を知ったこと。
野心から彼に近づき、取り入ろうとしたが拒絶される。
その腹いせに、各地のチンピラ冒険者を集め、彼の住む村を襲撃した。
肝心なところは巧みにぼかし、最低限のことのみを掻い摘んだ説明であったが、騒乱の件については語らないわけにはいかなかった。
村一つが壊滅するか否かの修羅場だったのだから、これを秘匿しては背任を問われる。
既に各地のギルドも、行方不明だった問題児が襲撃団に加わっていたことが次々わかりパニックに陥っているのだし。
「調査によればローセルウィは、正体不明の怪しい輩に接触を受け悪事の片棒を担がされたらしい」
「正体不明の怪しい輩とは?」
「わからん。だから正体不明の怪しい輩だ」
「なんとも頼りない報告ですな?」
理事の歴々は肩をすくめた。
まだこの時点でインフェルノの正体も詳細も人間側には伝わっていない。
人間たちの間ではいまだインフェルノは不気味なる怪人のままであった。
「各地の冒険者を誑かし、暴徒として集団化したのもそやつの手腕によるようだ。つまり主犯だな。ローセルウィは片棒を担がされただけのようだ」
「それはまたセンターギルド理事としてはお粗末な振る舞いですなあ」
理事たちの間から嘲笑が漏れたのは、ローセルウィの人倫を踏み外した行いに向かってではない。
陰謀の首謀者にもなれなかった体たらくに対してだった。
センターギルド理事にまで伸し上がるには、財力や権力だけでなく、それらを縦横無尽に駆使する智謀が求められる。
今こうして理事の席に座っている誰もが自分の賢さに一定の自信を持っていた。
だから仮に悪事を働くにしても、利用されるより利用する側に立つべきだと無意識で思っている。
賢者は愚者を操るものであって、その逆はない。
賢者が常に他人を利用する立場に身を置くべきなのだから、センターギルド理事たる者けっして利用されることなどあってはならない。
ローセルウィはその禁を犯してしまったというので、なるほど嘲笑われるに充分だった。
「……それで、ローセルウィは亡くなったと?」
「用なしになって始末されたそうじゃ。皆で彼の冥福を祈ろうではないか」
少しの間、会議卓に静寂が流れた。
黙祷のための沈黙であったが、無音の空気に空々しさが隠しきれないのは仕方のないことだった。
「そんなことより」
もう少し黙祷を続けてもよかったが、早くも打ち切り話題が移る。
「ローセルウィ殿を利用したという犯人が気になります。話を整理すればその者こそ騒動を引き起こした張本人」
「これからも我らギルドに対して不逞を働くやもしれません。起こした事件の規模から考えても対策を講じるべきでは?」
「その者も今やこの世におらぬ」
理事長の宣言にまた場が静まり返った。
状況が目まぐるしく変わる。
海千山千の理事たちは、自分たちがはるか遠くに置き去りにされる錯覚を覚えた。
「その正体不明の怪しい輩は、既に斬り捨てられて果てた。その手を下した者こそアランツィルの息子じゃ」
「……ッ!?」
ここで一番最初の衝撃が甦る。
そう、彼らは今日そのために集められたのだから。
「名をダリエルという」
「その……、本当に、真実なのですか? アランツィル殿と血縁関係という……!?」
「ワシが言ってこの目で確かめてきた。まあ間違いはあるまいよ」
その断言に、ギルド理事の面々の表情がまた引き締まった。
ただの一個人の感想である。
しかしその一個人がギルド最高権力者、センターギルド理事長の言葉なら意味合いは変わってくる。
「面構えといい、触れれば裂かれるような鋭い気配といい、父親によく似ておるわ。あれで親子でないと言われれば戸惑うぐらいじゃ」
理事会もその職務柄、先代勇者であるアランツィルとの会見の機会はあった。
しかし誰もが、その貴重な機会を……、最強勇者と顔を合わせることを嫌がったという。
勇者の放つ激烈の気配があまりに強すぎて、理事ごとき非戦闘民ではまともに向き合うことができないからだ。
現役の頃のアランツィルはそれほどに抜身のぎらつく刃であった。
誰もが好んで触れようとは思わなかった。
「あれが……、あのままですか……!?」
「いや、父親ほどぎらついてはおらん。少々マイルドになっておった。それでも隠し切れぬ鋭い斬気。……親子を感じさせるものよ」
例えで言う。
アランツィルが常に見えない刃を抜身のまま持ち歩いているようなものなら。
ダリエルは一応鞘に収めているものの、必要とあらばいつでも居合い抜きで斬れるよう柄に手を掛けているような感じだった。
そんな風に理事長が説明しても、他の理事たちにはいまいちピンと来なかったが。
「……そっ、そもそもローセルウィ理事はどうやってアランツィル様のご子息を見つけ出したのでしょう? そして何故単独で接近を?」
「皆も知っているじゃろう。アレじゃよ」
「アレ?」
「ローセルウィ肝煎りの」
そこまで言われて誰もが思い当たった。
勇者増産計画。
いや、正式にそういう計画名があったわけではないが。
本来一世代に一人と限定される勇者を、同時に複数人選出することで魔王討伐の成功率を上げようとする試みだった。
しかし、その計画の下、新たに選出された勇者三人。悉く敗北して計画の頓挫は決定的。
自然、立案者であったローセルウィの立場も危うくなり、進退まで追い込まれる。
「ローセルウィは新たな手駒を得て盤面をひっくり返したかったようじゃな」
「まさか、アランツィル様の御子息を新たな勇者に……!?」
その考えに思い至り、また一座の空気が収斂した。
アランツィル血脈を受け継ぐ息子は、自身もまた勇者となる資格を持ち合わせるのかと。
血統で言えば申し分ないが、勇者に求められる最終的な資質は強さであった。
しかしローセルウィが認め、また先の騒動の首謀者を仕留めたという功績も考えれば。
大勇者の二世もまた大勇者たりえるのかもしれない。
「しかし当人は、勇者の座を拒んでいる。静かに暮らしたいそうじゃ……」
さらなる理事長の言葉に、場の空気は益々混乱する。
「誰もが求める勇者の栄誉をいらぬと?」
「そもそも今はレーディという立派な勇者がおる。彼女を蔑ろにしてダリエルの身辺を騒がせるのもよくない。そこでワシは一計を案じた」
しかしここからが、センターギルド全体を混乱させる
「アランツィルの息子ダリエルを招くことにした。皆実際にあの御仁を見定め、判断し、彼との良好な関係を築いていこうではないか」






