149 グランバーザ、前線視察する(四天王side)
ラスパーダ要塞。
先代四天王グランバーザが訪問した。
名目は視察である。
「グランバーザ様……!!」
「ようこそお越しくださいました……!!」
出迎えるのは現状の要塞守備司令官。
即ち四天王のドロイエ、ベゼリアの二人だった。
当代の四天王で『土』と『水』を司る重鎮ながら、彼女らもグランバーザには頭が上がらない。
ただの先代というだけでなく歴代でも一、二を争う実力と功績を持つグランバーザは、生きた伝説そのものと言ってよいのだから。
「畏まらずともよい。今の魔王軍の責任者はお前たちだ」
「いいえ。不甲斐ない結果ばかり重ねており、先代から受け継いだ高名を汚す我が身を恥じております」
四天王『沃地』のドロイエが言った。
殊勝な物言いで、当代四天王のリーダー格に相応しい落ち着きであった。
「不要な謙遜だ。私がこの地に来た理由はもう伝わっているだろう」
先代グランバーザが最戦線というべきラスパーダ要塞へ赴いた理由。
それは先日の戦勝をねぎらうためだった。
勇者撃退。
人間族側の勇者を名乗る三人が現れ、要塞陥落を試みたものの、当施設を守る四天王たちが奮闘。
要塞は堅守され、勇者を名乗る三人は敗北し逃げ去った。
その功は、魔族領本国にも伝わり華々しい戦果として認められた。
新四天王が設立されて初めてと言っていい明確な勝利。
その結果は魔王軍にも朗報とみなされた。
さらなる華を添えるための歴代最強四天王の表敬訪問だった。
「見事な働きであった。勇者撃退は、魔王軍四天王のもっとも重んじるべき責務だ。それを諸君らは此度見事に成し遂げた。誇るがいい」
「いえ今回、人間側の動きは不明瞭です。人間たちの社会で常に一人であるはずの勇者が三人いました」
センターギルド側の事情を知らないドロイエたちにとってはまさに怪異。
「しかもその三人の中に、それまで攻めてきた女勇者はいませんでしたからねえ? 通算すれば計四人の勇者が同時に存在しているってことですか?」
『濁水』ベゼリア。
当代四天王の皮肉屋として認知されている彼も、歴代最強の前では身も硬くなる。
「しかもせっかく倒した勇者たちも、肝心のところで逃げられてしまいました。詰めの甘さに魔王様へ申し訳が立ちません」
「よい、現行三人のままでよく持ちこたえている。お前たちの働きに魔王様も満足されることだろう」
本来、地水火風の四究極魔導士によって組織される四天王。
しかし当代の四天王には『火』を司る一人が欠けていた。
先日死亡したからである。
しかも四天王の最重要責務である勇者との戦いに散ったのではなくまったく関係ないところで。
それ以来、地水風の三人体制で四天王は活動を余儀なくされていた。
そして、その件に関しては既に引退したグランバーザも責任を覚えていた。
死んだ四天王が他でもない、彼の実子だから。
見苦しいまでの親類による失態に、グランバーザは償いをするかのごとく事態収拾のために働いた。
事実上の現役復帰だった。
最前線での直接戦闘行為こそ現役の若者たちに任せたが、後方にて軍の統率を引き受ける。
新四天王体勢に移行してより混乱しきっていた軍体制が、お陰でようやく整い直されてきた。
「……にしても、三人とは言ったが、この場には二つの顔しか見えんな。残り一人はどうしている?
「えー……」「あー……」
難しい顔つきになるドロイエとベゼリア。
そこへちょうどいいタイミングというべきか、話題の一人が姿を現す。
「おっはー、今日も真面目に出勤なのだわー」
四天王『華風』のゼビアンテス。
「皆元気に働きましょうなのだわ。働いて食うごはんは美味いのだわー」
「アホおおおおッ!! 一番最後に遅れてきておいて何を言う!? 皆お前よりずっと早めに働き始めておるわ!!」
重役出勤の同僚に怒りをぶつけるドロイエ。
「今日は絶対遅れるなと言っておいたよな!? 特別な行事があるから、その前に来いと言っておいたよなあ!? それなのになんだこの腑抜けたザマはあああッ!?」
「はあ、今日は何なのだわ? 昼ごはんがカレーの日なのだわ? ごぶえ?」
腑抜けた態度のゼビアンテスの頭部を鷲掴みにする巨掌。
「私がお前たちをねぎらいに来る日だ。知らなかったのか?」
「いだだだだだだッ!? グランバーザ様、頭が痛いのだわ!? 全然ねぎらいになってないのだわ!?」
『『だから表敬訪問だって言ってあるだろ……』』と残りの四天王が呆れながら見守る。
何処までも自由なゼビアンテス。
「あだだだだだッ!? やめて!? 頭を握り潰すのをやめてほしいのだわ!? このままじゃ本当に脳天割れて色々漏れ出ちゃうのだわ!?」
とはいえグランバーザにしてみれば、自由なゼビアンテスのことがなかなか憎らしい。
何しろグランバーザにとっても、みずからの孫のごとき存在グランに会いたくてしょうがない。
というのに実子の不始末を償うため魔王軍の仕事に従事し、なかなかラクス村へ戻ることができない現状。
それなのに現役でありながら自由にラクス村を行き来するゼビアンテスが憎らしいと言えば死ぬほど憎らしかった。
「いっそこのまま頭をカチ割ってやりたいぐらいに……!!」
「ぎゃー!? マジもんの殺意なのだわ!? 遅刻したぐらいで命を取られる魔王軍ブラックなのだわ!?」
無論グランバーザもいい大人なので心の手綱はあった。
頭蓋骨をカチ割るまではしないまでも、ひびが入る程度に抑えてゼビアンテスを解放してやる。
「まあ、お前たち全員、我が愚息からの迷惑をこうむったようなもの。私からは文句も言いようがない」
「そうなのだわ! わたくしたち皆アンタのバカ息子の被害者なのだわ! 訴えてもいいぐらいなんだから、もっといたわりをもって……!! いだだだだだだだだ!? ごめんなさい、ごめんなさいなのだわ!?」
『『何で自分から傷つきに行くのかなあ……!?』』とドロイエにベゼリアはまた呆れた。
「そッ、それよりも……!?」
今にもゼビアンテスの頭部を果実のごとく粉々にせんばかりのグランバーザへ、ベゼリアが話しかける。
助け舟というわけではない。グランバーザの怒りのとばっちりが自分たちに向くのを、ただ恐れただけだった。
そうして努めて話題を切り替えんとする。
「久々のラスパーダ要塞の景観はいかがです? グランバーザ様は現役時代、この地で何度も勇者を迎え撃ったとか?」
「うむ」
ポイとゼビアンテスを捨て、グランバーザは外の風景を眺める。
要塞から一望することのできる雄々しき景観に。
グランバーザとの対面式は、その歓迎の意を表すため要塞でもっとも眺望の良い展望台にて行われていた。
「懐かしい眺めだ。私にとって、この風景は忌まわしき呪いの風景だった。最強の敵は常に、その向こうからやってくるのだから……」
グランバーザの現役時代、同じように最強と讃えられた大勇者アランツィルとは、ここラスパーダ要塞で何度も戦った。
時には要塞を奪い取られることもあり、そういう時は奪還作戦を立て決死の突撃ののち、再び要塞を取り戻したりもした。
「この地に残る記憶は、すべて苛烈な戦いの記憶……」
しかし、生ある限り宿敵として戦い続けるものと思われたアランツィルとも、ダリエルの血統を継いで生まれてきた新しい命の下に和解できた。
新しい時代の到来を感じる。
戦いに明け暮れたグランバーザの時代とは、また別の色合いを持つ時代が。
「……その時代の旗手として、お前たちはまだまだ頼りないがな」
率直に言われてドロイエたちは身をすくめた。
新人の彼女らはほぼほぼ二十代。時代の代表者としてはまだ幼い。
真に成熟し、力にも満ち溢れて時代を代表する脂の乗り切った世代といえば三十代だろう。
それに見合うとすれば……。
「……」
親のようにむずがゆい感覚を、グランバーザはラスパーダ要塞で覚えた。
彼のもっとも燃え盛った時代の舞台で。
「老いさらばえた私だが、新たな彩の時代をこの目で見てみたいものだ」
「残念ダガ、お前が新しい時代を見届けることはナイ」
最強四天王に対する、あまりにも無礼な物言い。
一体どこの大馬鹿者かと現役四天王が周囲を見回す。
するとバケモノはそこにいた。
目の覚めるほどに赤い紅蓮のマントに被り、全身を覆って中は見えない。
赤マントの怪物。
「なッ!? こやついつの間に……!?」
ドロイエが驚き警戒する。
魔王軍が全力をもって警護するラスパーダ要塞の内側に、いきなり現れた部外者。
あまりにも異質だった。
「コイツ見覚えがあるぞ!? こないだ勇者どもを連れ去ったヤツだ!」
「それでは人間族の手の者か!? ここまで侵入を許すとは……!?」
一気に警戒度を最大まで引き上げる現役四天王。
しかし赤マントは……、インフェルノは若い精鋭を小バエ程度にも気にせず、視線を真っ直ぐグランバーザへと注ぐ。
「お前がグランバーザ……。この時代の四天王カ?」
「私はとっくに引退した身。ここにいる若者たちに時代を託し終えている」
「そんなことはどうでもイイ。聞くところによるとお前はダリエルから敬愛されているそうダナ?」
「何ッ!?」
唐突に出たダリエルの名に、グランバーザの警戒心も一段と上がる。
「つまりお前を殺せばダリエルは怒り狂うというワケダ。ジークフリーゲルを失った今、やはりあの偉才は何としても欲シイ。どんなことをしても手に入れタイ。そのために、この時代の英傑ヨ」
怪魔インフェルノ。
ここに甦った。
「我らの偉大な目的のために死んでクレ」






