144 ダリエル、黒幕を追い詰める
「ぬおおおおおおおオオオオオオオッ!?」
俺が放った『凄皇裂空』を真っ向から受け止める赤マント。
セルメトへ向かって放つつもりだった魔法の炎を、急きょ標的変更したか。
しかし結局は押し負ける。
「あがあアアッ!?」
魔法で抑えていた分何とか回避の余裕ができたらしい。
それでも完璧には間に合わず、魔法を放った右腕は持っていかれ引きちぎれた。
「あばああアアーーーーーーー! あああアアアーーーーー……!」
息切れが激しい。
その間俺は悠々とセルメト救出を成し遂げさせてもらった。
「ダリエル様……! ダリエル様!!」
「来るのが遅れてすまなかった」
セルメトの四肢を封じている拘束魔法を解除する。
今の俺ならオーラを使って容易いことだった。
「ダリエル様……! 私のような者のために……! 来てくださったというのですか……!?」
「そりゃあな、今でもキミの雇い主だし……!」
助けに来るのは当然だろう。
セルメトが強制されたと思しき偽魔法通信を受けて、俺がそれに乗せられたようにあえて村から離れた理由は、捕まっているセルメトを助け出すためだ。
俺が思惑通り村から離れれば、誰かはわからぬ敵が計画通りと油断してくれるだろうし、油断した分セルメトの安全率も上がる。
村の守りをレーディたちに任せ、俺は全力でセルメトを探すことに専念できた。
「誰一人として諦めないために」
あとついでにセルメトの捕まっているところ、事件の黒幕がいることも確信していた。
何度も煩わされるのは御免被る。
だからこそこの一挙ですべて終わりにしてしまおう。
そう思って、ここまで来たのだ。
「それで待っていたのがアンタってわけか」
赤マントの怪人よ。
初対面、……のはずだ。
しかしどうにも初めて会った気がしなかった。
前情報があったからだろう。
「ゼスターたちに洗脳魔法をかけてミスリルを奪わせたのも、お前だな?」
既に聞いた。
四天王戦でゼスターたちを連れ去ったのも、そのゼスターアルタミル当人たちから聞いた情報でも。
赤マントなんていうあからさまな特徴を聞いているのだから。
「そんな悪趣味なマントの愛用家が二人以上いるとも思いたくないな」
「…………」
赤マントは無言のまま俺に相対する。
既にヤツは不意打ちの『凄皇裂空』で右腕を失った。
ここで俺のお縄になるしかない。
「何やらよからぬことをいくつも企んでいるらしい。その辺洗いざらい喋ってもらおうか。とりあえずボコボコに痛めつけたあとにな」
「…………」
もちろん無事に済ますつもりはない。
俺の愛するラクス村を襲った輩だ。それ相応の落とし前を、肉体的苦痛という形でつけてもらおう。
「ところでアンタ、ローセルウィと知り合いじゃないのか? 俺の推察ではアイツもこの件に噛んでる気がしてならないんだが?」
「…………」
相変わらず赤マントは応える素振りの欠片もない。
やっぱり何にしろ聞き出すには一度ボコボコにすることを経てからでないとダメか?
「ダリエル様……! ダリエル様……!!」
俺の背後に隠れながらセルメトが言う。
心なしか声が震えていた。
いつでも心は平常運転がモットーの諜報員。その彼女がこんなに動揺を表に出すとは珍しい。
「ローセルウィはいました。ここに。ついさっきまで……!」
「何? ということは逃げ去ったか……!?」
さてどうしたものか。
捕まえるなら目の前の赤マントを可及的速やかに片づけないといけないな。
あるいはここではあえて逃がし、政治的生命的な懲罰を理事長にお願いしてもいい。
さてどうするか……?
「違います……!! ローセルウィはもうこの世にはいません……!!」
へ?
「あそこにいるバケモノに食われたのです!!」
「食われた?」
バケモノってあの赤マントか?
さっきから気になっていたが、セルメトのあの赤マントを見る視線が人間に対するものじゃない。
恐怖と忌避の感情しか伝わってこない。
「どういう意味だセルメト? 食った? どういう意味で!?」
「そのままの意味です! アイツが頭からバリバリとローセルウィを食ったのです!!」
そんなバカな。
一瞬ウソかと思ったがセルメトがそんなくだらないホラを吹くわけがない。
見間違いをするような軽率な観察力でもない。
すると本当に……?
いまだ警戒の姿勢をとる赤マント。
あまり話しこんでいてはアイツに隙を与えてしまう。
「セルニーヤ」
「何ダ……?」
「替われ。お前ではヤツに対処できない」
何を一人でブツブツ言っている?
と思ったら次の瞬間、赤マントの方から俺へ飛びかかってきた。
「おわ」
ヘルメス刀で迎え撃つ俺。
魔導士のくせに接近戦を挑むとは剛毅な。
すぐにその判断を後悔させてやる。
と思ったが……。
ガキィンと。
鳴り渡る金属音。
俺のヘルメス刀と折り重なる銀色の刀身。
「何ッ!?」
赤マントが剣を振るってきた。
互いの剣撃を受け止め合う形で金音が鳴る。
「うぬうううッ!?」
「おおおおおッ!?」
一旦は力比べで押し合うが、すぐさま弾け飛んで互いに距離を取った。
赤マントは右手に持った剣を用心深くこちらへ突きつける。
「……っていうか、ちょっと待て?」
アイツの右腕、既にふっ飛ばさなかったか?
初撃の『凄皇裂空』で。
なのになんで『何もありませんでしたよ』と言わんばかりに無事息災。
「どうした!? まさかニョキニョキと生えて来たのか!?」
「ダリエルだったな……」
ついさっきまで押し黙っていた赤マントが、急に饒舌に喋り出した。
何やらさっきまでと雰囲気も違う?
「お前の強さに敬意を表する。お前ほどの深さと広さを持った人傑。心に憎しみを持ち合わせていたならさぞかし優良な我らの同志となっていたろう」
「どういう意味だ?」
「わからなければそれでいい。要するにお前は適さなかったということだ。計画が上手く行っていればよかったのだがな」
「……」
「一つだけ教えてやろう。ラクス村は滅びたぞ。お前の妻と子どもも無残な最期と遂げた」
ッ!?
「ウソだ!!」
間髪入れずセルメトが叫んだ。
「お前が開いた遠視魔法を私も見ていた! ラクス村は地元の冒険者たちの手で見事に守られていた! 下手な虚言で動揺を誘うな卑怯者!!」
「チッ」
セルメトの指摘に赤マントは盛大な舌打ちをした。
「いい手だと思ったのだがな。これでお前を憎しみに落とす手は尽きたか。まれに見る異才だけに取り込めないのが残念だ……」
コイツの言ってることが、俺にはよくわからない。
だが一部だけ理解できるところはある。
「要は、俺のことを怒らせたいわけだな……!」
なら、その目論見は充分成功しているぞ。
新たな故郷というべきラクス村を襲い、大切な家族を狙い、仲間に危害を加えたお前に……。
怒りははち切れんばかりだ。
「だからこそ後悔するぞ……!」
俺を怒らせたお前は、絶対に許されないのだから。
「足りんな、その程度の怒りなど」
赤マントも剣をかまえながら言った。
「教えてやろう。地獄の底から這いあがるほどの力ある怒りを。死してなお燃え盛る憎しみを。それを知って初めてお前は、本当の意味での我々の糧となる」