14 名もなきヒーロー、無双する
しかし今さら素顔を晒すわけにはいかない。
ノッカーの腰巻覆面を着けたまま、剣の切っ先を突きつける。
「さあ魔王軍よ。挑むか退くかを選べ。挑むというならこの俺が、義によってノッカーたちの代わりに戦う」
「剣……ッ? 人間族の冒険者だとおお……!?」
今や俺は注目の的。
指揮官魔族も、敵意たっぷりの視線を俺に向けている。
「そうか……! 下等種族どもが調子に乗っているのは、貴様の差し金だな!?」
と指さしてくる。
俺を人間族からの間者とでも受け取ったか。
まあ剣持ってる俺を見れば仕方ない判断だけど。
「愚かな下等種族どもを扇動し、このミスリル鉱山を奪い取る陰謀か? 何と卑劣な! 邪悪な人間族らしい姦計だ!」
「仮にそうだとしても、付け入られる隙を作ったのはお前らだ」
もちろん俺自身そんなつもりはさらさらないけれども。
この鉱山、離間策を仕掛けるには条件が整いすぎている。
上からの圧力凄まじく、下の不満は高まって臨界寸前。
余所から裏切りの誘いが来たら乗っかるだろうよ。
その下地を作ったのは紛れもなくお前たち魔王軍だ。
……あ、現世代のね。
「そういうことなら容赦はせぬ! 我が最強の魔王軍よ! この人間族を討ち取れ! そして下等種族どもも皆殺しにし、魔族に逆らう罪深さを思い知らせろ!!」
指揮官魔族は命令する。
ヤツが率いる兵士は百人程度といったところだが、その動きは鈍い。
それもそうだ。
兵士の仕事はあくまで、自分と同じ職業戦闘者と殺し合うこと。
非戦闘員を一方的に殺すなど自分自身の存在を否定する行為だ。
だから命令といえども、真っ当な心の持ち主なら戸惑わないわけにはいくまい。
そこを突く。
「ぐわッ!?」
「ひぎゃあッ!?」
舞う剣が、魔王軍兵士たちの皮を裂き、肉を抉る。
ノッカーへの攻撃を躊躇ってくれたのには感心したが、それでも兵士は戦って死ぬのが仕事。
無能な上司とはいえ、ソイツに従わねばならないお前たちは純粋な脅威なんだ。
無力化しなくてはいけない。
舐めて治る程度の怪我は勘弁してくれよ。
「くそッ! 迎撃! 迎撃いいーッ!?」
「あの人間族は間違いなく敵だ! 容赦しなくていい! 殺せえええッ!?」
「気をつけろ相当な手練れだぞ!!」
魔王軍の兵士は、最下級の暗黒兵士。
かつて俺もこの階級だった。
魔王軍の戦闘者は階級に関わらず全員魔法を闘争の手段とする。
兵士たちも例外なく、手の平をこちらへ向けて詠唱を始める。
「《世界を構成する四元素、火の属性に訴える……!》」
炎系攻撃魔法の準備だ。
俺もかつては訓練を受け、様々な魔法を使えるようになることを目指した。
でも無理だった。
魔王軍に所属しながら、実は人間族だった俺は、魔族だけが使える魔法を修得できなかった。
あの時の努力はすべて無駄だった。
しかし今……。
「させないよ」
「ぐぎゃあッ!?」
斬りつけ、魔法詠唱を中途で潰す。
実りはしなかったが、魔法の使用法、原理を叩きこまれた俺は、魔法の戦い方を緻密に把握している。
魔法で戦うことの利点。魔法で戦うことの欠点。
魔法で敵を倒そうとする者が、どんな状況でどんな行動をとるか。
もしかしたら当人以上に把握しているかもしれない、俺。
「くそッ!? 詠唱が完成する前に潰されて……!?」
「もっと詠唱の短い魔法に切り替えろ! 速射魔法だ!」
「ダメだ! 周りに味方が多すぎる! ヘタしたら味方に当たる!?」
「数では圧倒的に有利なのに……!? それが却ってアダに……!?」
前後左右も敵だらけ。
多勢で一人を袋叩きにする状況だからこそ、こんな状況で飛び道具系の魔法なんか使えまい。
「なら接近戦で仕留めるまでだああ!!」
さすがに百人もいると、全員の魔法詠唱を事前に潰すのは無理か。
一人二人の取りこぼしは必ず出てくる。
俺の前に立ち塞がったのもそんな一人で、古参っぽい暗黒兵士が両の前腕を硬い岩石で覆っていた。
「土魔法で強化したか」
恐らく筋力も魔法でブーストしているはず。
まともに食らえば骨が折れ内臓が破裂する。
「死ねえええッ!」
容赦なく打ち込まれる岩石の拳。
俺はそれを刀身で受け止めた。
「やっぱりオーラってのは凄いな」
魔法で強化された岩石パンチに正面からぶつかり合って勝つんだから。
「うぐおおおおおッ!?」
オーラをまとった剣は、岩石拳を見事に斬り裂き、圧倒した。
人間族は、こんな凄まじい力を使って魔族と戦っていたのか。
かつては敵として、この力の恐ろしさを知っていたつもりの俺だが。
自分が使う側になって、また改めて恐ろしいと身震いするのだった。
瞬発力といい精密さといい、接近戦ではオーラをまとった武器攻撃の方が魔法より、強い。
そのままの勢いで周囲の兵士も次々斬り伏せていく。
「ぐおおおおおッ!?」
「ダメだッ? 抑えきれない!? この人数でたった一人に!?」
「強すぎる! この人間族の冒険者、何者だ!?」
「勇者パーティにいたっておかしくないレベルだ!!」
いや、かつてアナタたちの中で落ちこぼれと言われていたんですがねえ。
まあいいや、敵の懐の中で暴れて、充分に隊列をかき乱すことができた。
おかげで一番大事な急所がガラ空きだ。
「どひ!? どひひいいいいいーーーッ!?」
この隊を率いる指揮官魔族に。
ノッカーたちを悪しざまに罵った指揮官魔族に。
「王手だ」
瞬時のうちに間合いを詰める。切っ先が指揮官魔族の喉笛に触れるか触れないかのところで止まる。
ピタッと。
いや、ちょっと触れたかな?
指揮官魔族はそれだけで心底ビビりまくって、腰砕けになって崩れ落ちた。
「おひひいい……!?」
余程怖かったのか泣きだしていた。
さらに尻もちをついた地面から、失禁の水溜りがじんわり拡がった。
「ビビりだなあ」
魔王軍時代の激弱の俺でも、もう少し気丈に振る舞っていたぞ?
「動くなよ。動けば指揮官の喉笛を、この剣で串刺しにする」
そう言って周囲の兵士たちを牽制。
もっとも人質が効かずとも、その際は改めて敵全員皆殺しにすればいいだけだ。
向こうもそれがわかっているのか、兵士たちは完全に戦意を失った。
「た、助けて……! 助けてくれ……!!」
そして問題の指揮官魔族は涙ながらに命乞いタイムだった。
「違うんだ……! 私は魔王軍じゃない……!」
「はあ?」
「四天王のバシュバーザ様とたまたま舞踏会で会って。話しているうちに仲良くなって。それで仕事を任せるって……!?」
縁故採用かよ。
しかも実力云々関係なしにただ仲良しなのが採用基準って……。
バシュバーザ様はどういう人事を振るっているんだ?
「な? 私は非戦闘員なのだ? そんな者を斬り殺しては戦士の名折れだろう!?」
「……はあ」
重苦しくため息ついて、俺は剣を振るった。
「ひぎゃひいいいーーッ!?」
舞踏会の常連お坊ちゃん魔族、恐怖の悲鳴。
痛くはないよ。キミの頭の上に刀身を走らせて、髪を刈り取っただけだから。
「あへ、あへ……!?」
頭頂部分が見事な禿げ頭に。
……。
いや、頭皮ちょっと削った?
これだと髪が生え変わるのにもっと時間かかりそう。
「帰って、その禿げ頭をバシュバーザ様に見せながら辞職を願い出るんだな。戦場は恐ろしいところだ。臆病なボクちんは二度と行きたくないって」
指揮官ハゲ魔族はブンブン頷くと、腰を抜かしたまま四つ這いで逃げ去っていった。
「……?」
「あの……?」
戸惑う魔族の兵士たち。
「キミたちも帰っていいよ。指揮官が逃げたってことは、撤退を判断したってことだろう?」
彼等にとっても望まぬ任務だったし、あんな素人に率いられてさぞや業腹だっただろう。
俺の勧めに従って続々と去っていった。
ここに戦いは終わった。