153 イダ、追跡開始する(四天王side)
ラスパーダ要塞は、世界一の規模を誇る大要塞だった。
人間領と魔族領の境に位置し、両陣営の本拠地を直線状に結ぶ線と国境の交差点に建てられた。
立地上、人魔の争いの最重要拠点となりそれだけに巨大な要塞が建てられた。
奪い奪われの争いの果てにどんどん改築がなされて、他の追随を許さぬ規模と成り果てたが、その歴史も今日で終わった。
ラスパーダ要塞は蒸発して消え去った。
世界最大の要塞を一瞬のうちに包み込むほどの大炎によって焼き尽くされた。
極上の石材によって積み立てられ、その上に何重もの防御魔法をかけられていたというのに瞬時も耐えきることができず、沸点を越えて無に還った。
四天王よりの緊急命令を受けて要塞から脱出した兵士たちは、その光景の目撃したという。
『おぞましい炎が、要塞を飲み込み消し去った』と……。
◆
「……何で生きてるの? 私たち?」
焼け跡と呼ぶにはあまりにもすべてが綺麗になくなったあとに現役四天王たちは残骸のように散らばっていた。
皆五体満足で無事だった。
彼らは間違いなくインフェルノの放った極大炎の効果範囲内にいたのに。
要塞すら蒸発させた超高熱を浴びながら生きていられる生物などいない。
ではなぜ彼らは生き延びられたのか。
「……間一髪だったね」
白光の少年が天から降り立った。
空間を操れるイダにとって空中浮遊程度わけもない。
「恐ろしい邪炎だった。感情の根源である魂を丸ごと燃料にして生み出す炎。ここまで凄まじいとは」
「アナタが……、私たちを守ってくださったのですか……!?」
ベゼリアは、もはや少年に対して敬意を払わぬわけにはいかなかった。
数百年前に存在した偉人を名乗る。そんな突拍子もない相手に払った警戒も、直接見せつけられた実力の前に払拭しないわけにはいかない。
「……私はヤツの炎の威力を最小限に抑えるのに精一杯で、他のことにまで意識が回らなかった。その隙にヤツにもまんまと逃げられてしまって不覚だ。数百年存在していて不甲斐ない」
「ではやはり……ッ!?」
ベゼリアは戦慄した。
この少年は本当に魔族史に燦然たる勇名を遺した『天地』のイダなのかと。
「空間を歪め、断裂しても。あの炎は飛び越えてすべてを焼き尽くそうとした。最後には純粋な魔力圧で抑えねば被害はもっと広がっていただろう。……恐ろしい。本当に恐ろしい炎だ」
言われてベゼリアも思い当たった。
要塞の大建築が跡形もなく蒸発するほどの熱量だ。本来ならば被害は要塞だけに留まらず、周囲何十倍の範囲にまで広がらなければならない。
それなのに綺麗に要塞が消え去っただけで済んだのは、誰かがそうなるよう必死に対抗したから。
「そのせいで魔力をほとんど使い果たしてしまった……、これでは魔王様から頂いた使命を果たせない」
それだけではない。
白い少年は極炎熱に晒されて見るも無残な姿になっていた。
両手両足は燃え尽きて焼失し、断面が黒く炭化していた。
体の表面が高熱によってくまなく焼けただれ、現れた当初の清涼な面影は残っていない。
「このような姿になってまで魔族領を守ろうと……!?」
イダが炎熱を抑え込まなかったら、魔族領の何割が灼熱にえぐり取られたかわからない。
それほどまでに凄まじい獄炎。
「いえ、それだけでなく私たちまで……!? 魔族防衛の最前線に立つべき私たちがなんと不甲斐ない……!?」
「それをしたのは私じゃない」
「え?」
イダとベゼリアの会話の一方で。
グランバーザが息を荒げて膝をついていた。
両脇からドロイエ、ゼビアンテスの二人が挟み込むように支えている。
「グランバーザ様! お気をたしかに!!」
「死んじゃダメなのだわ!!」
元からインフェルノの攻撃を受けて半死半生のグランバーザ。
それに加えて明らかに異常な消耗をしていた。
顔色が悪く、全身から粘り気のある汗を出している。
「か……、勝手に殺すな……! グランが独り立ちするのを見届けるまで死んでなるものか……!」
しかし精悍としていた。
グランバーザもまた間違いなく歴史に勇名を遺すだろう最強四天王。
元の頑健さが違った。
「インフェルノの炎を緩和したのはキミの仕業だな」
『天地』のイダが言った。
グランバーザが息を乱しながら答える。
「……呪術は、火属性魔法に属する魔術の一分野。魔法に人の心の作用を絡めて異形の作用を現す」
時には物質の法則すら捻じ曲げる作用を。
グランバーザが究極奥義と位置づける必殺魔法『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』も呪術によって付加された黒炎が通常の炎熱以上に対象を焼き尽くす。
「火属性魔法は、そういう一面を持っている。人の心の揺らめきに接することができる魔法なのだ。あの赤マントが最後に放った魔法は、その究極系……!?」
「さすが古今無双と謳われる火炎魔法使いグランバーザ。死後ヴァルハラに入ることを約束された一人だ。キミ自身、ヤツが極めた領域の入り口に立っている。だからヤツの魔法に対抗できた」
仲間の魂を一つ犠牲にして放った極大炎。
イダの空間操作だけでは防ぎ切ることはできなかった。
グランバーザが『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』を会得するために慣れていた呪術の要領で、何とか魂の燃焼する熱を抑え込むことができた。
この場にイダが居合わせなくても、グランバーザが居合わせなくても被害をここまで抑え込むことはできなかっただろう。
爆心地が人間領と魔族領の境目であっただけに双方の国営を傾ける大惨事となっていたに違いない。
「げに恐ろしきは、あの赤マントの繰り出した術よ。まさにおぞましき口伝にある『沙火』ドリスメギアンの所業に違いない」
「そッ、そうなのだわ! 一体どういうことなのだわ!?」
ゼビアンテスが金切り声を上げた。
「すべてがわからないのだわ! イダさんって何百年も前にいた魔族なんでしょう!? それがなんで今! こんな可愛いショタっ子の姿で現れたのだわ!?」
「ショタっ子言うな」
「さらにあの赤マントは何者なのだわ!? アイツが一番わけわからんのだわ!? 死んだと思ったら生きているし、途中で別人みたいに変わるし!」
「落ち着けゼビアンテス! 四天王として見苦しいぞ……!?」
ドロイエが必死に抑えようとするも虚しく、ゼビアンテスの狂奔は増すばかり。
見かねたのか、白いイダは溜め息と共に話した。
「……魔王様は二つの世界を持っておられる」
「二つの世界?」
「双方、魂の安寧となるべき世界だ。一方の世界には偉大なる魂を。もう一方には罪ある魂を置く。私と、インフェルノと呼ばれる塊たちは、それぞれの世界からやってきた」
それらの世界に入る魂は、ある階級から選別される。
四天王。
魔族最強の魔法使いと認められた者たちの中から、さらに讃えられるべき功績を立てた者。
そうした者が現世ですべてのすべきことを終えたのち、永遠の楽園へ迎えられる。
「その世界こそヴァルハラ。生前並ぶものなき武功を遂げた人物だけが迎えられる。たとえばグランバーザ。キミの勇名は天下に響き渡っている。キミも死後ヴァルハラに入ることは確実だろう」
「えッ? じゃあわたくしも……!?」
「お前じゃねえ座ってろ」
何故か照れながら立とうとするゼビアンテスをドロイエが引き戻した。
「それに対して、生前人類としての品位を汚した罪人が堕ちる世界……。地獄。インフェルノはそこからやってきた」
「ではやはり……、『沙火』のドリスメギアンが成したおぞましき伝説は事実だったのですな。あれが本当に行われたことであれば、なるほど地獄に堕ちるに相応しい」
グランバーザが苦虫を噛み潰した表情になったのは、疲労や負傷からだけではない。
「グランバーザ様……! その『沙火』なる者は……!?」
「若いお前たちは知るよしもない。長い魔族の歴史には『天地』のイダ様のごとく輝かしき偉人もいれば、語るのも忌まれる罪人もいたのだ。そういう者は史書に書き記すことすら禁じられ、忘れ去られた。一部の責任者にのみ伝え聞かされ……」
そうした罪人が、地獄より抜け出して現世へと舞い戻った。
そして何かを企み、蠢動している。
「一度地獄に堕ちたあやつらは肉体に縛られない。複数の魂で一つの体を形成している」
それがインフェルノの正体。
「イダ様! ヤツらは何を企んでいるのですか!?」
「恐らくは自分たちを地獄へ堕とした魔王様への復讐……。愚かなことだ。罪人ごときが何千匹集まったところで魔王様に敵うわけがないのに……」
いつの間にか『天地』のイダの焼けただれた体が再生し元通りになっていた。
全身、シミ一つない純白の少年像。
ヴァルハラに迎えられ、肉体から解放された魂は老いも破損も関係ないのか。
「それでも地獄から抜け出した悪魂が現世を乱してはならぬと、魔王様は私をヴァルハラより派遣された。地獄に堕ちたとはいえ、それらの魂も実力は一級。生前は人類最強に並べられていたのだから」
いまや『天地』のイダは完全に修復され、視線を遠くへ向ける。
その視線の先は人間領。
「あの極炎熱に紛れてインフェルノにはまんまと逃げられてしまった。それも一時凌ぎ。何処までも追い詰め必ず捕えてみせる」
「では我々も協力を……!?」
「現世の四天王たちよ。キミたちはキミたちの使命をなせ。キミたちの仕事は勇者を撃退して魔王様をお守りすることだ。私も生きていた時そうしていた」
そして今、生者すら超越した存在となって彼は行く。
「インフェルノは再び、魔王様の目が届きにくい人間領へ潜伏したに違いない。しかしこの私が降臨した以上はどこへ逃げようと関係ない。必ず追い詰める」
『天地』のイダは人間領へ分け入る。
それがいかなる混乱を引き起こすか、過去の人物ならではの鷹揚さをもって意に介さず。






