151 偉人、甦る(四天王)side
「魔王軍四天王の一人……!?」
「『天地』のイダ……!?」
ラスパーダ要塞はいまだ混乱に包まれている。
暴魔の赤マント、インフェルノによって魔王軍最強であるはずの四天王が一掃。
とりわけの最強を誇っていたグランバーザですら、老いのために力を失い絶命寸前にまで追い込まれた。
窮地を救ったのは意外なる人物。
誰なのかわからない。
何処からやってきたのかもわからない。
しかし、その何者かが注げる名こそ、四天王の栄誉ある称号だった。
「ふざけんじゃないのだわ!!」
そこへ真っ先に噛みついたのがゼビアンテスだった。
四天王の一人で『華風』の称号を賜っていた。
「断りもなく何を勝手に四天王の名を自称してんのだわ!? 四天王の名は恐れ多くも高邁なるもの。勝手に名乗って言いわけがないのだわ!」
彼女にしては珍しい正論を述べる。
「しかも『天地』だなんてダッセー称号なのだわ! 今の四天王で地を司るのはこのドロイエちゃんなのだわ! 彼女を差し置いて地の四天王を名乗るなんておこがましいこと山のごとしなのだわ!!」
「黙れぇーーーーッ!!」
そんなゼビアンテスを抑えつけたのは四天王『沃地』のドロイエその人だった。
表情に驚きと動揺がよく表れていた。
「少しは過去を学ばないのかお前は!?」
「えッ? どういうことなのだわ!?」
「ヤツが……、いや、あの御方が語った名は、それ以上の意味があるということだ!」
魔王軍四天王の一人。
『天地』のイダ。
「そう、……その名前は、ただ四天王を名乗ることより遥かに巨大な意味を持つ……!」
四天王『濁水』のベゼリアが言った。
「『天地』のイダといえば、私たちより遥か昔に実在した四天王の名。しかも歴代まれに見る実力を持ち、数多くの功績を遺した偉人の中の偉人……!?」
四天王は代替わりする。
魔族とて時の流れに身を任せて老い、衰え、そして死ぬ。
それでも永遠に魔王を守り続けるため、老いれば若きに交代し、それを数え切れないほど繰り返し、今に至る。
だから今いるゼビアンテス、ドロイエ、ベゼリアの前にも、やはり数え切れないほどの四天王が過去存在した。
たとえばその直近が先代四天王『業火』のグランバーザであった。
インフェルノ襲撃によって重傷を負う彼も、この珍事によって窮地を脱した。
「イダ様といえば、歴代四天王の中でも一際轟く勇名。四天王在任中、屠った勇者の数は二百人超。これは今なお破られない記録。……魔族の歴史上、最高の土魔法使いと呼んでいいだろう」
『沃地』の称号を与えられた、同じ土魔法使いのドロイエが言う。
「しかし『天地』のイダ様は数百年前の人……! 今なおこの世におられるはずがない。つまり目の前にいるコイツは、恐れ多くもイダ様の名を騙る不届き者ということだ!!」
ベゼリアが咆えた。
居合わせた四天王は全員、先立ってインフェルノから大ダメージを受けていたが、その痛みすら忘れていそうな激高だった。
隣でその激情に触れ、ドロイエは意外の感を持った。
ベゼリアがここまで憤激を露わにする性格だったとは。
普段の彼といえば捉えどころのない皮肉屋というのが万人の認識であった。
しかしひょっとしたら、当代の中でもっとも四天王であることに誇りを持っているのは彼なのではないか。
「ベゼリア……! 今はそれどころではない。グランバーザ様の負傷が心配だ……!」
「ぐ……ッ!」
「お前の水魔法なら体液を操作して肉体の損傷を緩和できる。むしろあの赤マントを止めてくれる者が現れたのは幸運だ。今のうちにグランバーザ様の手当てを……!」
「わ、わかった……!」
魔族最強の称号を与えられながら他者の救いに頼る。
この屈辱に、現役の四天王たちは屈辱に身を震わせた。
「なんだかよくわからないけど助かったのだわー。よかったのだわー」
ただ一人を除いて。
その間も、超越者は互いを睨んで対峙していた。
「面映ゆいことだ。久方ぶりに現世に戻れば、私は魔族の誇りとなっていた」
『天地』のイダを名乗る少年は言った。
「功績を遺した四天王が魔族の誇りになるのなら、醜態を晒した四天王は魔族の恥……。そうは思わないかインフェルノ?」
白光に包まれるイダが聖の化身だとすれば、赤をまとうインフェルノはまさに魔性。
「いや……、インフェルノの長たるドリスメギアンよ」
「ぐる……! グルルルルル……!」
赤マントの裾が風もないのに揺らめく。
それは炎の揺らめきに似ていた。
「残念だ。かつて同志であったキミを獣のごとく狩りたて、捕えなければならない。いかに魔王様の命令といえど心の痛む所業だ」
「ごごごご……! 殺す……! うぜえ……! うぜえぞオレを、オレを見下しやがってぇ……!」
インフェルノの赤マントから両手が差し出される。
その一指一指から、計十本の長い鎖が垂れる。
「ドリスメギアンではないな。ヤツに飼われる雑魚か」
「うぜえ! オレを雑魚呼ばわりしたな!? うぜえうぜえんだよ! オレを見下す天国のクズども! オレはお前らを引きずり降ろすために……!」
インフェルノの手の動きに従って、鎖が渦巻く。
その表面にどす黒いオーラがまとわりつく。
「地の底から這い上がってきたんだ! お前らを高みから引きずり降ろすために!! ……食らえ『黒縄剛破衝』!!」
十筋の漆黒の衝撃が放たれる。
暗黒色のヒット(打)オーラに包まれた鎖鞭撃は、四天王すら蹴散らすほどの重大な衝撃を持つ。
事実、老いたとはいえグランバーザでも、その必殺技に手も足も出なかった。
戦闘能力においてこの上ないはずの四天王をも遥かに凌駕する、理を越えた攻撃。
その前に晒されて、過去の最強四天王を名乗る少年は……。
「くだらない」
身じろぎもしなかった。
防御のために手を出すこともなく、回避のために足を駆けることもなく。
指一本動かさないまま銃の鎖をいなしてしまった。
むしろ鎖の方がイダを避けた。
インフェルノが失敗して的を外すはずがない。
何か人智を超える力によって、鎖の方がイダの狙うつもりで外された。
「空間を捻じ曲げた……!?」
それを目の当たりにして理解が追いついたのは、グランバーザを介抱中のドロイエだった。
同じ土魔法使いとして。
「我々が存在する空間そのものを操作して、鎖の軌道を変えた……! 土魔法の要諦は、物質の変化だ。実体あるものの組成を組み替え、在り方まで変えてしまう。絶人の域まで達した土魔法使いは、その作用を時空にまで及ぼせるという……!」
そこまでの作用力を得た土魔法使いは、天と地の間にあるものすべてを自在に操ることができる。
「ゆえに与えられた称号が『天地』……!」
「では、あの少年はやはり……!?」
理解を超えたことがドロイエたちの眼前で繰り広げられていた。
赤マントも充分不気味であったが、それを追うように現れた白い少年も彼女らの理解を越えていた。
数百年前に存在したはずの最強四天王。
魔族にだって老いと寿命があれば、この時代まで生き永らえているはずがない。
なのに『天地』のイダは存在している。
もはや歴史と化したその強さをそのままに。
いくらありえないことでも、事実ならば受け入れなければならなかった。
「ではやっぱりあの子どもは……!?」
「『天地』のイダ様だというのか……!? バカな!? 仮に生きていたとしても枯木のような老人になっているはずだぞ!?」
『天地』のイダが生きていたのは今から数百年前。
いくら魔族に魔法があるといっても、それだけの期間を老いずに生き永らえることはできない。
そんなことができる存在はそれこそ……。
魔王以外にない。
「いつまで隠れているつもりだ? ……友よ」
暴風のような鎖攻撃を難なく退けて『天地』のイダは言う。
「私はキミに会いに来たのだ。キミがそのインフェルノとやらを形成するために寄せ集めた雑魚に会いに来たのではない。久しぶりに顔を見せてくれ。……そう、何百年というほど久しぶりにな……」
「うぜえうぜえうぜえ……!? またオレを雑魚呼ばわりしたな……!? クソうぜえぞ。オレの鎖で引きちぎって……!?」
「ウルサイ」
インフェルノの中から声がした。
それまで表に出ていた者とは別の声。
「カワレ、アボズ。お前ゴトキデハ、ヤツ、ニ傷一つツケラレン」
「待て! オレにやらせろ! 殺してやる! オレを舐めるヤツは一人残らず殺してやる!!」
「聞き分ケノナイ、ゴミダ」
その瞬間、赤マントの気配が変わった。
最初に現れた時から充分に化物じみた不気味さを持つ妖怪が、さらに妖威を増す。
「ッ!? ぐぎゃあああああああッ!?」
唐突であった。
インフェルノが悲鳴を上げた。鋭い痛みにのたうつ悲鳴を。
「ぐぎいいいいいいッ!? いてえええッ!?」
「痛い痛いッ♡ やめてッ♡ 出てこないでええええッ♡」
「アナタが出てくるト、我々に大きな負担ガ……!?」
様々な声色の悲鳴が重奏し、同時に赤マントの内部から様々な不気味な音が鳴った。
ゴキャリ、ブゾゾ、グギギギギギギ……。
色々なものが砕け、折れ、繋がり合う音。
そしてすべてが鳴りやんだ時……。
「……待タセタナ、友ヨ」
「ああ、本当に。長い無沙汰だった」
過去の最強四天王が言った。
「次にキミを見る時は、キミの罪が魔王様によって許されヴァルハラでの再会だと確信していた。だからこんな形でまみえることが残念でならない。インフェルノの主よ……」
いや……。
「魔王軍四天王の一人、『沙火』のドリスメギアン」






