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143 インフェルノ、飲む(???side)

 こうしてラクス村への襲撃が収められつつあるのを、遠いかなたから見届ける者たちがいた。


 インフェルノとローセルウィであった。


 協力関係をとる二人は、安全が保障されるほど距離の開いた場所から戦地の様子を見守っていた。

 無論遠くに離れていては見えるものも見えない。


 その不可能を可能にするのは、インフェルノによる遠視魔法だった。


 虚像の中に映るラクス村の勝ち鬨をローセルウィは歯噛みしながら見る。


「インフェルノ!? どういうことだ! 貴様の刺客は村を滅茶苦茶にするどころか、一方的にやられてしまったではないか!? 犬ころ一匹殺せておらんぞ!?」


 ローセルウィの不機嫌はかなりのもの。

 この姦計が首尾よく通れば、彼にはセンターギルドを牛耳る芽もあった。


 だからこそそれが失敗に終わり、怒り心頭となってしまう。


「話を聞いた時には良策かと思ったが、なんという期待外れの下策だ!? もし捕まったあの者たちの口から私の名が出れば、私はお仕舞ではないか!? 理事会を追放されるどころか何かの罪に問われるかもしれない!? 天から地べたへ真っ逆さまだああああッ!?」

「まるで待ちかまえていたかのような対応のヨサ……」


 赤マントのインフェルノが、魔法で作り出された虚像を眺めて呟く。


「襲撃計画が事前に漏れていたカ……。しかし我らから向こうに漏れる接点など一切ないハズ……。では……」


 インフェルノの視線が横を向いた。

 マントに隠され瞳の光も見えないが、それでおなおわかる濃厚な視線の圧は、一人の女性に向かっていた。


 暗黒密偵セルメトに。


 彼女は拘束魔法をかけられ、体の自由を奪われていた。

 手足にまとわりつく赤い光のせいで、彼女は自分の体なのに少しも自分の意志で動かせない。

 元々魔法の才に恵まれなかった彼女に、この呪詛を力づくで吹き飛ばすことは不可能だった。


「お前の仕業だナ……?」

「むッ……!」


 インフェルノからの詰問に、セルメトは目を逸らしてかわすだけで精一杯。


 既に彼女は骨の髄まで思い知らされていた。

 この赤マントに覆われた謎の存在が、自分には抗いようのないほどおぞましい存在であることに。

 抵抗など無意味であった。


 だからこそ彼女は冷徹な判断力で、絶対に抗わねばならない部分を選び出したのである。


「魔法通信機で連絡する時に、何かしら暗号を織り交ぜたカ……。それに向こうは危機を察知シタ」

「くッ……!?」

「見事ダ。洗いざらい吐いてくれたのですっかり洗脳魔法は効いているものと判断したのだがナ。それすら最後の望みを託すためのブラフであったトハ……」


 そう。

 セルメトは既に、自分の知ることすべてを喋り尽してしまっていた。


 ダリエルの前職。生まれてから三十代になるまでの時間を魔族側で過ごしてきたこと。

 先代四天王グランバーザに寵愛され四天王補佐まで務めたこと。

 他諸々を。


 そんな重大な情報を吐き出したおかげで、おぞましい敵も『洗脳魔法が機能している』と判断して僅かな油断の綻びが生まれた。


 そのお陰でダリエルを誘き出す狙いの偽通信に秘密の合言葉を織り交ぜることに成功し、危険を伝えることができた。

 下手に耐えてより強力な洗脳魔法をかけられ、正真正銘思考力を奪われるよりはマシだという判断だったが……。


「と、とにかくこうなったからには逃げるしかない!」


 ローセルウィがいそいそ身支度を始める。


「どちらへ? ダリエルを引き入れる計略はまだ成っておりませんガ……?」

「そんなこともう無理に決まっているだろうが! すべての手札は失い、残ったのは一つの村を襲撃したという罪状だけ! 得るものは何一つなかった! お前なんぞを信じたことが間違いだったわ!!」


 自分からインフェルノの計略に乗っておいて勝手な言い草だが、それこそ一切の責任から逃れようとする政治人らしい振る舞いだった。


 ただ結局それが、彼がこの世で下した最後の判断になった。


「……そうですカ。私にとってはささやかながらも一つの成果が残りましたヨ。塵芥ほどの小さな成果でしかありませんガ……」

「なんだそれは!? ……いや、どうでもいい。しばらくは私に接触するなよ? 今回の後始末をしっかりして追及される可能性を皆無するのだ。それまでお前の顔など見たくない! わかったか!?」

「心配なさらずとも、アナタはもう二度と私と会うことはナイ。……いや私だけではない、アナタが出会ってきたすべての者たちト……」

「へ? ひがあああああああああッッ!?」

「……もう二度と会うことはナイ」


 ローセルウィは、大口に飲まれた。


 インフェルノの腹部。マントに覆われた内側から突如飛び出してきた大口にかぶりつかれ、咀嚼され、飲み込まれ、ズルズル口内へ引きずり込まれていく。


「あぎゃああああッ!? いだッ!? 痛い噛むなあああああッ!? 何だこれはッ!? 飲まれる!? 食われるううううううッ!?」

「ほんのささやかな成果というのは、アナタのことダ。利己的で身勝手で自分のことしか考えナイ。そんな腐った性根は、なかなか美味なる養分となりまショウ」

「ふざけるなああああッ!? 私はッ! 私は世界を変える男! 魔王を倒す勇者を後援する男おおおおッ!? こんなところで終わるわけがないんだッ!? 私はまだ死んではいけないのだあああああッ!? 世界のためにいいいいいいッ!?」


 気宇壮大なことを口走りながらも、その傲慢な口ごとローセルウィは引きずり込まれる。

 そのおよそ人のものとは思えない大口の中へ。


 既に彼の体の半分は、咀嚼され噛まれ磨り潰されて原形を留めない。


「嫌だ……ッ!? こんな、食われる……ッ!? 生きたまま食われるううう……ッ!? 私の右手がもうない!? 噛み砕かれて…ッ!? 足も、腹も!? やだああああッ!? 食べないでやだああああああッ!?」


 しかしそんな哀願は少しも聞き入れられることもなく、ローセルウィは頭まで大口に飲まれて消えた。

 ローセルウィという人間は食べ滓すら残さず跡形もなく消えた。


 ゲップと、人の血肉の臭いがこもった息が腹から漏れた。


「ひ! ひぃいいいい……ッ!?」


 その一部始終を目撃する羽目になったセルメト。

 恐怖と驚愕で正気が吹き飛んでしまいそうだった。


 飛び出た内臓のような大口が再びマントの中にズルズル引き戻っていく。


 その間にもインフェルノは独り言のように言った。


「……とはいえ大失敗ダナ」

「まったくよぉ♡ アタシたちの養分のために大切に育てておいたブタどもぉゼンブ捕まっちゃったじゃないのぉ♡ 大損よぉ大損♡」

「今食ったエサもささやかな成果とは言いながら、オーラもまったく通ってないゴミカスだった。心の歪み具合はたしかによかったが、いわば美味なばかりで栄養のないクズといったところだな」

「摂食シタ意味ハアマリナカッタ」

「…………」


 独り言と言えるのか。

 一人の体から漏れ聞こえてくる声は、まるで多人数でガヤガヤと話し合っているかのようだった。


 たった一人しかいないのに。


「たしかに育てかけのエサ約百人、失ったのは痛イ」

「あの子たち一人一人に洗脳魔法かけてぇ♡ 憎しみ妬み苛つきを熟成させてぇ♡ もうちょっとでアタシたちのエサとして合格になるところまでの子も何人かいたのに全部無駄になっちゃったわぁ♡ どうするのよこれからぁ♡」

「しかしそれだけのコストをかける価値はあった。あのダリエルとかいう男の保有するオーラの量、質。あれほどの傑物を怒り憎しみで染め上げられれば投入した雑魚ども一、二千人分の価値を遥かに超える」

「シカシ、ソレモ失敗シテハ意味ガナイ」

「…………」


 一体何と何が話しているのかとセルメトは恐怖した。

 声色を使い分けて独り言を呟いているのか。それとも実際に数人いるのか、どう見ても一人しか見当たらないが。


 どれが正解であったとしても異常に過ぎる。


 セルメトは傍から見詰めるだけで頭がおかしくなりそうだった。


「残念なのは皆同ジ、しかしいつまでも執着してはいけナイ。我々の動向は絶対に知られてはならないのだかラ」

「そうだ、ヤツ……、魔王の目の広さは想像を絶する。だからこそヤツの領域である魔族領を避け人間族の領域で動いているのだ。それすら万全かわからんがな」

「だからこそ細心の注意を払って秘密裡に動かなければならないのダ。だからこそ今回も、あの理事を利用し隠れ蓑とシタ。冷静さこそ寛容ダ」

「ならばここは静かに身を引く以外ない。誰にも気づかれず密やかに」

「そのためにハ……」


 セルメトの口から自然と声が漏れた。


「ひぅッ!?」


 と。

 人知れず恐怖の感情が漏れ出す。


「お前にはここで消えてもラワネバ。私がいた痕跡を一つとして残してはおけナイ」


 そう言って一歩一歩セルメトに近づく。


「お前の精神が低劣で腐っていたのなら取り込み、我が血肉としてやったのだガナ。我が身を犠牲にしても主に尽くそうとする高潔さではそうもイカヌ。残念ダ」

「来るな! 来るなあああああッ!!」


 高潔であっても恐怖は抑えられない。

 今にも這って逃げ出したいセルメトであったが拘束魔法を解除できずに、その場から少しも動けない。


「せめて苦しむことがないように一瞬で消し去ってヤロウ。死体の一欠けらも残らずにナ」


 マントから出てくる腕。

 手の先には、地獄の業火のごとき魔法炎が既に宿っていた。


「これで焼き尽してヤロウ。さらばダ」


 その炎がセルメトへ浴びせかけられようとする、その寸前……。


「させるかよ」


 天から声が降り注いだ。

 同時に。


「『凄皇裂空』」

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