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135 ローセルウィ、説教される

 マリーカの母、エリーカさんはいいところの生まれだった。


 センターギルド理事(当時)の娘に生まれ、八人兄弟の五番目。

 二人目の側室が母親だという。


 権力者を親に生まれた女性は、果たすべき役割が決まっていた。

 同じような権力者の男に嫁いで、双方の関係を強化する役割。


 マリーカのお母さんも若き日に、そうした役割を果たそうとしたらしい。


 父親から紹介されて、とある街の有力者との結婚話が持ち上がった。


 その男と結婚すれば、関係する大きな勢力が味方となって父親がセンターギルド理事長となる道筋に一歩前進する(当時)。


 もう二十年以上前の話になるそうだが……。



「……その『とある街』というのがキャンベル街のことでね。代々ギルドマスターを務める家の御曹司が私のお相手だったの」


 マリーカのお母さん、昔を懐かしんで言う。


「私もまあ権力者の娘だし? 義務は果たさなきゃだから会ったことのない男でも我慢して結婚してあげようと思ったのね? でも実際相手に会ってみたら、これが最悪で!」

「最悪なんですか……!?」


 仕方なく話に相槌を打つ俺。


「だって性格悪いんだもの。頭悪いくせに自分は賢いと思っちゃって私のこと見下してくるから『これはダメだ』って思ってね。そんな時よ、ちょうどウチの人に出会ったのよ」


 と、マリーカの父親……、つまり彼女の旦那さんを見て言う。


「その時私は、結婚前の顔合わせでキャンベル街を訪れてたんだけど、ちょうどこの人も出稼ぎでキャンベル街へ出てきていたの。冒険者としてね」


 そこで互いに一目惚れした二人は手を取り合って駆け落ち。

 お義父さんの故郷であるラクス村で夫婦生活を営んだという。


「ウソです……! 家内の方から押し切られたというか……! 気づいたら結婚していたというか……!」


 なんかお義父さんからのか細い……、しかし必死な弁明が聞こえてくる。

 ただ、お二人の出会いから結婚までの下り、俺とマリーカの結婚までの経緯と酷く似ているような……?


 それが親子!?


「まあ、それでも親の計画をご破算にしたわけだから勘当状態でね。主人と結婚してから今日まで一回も会わなかったわよ」

「ワシ、初対面です……!」


 お義父さんがガタガタ震えながら言った。

 ……気持ちはわかります。


 で、問題のマリーカのお母さんのお父さん。

 センターギルド理事長は、我が孫との初対面をしていた。


「これがウチの子ですよー」

「曽孫!?」


 もとい、曽孫との対面までセットで済ませていた。


 理事長の娘、エリーカさんの娘がマリーカ。だから理事長から見れば孫娘に当たる。


 そのマリーカが俺と結婚して生まれたのがグラン。

 即ち理事長にとっては曽孫。


 齢七十を超えるご老体の顔に、デレデレした笑みが浮かぶ。


「エリーカがこんなめんこい娘を生みおるとは……!? しかも手早く曽孫まで拵えて……!? なんでもっと早く知らせてくれなかったんじゃ!?」

「お父様が『終世二度と顔を見せるな』って手紙で書いてきたからでしょう?」


 さすが権力者の親子、世知辛い。


「だって、そうでも言わんと婚約破談にされた相手の家に示しがつかんし……。ワシとしてはテキトーにほとぼり冷めたところで許してやる予定でいたんだが……!?」

「何が予定よ。今日まで連絡一つ寄越さなかったくせに」

「そこは! やっぱりお前からまず詫びを入れてくれんと! こちらからは動きようがないじゃろう!? ええ!?」


 権力者の家庭って面倒くさいなあ。


 まあでも、今はこうして巨大な権力を持っている親類が非常に助かるんですが……。


「本当は死ぬまで連絡取らずに葬式にも出る気はなかったんだけど……。可愛い娘の旦那様の頼みじゃ断れないもの。せっかく来てくれたんだから問題を早速解決なさってくださいまし」

「わかったから『それしか用がない』みたいな言い方せんでくれ……!」


 理事長さんは、抱きかかえていたグランくんを一旦マリーカへ返し、別の方向へ向き直った。


 そう、家庭の輪から外れて一人歯噛みしているローセルウィの前へ。


「さて新理事」

「は、はい……!」

「キミの思惑は聞き及んだ。……たしかに、あの大勇者アランツィルの血統を受け継ぎし者。勇者となれば多大な成果が見込めるだろう。しかしな、現段階では既に勇者はレーディが就任している。一時に二人の勇者が立つことはできないというのが原則だ」

「…………!」


 理事長は、ローセルウィを思いとどまらせる方向で語りかける。

 助かる。そのためにここへ呼んだのだから。


「で、ですが現在、二人以上の勇者を一時に任命する試みの最中です。さすればあのダリエルこそ抜擢するに相応しい……」

「あのキミが選出した三人の話か? 彼らは今どうなっている?」


 それは充分にローセルウィの痛いところを突いた。

 新たな試みとして実施された複数勇者プロジェクト。


 それを主導したのは他ならぬそこのローセルウィだが、その結果が散々たるもの。

 追加選出された三人の勇者が悉く魔王軍四天王の前に敗れ去り、醜態を晒した。


 この失態一つだけでも、主導したローセルウィは責任を取らされ理事辞任してもおかしくない。


「その巻き返しのために、ウチの孫娘の婿を抱きこもうと企んでいるのではないのかね? 抱きこまれる方の迷惑を考えぬのかね?」

「ぬご……ッ!?」

「しかもキミは、ウチの孫娘の婿に言うことを聞かせるため、色々あくどいことをやっているそうじゃないか。ワシの耳に届いていないとでも思ったか?」


 一家団欒の場が理事の説教場になりつつあった。


「センターギルド理事会が、目的を遂げるために強請りたかりを使うなどと噂されてはかなわぬ。鍛冶里には連絡を入れておいた。『先の指示に従う必要はない』とな」

「のが……ッ!?」

「ワシから詫びも添えてだ。……わかるかローセルウィ新理事? キミはワシに頭を下げさせたのだぞ? 新任早々センターギルド理事会の名声に泥を塗ったのだ」

「あ、アナタが、かっ……ッ!?」


『アナタが勝手にしたことだ』とでも言うつもりだったのだろうか?

 しかしさすがにそれを言う度胸はなく、一度吐いた反吐を飲み込むような苦々しさで押し黙った。


「前々から危惧していたが、キミは功を焦るあまり周囲の和を乱す兆候がある。その悪癖を改善しない限り、キミが理事を務められる期間はあまり長くないと心得るべきだ」

「は、は……ッ!?」

「世に貢献したいなら当代の勇者であるレーディを全力で支援することだ。それがセンターギルド理事のもっとも真っ当な働き方であると思わぬかね? ん?」

「はい……ッ!?」

「よかろう。では帰りたまえ。新参者のキミに、外で遊び呆けている暇はないはずだ」


 その言葉に従うようにローセルウィは退室していった。

 彼はまったく無駄な時間を過ごすためにここまで来たと言ってよいだろう。


 最後の退出の際、こちらへ振り返って睨みつける表情が酷く印象的だった。

 呪いでもかけてきそうな表情だった。


「……うむ」


 上手く行ったな。


 マリーカのお母さんのお父さんがセンターギルド理事長であること、わかったのはセルメトの調査によるものだった。


 ローセルウィに対抗するため何でもいいから情報を集めようとした結果、この事実が判明し、お義母さんを拝み倒したのであった。


 結果大成功だった。


 目には目を、権力には権力を。

 センターギルド理事の肩書きを振りかざすローセルウィを、さらに大きな肩書きで叩き潰すことができたのだった。


 これもセルメトの情報収集能力のお陰だな。

 あとでたくさん感謝しておかないと。


「じゃあお父様、用が済んだのでお帰りになって」

「もうッ!?」


 そしてお義母さんの実父に対する扱いが厳しかった。


「お義母さんは、父親のこと嫌いなの…ッ!?」


 まあ二人の関係をザッと聞いただけでも親子仲がいいわけないことがわかるが。


 いやでも待て。

 あの親子のやりとりを見ていると何か既視感を誘われる。

 あの父親の扱いがぞんざいな娘の姿……。


 そうだ! 我が妻マリーカとお義父さんのいつものやり取りではないか!?

 あれは血統によるものだったのか……!?


「あの……!? 娘よ? 父さんせっかくセンターギルドから遥々やってきたのに……!? もう帰らなきゃいけないんですか? 二十数年ぶりの再会なのに。孫や曽孫とももっと……!?」

「はあ、しょうがありませんわね」


 お義母さんは溜め息交じりに……。


「ではアナタ、私の父親の相手をしてくださいます?」

「何故ワシッ!?」


 お義母さんの旦那、すなわち俺にとっては義理の父に当たる方大絶叫。


 そりゃそうだよなあ。

 駆け落ちした結婚相手の父親と面と向かうなんて怖すぎる。

 しかも自分自身、祖父になるぐらい年齢を重ねてからの初対面とか辛すぎる!


「おお、そうだな。我が娘が、良縁を蹴ってまで添い遂げた男がいかほどのものか、遅ればせながらこの目で確かめなければ」

「いや待ってください! そうだダリエルくん! せめてダリエルくんも一緒なら! ねえ助けてダリエルくううううんッ!? 我が義理の息子おおおおおッ!?」


 すみません、お義父さん。

 俺も村長の仕事があるんで。


 お義父さんは、そのまたお義父さんに引きずられて奥の部屋へと消えた。

 俺は村長の仕事。マリーカはグランの世話。お義母さんはご近所とのお喋りへとそれぞれ散開し、村は平穏を取り戻した。


 鍛冶場も無理やり余所に移されることもなく。

 すべてはお義父さんの犠牲によって無事保たれたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか、ひどい(笑)
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