137 セルメト、捕まる(???side)
セルメトは思い出す。
自分がダリエルに見出され、密偵となった日のことを。
彼女も元をただせば魔王軍出身。
しがない雑兵でしかなかった。
魔族と言えども、その能力は千差万別。
魔法を得意とする者もいれば、不得手で満足に扱えない者もいた。
ダリエルのようにまったく使えないということはまずないが、それでも使える魔力が弱くてとても実戦には適さないという者も割合いる。
そうした者は除隊して一般民として生きるか、一生最下級の暗黒兵士として生きるかの二択しかなかった。
セルメトもそうした二択を迫られたクチである。
魔法の才に恵まれなかった。
生まれつき備わった魔力乏しく、敵を一撃で粉砕するような攻撃魔法などとても出せない。
それなりに志をもって魔王軍に入った彼女なので突きつけられる現実は厳しく、運命を呪ったこともあった。
特にセルメトは女なので、一生最下級の暗黒兵士で腐らせておくよりは家庭に入って子を生み育てた方が有益だと、退役を迫る圧力すらあった。
そんな時、彼女に声をかけてきたのがダリエルだった。
当時は同じ暗黒兵士として同格にあったが、『魔法がまったく使えない』ということで誰からも見下される立場にあったダリエル。
セルメトすらもダリエルのことを見下すほどであったが、そのダリエルから提案された。
『キミに任せたい仕事がある』
と。
すぐには理解できなかったが、それが人間族へ潜入する諜報活動であるとわかったのはそれから少し先だった。
宿敵人間族の内に間者を放ち、様々な情報を持ち帰ってくるというのは昔からあったことだが、それまでは十数年の間活動が途絶えていた。
それをダリエルが再開させようということだった。
『底辺の中の底辺であるはずのダリエルが何故そんな大それたことを?』とセルメトは怪しんだが、一も二もなく飛びついた。
彼女が魔王軍に留まり続けるには、他に方法はなかったから。
ダリエルから声を掛けられた間諜候補は他にも複数おり、そのいずれもが実力不足で魔王軍退役を迫られた下級兵士たちだった。
そうした者を選んだ理由は二つ。
一つは人間領へ送り込むのにあまり高い魔力を有している者は発覚する可能性が高い。
濃厚な魔力はそれ自体、ベテラン冒険者に気取られる危険性を孕んでいた。
そして魔法に優れた者ほど魔法に頼る癖がつくため、ちょっとしたはずみで露見する恐れも大いにあった。
第二に、所詮魔力の低い者は魔王軍内での重要度も低いため、突然消え去っても誰も気にしない。
『とうとう除隊になったか』と思うだけで誰もがいないことに納得した。
そうした入念の準備の下、ダリエル主導による諜報網は整備され、実用化されていった。
成果は比較的早めに現れた。
敵対関係ゆえに双方の情報がまったく入ってこない魔族と人間族。
国境の向こうに間諜を放つだけで、板に空けた穴から水が流れ込むように情報が入ってくる。
ダリエルが四天王補佐に抜擢されてからは、その調査能力を使って勇者の動向を把握し、一度陥落したラスパーダ要塞を勇者不在を狙って奪還したことが何度もあった。
時おり冒険者ギルドに潜入しようとした魔族密偵がオーラ発現せず、正体が露見して捕縛……、という失態もあったが。
概ねダリエル指揮する諜報網は、その機能を完璧に果たし、魔王軍に貢献したのであった。
現在、潜伏している暗黒密偵の多くが、ダリエルによって見出された下級兵士だった。
セルメトも含めて。
そうでなければ間違いなく除隊させられていた者たちだけに、日陰の仕事とはいえ貢献の実感を伴わせる仕事を与えてくれたダリエルには皆が感謝した。
密偵の仕事とは、労多くして功少ないだけに他より増して動機が重要になるという。
彼らが日陰仕事に従事する動機は、何より自分たちに再起のチャンスをくれたダリエルへの感謝と忠誠心だった。
だからこそ新四天王時代に入り、ダリエルが失脚したことで彼らの怒りは魔王軍そのものに向いた。
魔王軍のために設立された諜報機関であるというのに、魔王軍を見限り、行方不明となったダリエルの側につく。
彼らの忠誠心は、魔王軍ではなくダリエル個人へと向いていた。
そんなことも理解できず安易にダリエルを切り捨てたのも当代四天王の無能ととるべきであろうが……。
間者たちは、敵勢力圏で活動するために表向きの身分を持たなければならない。
大手を振って『オレはスパイだ』などとも言えないために、別の肩書き別の職業をもって社会に溶け込むのである。
商人、労働者、放浪人……。
そうした様々な職業を隠れ蓑として持つために、魔王軍からの援助が断たれても生活するだけなら余裕で維持できた。
いったんは諜報活動を休眠し、一般人として過ごしてきた間者たちがダリエルと再会することで再び動き出す。
ダリエルから提供された資金で早速活動再開した諜報組織たちは、瞬く間にセンターギルドの内情を解明し、ダリエルの姑とセンターギルド理事長の間にある関係を見つけ出した。
かつて魔王軍のために用意された諜報組織は、今ではダリエル個人のために猛威を振るう。
特にセルメトは、人間領では表向き行商に携わり、街から街へと商品を売り歩く。
そうすることで各街に潜伏する密偵仲間との連絡を円滑にするためだった。
そういう役割柄、今では諜報網のまとめ役的立場に就いているが、そうした立場を讃えてくれるのもダリエル以外にはいなかった。
元々ダリエルへの忠誠心高い諜報組織だが、セルメトは群を抜いて高かった。
「なんとしてもダリエル様のお役に立つ……!!」
その思いが人一倍強い彼女である。
ゆえに指示されていない行動まで彼女は率先してとる。
すべてはダリエルに報いるために。
◆
今日の行動もその一環のはずだった。
ラクス村を訪問し、そして逃げ帰るローセルウィの尾行。
上手くセンターギルド理事長を味方につけて危機を脱したのもセルメト率いる諜報組織の功績であったが、セルメト当人はこの結果に満足していなかった。
恩人ダリエルの邪魔者たるローセルウィにさらなるとどめの追撃を加えんと相手を尾行し、さらなる情報を暴き盗んでやろうとした。
しばらく尾行を続けた相手は夜となって一夜の宿をとる。
宿屋に潜入し、屋根裏から覗き見てやろうとセルメトは潜入した。
暗黒密偵としてそれなりに長いキャリアを持つセルメトにとって、潜入全般のスキルは備えていた。
魔法もオーラも関係なく純粋な技術で、セルメトは音もなく鍵のかかったいかなる場所にも忍び込むことができる。
しかし、宿屋の中を進むうちにセルメトは違和感に気づいた。
「人がいない……?」
宿屋にはもっと人の気配がしていいはずだった。
ローセルウィの他にも宿泊客がいるべきだし、ローセルウィ当人の護衛も数人いてしかるべきだった。
なのに誰もいない。
まるで何者かによって消し去られてしまったかのようだった。
だが耳をすませば何処からか話声がする。
足音を殺して忍び寄り、問題の話声がする部屋を突き止める。
鍵穴から覗きこむと、そこには二人の人物が見えた。
一人は問題のローセルウィ。
そして、その話し相手であろうもう一人の人影を確認して、セルメトは驚愕した。
(真っ赤なマント……!? あれはまさか……!?)
ダリエルから命じられている最優先の捜索対象。
ある事件の黒幕と目される、謎の人物の特徴にピッタリと合致していた。
ローセルウィ関連の調査にかかる以前から、彼女らの調査能力をもってしても影すら捉えられなかった存在。
それがよりにもよって何故ここにいるのか。
謎の赤マントとローセルウィの会話を、セルメトは盗み聞くことができた。
『私が調べたところにヨルト。彼は自分の住む村に特別な愛着があるようダナ。そしてそれが勇者となることを拒否する理由となってイル』
それは聞くだけでも恐ろしい会話だった。
ヤツらはラクス村自体を潰そうとしていた。ダリエルに憎しみを植え付け自由に操る、それだけのために。
「私の用意した人員が、魔族に扮して村を襲ウ。彼の留守を狙うのがいいだロウ。破壊の限りを尽くし、その犯人が魔族ということになれば彼の恨みは魔族へと向かウ」
しかもその罪を魔族になすりつけて争いの火種にしようとしている。
少しでも有益な情報を探り出そうと思ってきたが、想像以上に危険なことが判明してしまった。
(一刻も早くダリエル様に報告せねば……!?)
セルメトが脱出のため、ドアから離れようとしたその時……。
「あらぁ♡ ネズミちゃんがいるわねぇ♡」
「ぐはあッ!?」
一瞬だった。
ドア越しから凄まじい衝撃がセルメトを襲い、瞬時のうちに壁に叩きつけられる。
その首を手できつく握られる。
「ぐ……、はあ……!?」
「あらあら♡ 本当に可愛いネズミちゃんだこと♡ それなりに巧みな隠形だったけれど、アタシの魔力探知の前では無意味だわぁん♡」
セルメトを捕えた赤マントは饒舌だった。
同じ人物であるはずなのに、それ以前とは口調どころか気配も違う。
「……ッ!? インフェルノ? その口調は……!?」
同室のローセルウィも違和感に戸惑うばかりだが……!?
「お気になさらずぅ♡ さてこのネズミちゃん♡ 一体どこからの差し金かしらぁ♡」
「そこは私に任せておケ」
赤マント……、インフェルノの口調がまた変わった。
「我が洗脳魔法によって精神を支配してやロウ。すぐにすべてを喋り尽してくれるだろうサ」
セルメトはすぐさま感じ取った。
今まさに相対する赤マントの異常さを。
この気配、真っ当な生き物とは思えなかった。
人でもないし魔族でもない。
それ以外の、それを超えた何かの気配。
こんなものに抗えるものはこの世にはいないとすら思えた。
(ダリエル様……! 申し訳ありません……!)
彼女の脳に直接突き刺さる赤色の光に、思考が霧散され掻き消されていく。
その寸前に浮かんだ言葉は、敬服するダリエルへの謝罪だった。






