13 ノッカーたち、反乱する
バシュバーザ様が、こんな滅茶苦茶な決定を下したというのか?
魔王軍を率いる御方が、わざわざ末端へ向けて。
「何を考えているんだあの方は……!?」
四天王ほどの重役なら、もっと優先して考えるべきことが他にいくらでもあるだろうに……!?
「そうだあ、その、ぶすばーざ様だよう」
「違うべえ、ばかばーざ様だろう?」
「かすばーざ?」
ノッカーたちが無礼を働いたんじゃなかろうな?
いや、ないか。
そもそもバシュバーザ様が、ここに直接訪れたとは思えないし。コイツらとも接点があるわけない。
仮にも頂点と末端だし。
「では、なんで……?」
俺が思案するのもかまわず、ノッカーたちは縋りついてくる。
「ダリエル様! どうかお助け下さいいいーーッ!?」
「オラたちもう、夜逃げするか首括るしかねえって相談しとったんだあ!!」
「そこに現れたダリエル様こそ天の助けだあああーーッ!」
と。
ノッカーたちは、官憲の悪辣な要求に困り果てていたのだろう。
そこに現れた俺。
信じて頼ってくれるのは嬉しいし、自分にできることなら何だってしてあげたい。
しかし今の俺には、できることがあまりにも少ない。
絶無と言っていいだろう。
俺はもう既に四天王補佐をクビになり、魔王軍所属ですらない。
そんな俺に、魔族上層部の意思決定へ物申すことなどできようか?
「……ってことを言っても通じないんだろうなあ」
ノッカーは、素朴な種族だ。
田舎者で、難しいことは理解できない。複雑なことも。理解できるのは『決められた期日までに決められた量の鉱石を差し出せ』ぐらいのものだろう。
だからこそ利用されやすいのだし、心ある為政者は彼らを保護してやらなければならない。
直向きに働く彼らの性質こそ、もっとも尊いのだから。
「しかし俺にはできることがない……!?」
どうする?
いっそ玉砕覚悟で魔王城に乗り込み、四天王相手に直談判するか?
せっかく軌道に乗ってきたセカンドライフを粉々にする覚悟はいるが……。
「……ハッ!?」
「どうした?」
「足音が近づいてくるだ! しかもたくさんだ!」
え? そんなのわかるの?
ノッカーは耳いいなあ。
「この足音は、魔王軍の兵隊さんたちだ!」
「そんなことまでわかるの!?」
今俺が魔王軍と鉢合わせするのは具合が悪い。
物陰に隠れ、相手の出方を窺うことにした。
◆
程なくして、本当にやってきた。
魔王軍が、大勢の兵隊を引き連れて。
ノッカーの聴覚、高性能。
「ちゃんと働いておるかクズども?」
兵隊を率いている、指揮官的な魔族が言った。
知らない顔だ。
元魔王軍にいた俺の、記憶に該当しない男。俺が鉱山の守備担当から外れる時に引継ぎした後任者とも違う。
あれからまた担当が変わったのか?
「……お、お代官様ぁ。お達しはあまりにも無茶ですだぁ」
「あんな大量の鉱石、一日二日で掘り出せるわけがありませんん……! もうちょっと待ってけろおお……!」
ノッカーたちは弱々しく訴える。
一応俺のことは言わないよう念押ししておいたが。
……バゴンッ!
と音を立てて、ノッカーの足元の地面が抉れた。
「うひぃッ!?」
「下等種族が、いっぱしの口を利くなよ?」
それは指揮官魔族が放った魔法弾によるものだった。
脅しだとしても……、何と乱暴な。
「新しい徴収量は、新四天王バシュバーザ様みずから取り決められたことだ。魔王軍の頂点に立つ御方に、貴様ら下等種族ごときが異論を唱えるというのか?」
「め、滅相もねえ……!?」
「わかったら貴様らはただ黙って穴を掘っていればいいのだ。それだけしか能のない下等種族め。貴様らは、我ら魔族の情けによって生き永らえていることを思い知るがいい!」
「……ッ!」
「いいか、次来た時に規定量の鉱石を揃えていなければ、その時こそ貴様ら全員縛り首にしてやる。逃げた者も必ず追跡して捕まえ、拷問のあと公開処刑にしてやる。魔王軍の偉大さを知るがいい」
指揮官魔族の態度は横柄そのもの。
俺がいた頃……、いや、先代四天王が治めていた頃なら、あんな態度をとるヤツは即刻軍法会議にかけられるほどだ。
「昔は何かとぬるかったが今は違う。今はバシュバーザ様が治める新四天王の時代。魔王軍の威光が轟き渡る時代なのだ!!」
指揮官魔族が偉そうに言う。
「旧世代の腑抜けた対応など、もはや通じぬ。下等種族には相応の扱いをせよというのが新たな支配者バシュバーザ様の意向だ。この私は、バシュバーザ様の崇高なる思想を実現するための手足にて耳目!!」
バシュバーザ様の太鼓持ちってことか?
たしかにあの指揮官魔族、育ちよさげで、上司に媚びへつらうのみで出世を狙おうとするタイプだ。
そういうタイプほど下には厳しい。
「貴様ら下等種族には、馬車馬の境遇をしっかり自覚してもらう。わかったら働け! 我が主バシュバーザ様のために! 魔王軍の名において、死ぬまで休むことを許さぬ!!」
あまりにも威圧的で、相手を蔑ろにする言動だった。
「……!」
ノッカーたちはツルハシやシャベルを取った。
本来なら坑道を掘削し、鉱石を取り出すための道具だ。
彼等は命令に従って採掘作業に戻るかと思いきや。
「うりゃあああああッ!!」
「ひへあッ!?」
本来、硬い岩盤へ向けるべきそれを、指揮官魔族へ振り下ろす。
「もう辛抱していられるかあッ! オラもうキレたベ! コイツら生かして帰さん!!」
「そうだそうだあ! 皆殺しだべえ!」
「何が魔王軍だあ! 本当の魔王軍はダリエル様が治めとった時のヤツだあ!」
「テメエらニセモンだべ! ニセモンが偉そうに威張り散らすなあ!!」
ノッカーたちが我慢の限界を迎えた。
それぞれ掘削道具を凶器に変えて、魔族の兵士たちに襲い掛かる。
「下等種族どもめ乱心したか……! 迎撃! 迎撃いいッ! 反逆者どもを皆殺しにしろおおッ!!」
当然魔族側も応戦し、このままでは鉱山に血の雨が降るだろう。
穴掘りだけが得意のノッカーに、戦闘職の魔王軍。
勝敗は目に見えている。
「殺せえええーーーッ!! 愚かな下等種族どもを殺せええーーッ!?」
指揮官は、高い立場から脅し偉ぶるだけが能なのか、この急事に慌てふためくばかりで指揮官の役目を果たせていない。
これでは魔王軍の兵士も実力を発揮しきれず、それでも戦闘素人のノッカーに勝ち目があるわけもなく、双方傷だらけの泥縄合戦に発展してしまうだろう。
「……仕方ないな」
俺は物陰から飛び出す。
入り乱れる群衆の間を縫うように駆け抜けながら……。
「ぐわああッ!?」
「ひぐぅッ!?」
「きっ、斬れたッ!?」
「気をつけろ、何かいるぞッ!?」
魔王軍側の兵士だけを選別し、刃を滑り込ませる。
当然、用心として剣は携帯してきた。
自分が人間族だと判明してから、一度も欠かしたことのない習慣だ。
「詠唱を止めろ。お前たちの魔法は非戦闘員を殺すためにあるのか?」
過去の様々あるので、さすがに正体を知られるわけにはいかない。
なので手近にあったボロ布を顔に巻いて隠す。
「俺は人間族だが、故あってノッカーたちの味方をする。弱きを助け強きを挫くというヤツだ」
ボロ布を巻いてるから声がこもるなあ。
「誇り高き魔王軍の兵士よ。その誇りをまだ保ちたいなら今すぐ去れ。弱者を虐げることこそ卑劣の極みだと知っているはずだ」
ノッカーたちもまた、表に現れた俺を見上げていた。
魔王軍側に聞こえないような小声でごにょごにょ話している。
「あんれええ? あれオラの腰巻でねぇか?」
「ダリエル様はなんでそんなの顔に巻いとるだか?」
うおおおおおおおおおおおおッッ!?