138 ダリエル、呼び出しを受ける
さて、なんとかローセルウィの魔の手を退けたあと……。
……そのための切り札がお帰りにならなかった。
「ふぁーい、よちよちよちよち……。ぶるぅわ~」
なんかグランくんをあやすのに全力を注いでいらっしゃる。
センターギルド理事長。
皺だらけの老人が『よちよち』言ってるのは一種異様な光景であるのが傍から見ていてわかった。
グランくんにとって、あのジジイはいわばひいおじいちゃん。
グランバーザ様アランツィルさん、お義父さんといったお祖父ちゃん組にはグランくんも慣れているだろうが。
よりご高齢の迫ってくる顔に、ちゃんと泣かずにいられるだろうか。
「……だあ」
グランくん空気を呼んだ。
ここは必要とばかりに喜びの表情を浮かべる。
「おぉ~、可愛いのう可愛いのう。赤子は天使のようじゃあああ」
ご満悦の理事長さん。
そろそろ帰ってくれないかな、こっちから呼びつけといてなんだけど。
「ん? 今『そろそろ帰ってくれないかな』と思ったか?」
「いえいえ!!」
やっべえ、さすがセンターギルド理事長まで登り詰めた男、空気を察しとる能力も段違い。
「まあ、まだ帰るわけにはいかんの。確認したいことが多すぎる」
「え? それは娘婿の確認とか?」
彼の娘の旦那さんであるところの我がお義父さんは、ただ今心労で臥せっておられた。
二十数年越しによる舅との対面が堪えたのであろう。
理事長とサシになって随分話し込んでおられたからなあ。
自分自身が舅になって『お嬢さんを私にください』的段階を踏まねばならないとはキツすぎる。
「いや、彼は充分娘の夫に相応しいとわかった。気骨はあるし、この村でギルドマスターを務めているという最低限の門地もあるしな」
「別にお父様に認められる必要なんてありませんけどね」
「…………」
お義母さんが通りすがりにそれだけ言って、また通り過ぎていった。
理事長が泣きだしたので、俺が慰めなければならなかった。
「お義母さんて父親のこと嫌いなの?」
「いや、ワシが悪いのだ。そのことは今置いておこう、いや置いてちゃいかんのだが」
そう言って改めて俺へ向き直る。
「アランツィルの息子か……。俄かには信じがたいな」
俺へ対する寸評だった。
そういや俺とはまだ面と向かって話してなかったな。話さないわけにはいかないか。
「話には聞いたことがある。アランツィルが家族を襲われ、生まれたばかりの子どもを奪われたということも。……たしか三十年ほど前だったか、年格好は合うの」
「お疑いですか……?」
「当然じゃ。しかしそれならそうと何故今まで名乗り出なかった?」
「俺自身知ったのがつい最近なので……?」
さすがに所在不明の頃『魔王軍にいました』とは言えないが……。
「なるほど、その年になるまで孤児として生きてきたか。それでもなお頭角を現すのはさすがアランツィルの血統というべきか……」
「恐縮です」
「アランツィルの才能を如何なく受け継いだ実子が、我が孫娘の夫か。取り合わせが最強すぎるのう。絶対影響出るぞ」
「出ますか」
しかしそれは俺も覚悟のことだった。
ずっと隠し通せればそれが一番穏やかだったのだろうが……。
「ローセルウィが知り、ワシも知った。おぬしの存在はこれからどんどん広がっていくことだろう止められはせぬ。おぬしの父は、それほど偉大なのだ」
「はい」
向こうでグロッキーしているお義父さんに視線がいった。
「いや、そっちじゃなくて実父な」
わかってますよ。
「おぬしという存在は、利用しようと思えば使い道は果てしない。様々な者が欲深に群がってくるだろう。そういう者を相手に自分を保ち続けるのは至難の業だぞ。最低でも自分自身が何をしたいかしっかり決めておかねば」
「俺は……」
少しも迷わずに言った。
「この村を守りたい。もっと豊かで住みよい村にしていきたい」
「ささやかじゃの。その手に持つ力にしてみれば呆れるほど。過ぎたるは及ばざるがごとしという。望みに対して過分すぎるほどの力があることも望みを妨げる障害となるぞ?」
「だからアナタに協力をお願いしている」
「不遜じゃのう。父親譲りの清々さじゃわい」
理事長は苦笑した。
手の中にいるグランくんがそろそろ退屈たがっている。
「よかろう、今のところワシもレーディを支持する派閥に入っておるでな。ローセルウィの蠢動は目障りであったのよ」
「政治的ですね」
「若いうちは精力的なのもいいことだが、方向性を誤ると危ういのう。彼はもう大目に見てやる段階を超えてしまった。新しい理事の擁立を考えねば……」
既に政治人の長は、意に染まぬ因子を排除することで決していた。
「よければおぬし、彼に代わって新しい理事になる気はないか?」
「お断りいたします」
「やっぱりー?」
ちゃっかり俺のことを取り込まんとする理事長に俺は戦慄した。
やっぱり海千山千の頂点に立つ大妖怪。味方であっても細心の注意を払わねば。
だが、とりあえずこれで問題は解決したと言えるだろう。
鍛冶師たちは村から離れることもないし、ローセルウィは今後俺に手出しできないどころか自身の立場も危うい。
これから何が起こるかわからないが、一山は越えたと確信できた。
その時だった。
「ん……?」
いつも肌身離さず持っている魔法通信機が懐で鳴りだした。
「なんじゃ? 何の音じゃ?」
「いえいえ何もありません。ちょっと失礼しますね?」
怪しむ理事長へ誤魔化しながら部屋を出る。
魔法通信機のスイッチを入れて通話開始。一体誰からだろうか?
『ダリエル様……』
「その声はセルメトか」
現在俺の持っている通信機に呼びかけられるのは旧友のリゼートか、密偵団をまとめるセルメトぐらいのもの。
だから彼女の声を聞いて特に驚きもなかった。
「ちょうどよかった。キミが調べてくれた情報のお陰で全部上手く行ったよ。改めて礼を言おうと思ったんだが……」
『新しい情報があります。そのことをお伝えするために連絡しました』
前置きもなしに単刀直入に来た。
「新しい情報? なんだ?」
『直接会ってお話した方がよいと思います。実はもう近くまで来ております』
ラクス村の近くに?
なら直接訪ねてくればいいのに?
『村の外にてお待ちしております。指定された場所へ来てください』
「村の中じゃダメなのか?」
『ダメです。重要な情報です。外でなければ誰かに聞かれるかもしれません』
そういうものか?
まあセルメトから言われて間違ったことなど一度もなかったし素直に従っておくのがいいか。
「わかった、じゃあどこで落ち合うか教えてくれ」
『村の南にあるアカガシの木の下で待っています』
「……もうちょっと特徴ない?」
『一際ズンと伸びています。見ればすぐわかるはずです』
「わかった……!」
俺は通信を切って得心した。
「セルメトが敵に捕まった」
彼女は暗黒密偵。
万が一の事態に備えて仲間だけの間に伝わる秘密の符丁を打ち合わせてある。
通信や部外者との会話の前で『赤』という単語を使えば、それは危険を告げる秘密通信。
念のために『もっと特徴を』と求めたら、彼女は『一際ズンと』と答えた。
擬音の『ズン』は俺たちの間で『敵襲』を示す合言葉だった。
『赤』の入ったアカガシはともかく、他に『ニョキ』でも『スク』でもいい木の高さを表す擬音に、俺たちの間でしか伝わらない危険の合言葉を使う。
彼女に限って、そんな不用意なことはしないはずだった。
異常から推定するに、今の通信の向こうでは彼女は敵に拘束されていて、敵の耳がある中で何とか俺に危険を知らせてくれたに違いない。
「くそッ、一難去ったと思ったら……!」
またすぐ一難やってきた。
だが、セルメトを捕えている敵って誰だ!?






