134 権力者、権力で叩き潰される
それからさらに数日経って……。
センターギルド理事ローセルウィが再びラクス村を訪れた。
「嬉しいよ。キミの方から私を招いてくるとは」
相手の言う通り、今回ヤツの訪問は俺からの招待を受けてのことだ。
ヤツはそれを、俺からの降伏宣言だと受け取ったらしい。
「まあ、私は信じていたよ。大勇者アランツィルの子息ともあろう者が真に正しい道を見失うわけがないとね。先日は色々言い合ったが、この際水に流そうじゃないか」
そのお陰でローセルウィは上機嫌だった。
今こそすべてが自分の思い通りになるのだろ確信しているのだろう。
「随分とねちっこい嫌がらせをしてくれたな。余程性格が悪くなければ、あんなことは実行に移せない」
「何のことかな……? 誤解しないでほしいのは、私がキミにしてあげることは常にキミのためになることだ。今は迷惑に感じているかもしれないが、いずれすぐにわかるだろう。これも私からの愛のムチだということを」
よく言う。
俺が住むこの村を脅かせば、俺が村を守るために屈服すると当たりをつけたか。
実際、その策略は当たっていると言っていいだろう。
ヤツの方から見れば。
「では早速我々の栄光ある未来について語りあおうじゃないか。心配ない、私が示す未来は、キミがもっとも輝き幸せになれる未来だ。多少不満はあっても、すぐさまキミは気づくだろう。私に従うことの正しさに」
「どうしても俺を勇者にしたいのか?」
「したいとか、したくないとか、そういう次元の話ではないのだよ。キミが勇者になって魔王を倒すのは、神が定めた運命なのだ」
「その前に……」
上機嫌ゆえか、放っておけばいつまでもベラベラ喋りそうなローセルウィを押しとどめて言う。
「もう少し待っていてもらおうか。もう一人、客が来る予定なんでな」
「客?」
言った傍から新たな馬車がラクス村へと入ってきた。
ローセルウィが乗って来たものとはまったく別の馬車だった。
「言った傍からもう到着されたか。グッドタイミング」
「何? あれが客とやらか? 一体誰が……?」
新たに飛び込んできた馬車の扉が開き、そこから降りてくる人を見てローセルウィは驚いた。
目玉が飛び出さんほどに。
「シルヴェンシュタイン……ッ!? ……理事長……ッ!?」
現れたのは老人だった。
身なりは極めて清潔で豪華。眩しくて目がくらみそうなほどの白い法衣を着て、しかし老齢のせいか杖をついていた。
その杖すら持ち手に宝石がちりばめられており豪華。
「……おお、ローセルウィ新理事」
「何故アナタがこちらへ!?」
「そりゃこっちのセリフじゃわい。旅先で鉢合うとは、なかなかに奇遇じゃのう」
老人が朗らかに笑った。
この老人こそセンターギルド理事長。
人間領内にあるすべての冒険者ギルドを取りまとめるセンターギルド。そのセンターギルドの頂点に立つ理事会。
その理事会をリーダー役を務めるのが理事長。
それが今現れたご老人だった。
「はッ!? はげえええええッ!?」
ローセルウィは驚きを隠せず揺れ惑った。
センターギルド理事と偉そうにしていても、上には上の位がある。
それこそセンターギルド理事長だった。
理事長の権限は、ギルド内においては万能に近く、その決定は『神の声』と言っても過言ではないそうな。
当然理事会なので、他の一般理事数人が団結すれば対抗しうる程度の権力なのだが。
ローセルウィのような一番新人のペーペー理事が一対一で向かい合える相手ではない。
「キミがダリエルくんか?」
ローセルウィの混乱もかまわず、人間族でもっとも権力を持った人物が我が前に立つ。
「お初にお目にかかります。お越しいただき感謝しております」
「見過ごせん内容の知らせだったからの。……それで、本当のことなのかキミが、……アランツィルの息子だというのは」
「まことにございます」
横で聞いているローセルウィが覿面の反応だった。
全身が小刻みに震えておる。
「真偽の裏付けは、アナタの方でもされているのでは?」
「たしかにの。アランツィル本人に直接確認した。あやつはこの手のウソがつけん男じゃ」
「元気でしたか?」
「ゼスターとか言ったか? 新たに勇者に抜擢された男をしごいておるよ。何でも『口の軽い男には罰が必要だ』といってな」
……よかったじゃないか。
ゼスターのヤツ、憧れの人に直接指導してもらえるなんて。
でも結局いらんこと口走った罰で、死にそうな勢いでしごかれてるんだろうけれど……。
「アランツィルの才能をそっくりそのまま受け継いでいる男がいると知られれば、センターギルドは大騒ぎじゃのう。……のう、ローセルウィ新理事?」
「は、はひ……!?」
「では彼の話をじっくり伺おうではないか。案内してくれ」
理事長の求めに応じて俺は村の中へ、村長宅へお招きする所存だ。
ローセルウィも仕方ないといった風に俺へ同行してくる。
小声で囁く。
「上手くやったつもりなのだろうな?」
滅茶苦茶恨みのこもった声色だった。
気づいたのだろう、これが偶然ではない、この俺が仕組んだことだということに。
どうやったか、ヤツには推測のしようもないが俺はセンターギルド理事長をこの地へ呼んだ。
理事のローセルウィよりもなお地位ある相手を。
これでこの場はローセルウィ一人の思い通りにはならなくなる。
「少なくともアンタの勝ちはなくなった」
「浅い考えだ。たしかにここへ理事長が来たことで私の独断は不可能になった。しかしな、強い勇者を求めることはセンターギルドの総意だ。それはあの理事長とて例外ではない」
「それで?」
「理事長ほどの有力者がキミの存在を知った以上。キミを勇者にする動きはますます過熱するだろうということだよ! 残念だったな! キミはやはり勇者になる運命だ!」
「迷惑だなあ……!!」
しかしコイツももっと考えるべきだ。
いかに俺が先代勇者の息子と言えど、センターギルド理事長をおいそれと呼びつけることなどできるだろうか。
人間族における最高権力者を。
ローセルウィはそのことにまったく思いを巡らせていないらしい。
ではそろそろ種を明かそうではないか。
センターギルド理事長をラクス村に呼び寄せた、奥の手のことを。
そうこうしているうちに到着。
村長宅。
玄関のドアが目の前にあった。
「……アレは、中におるのか?」
「御意」
センターギルド理事長の声が震えていた。
不安と喜びの感情が混ぜ合わさった声の色。
理事長が玄関前に立って、なかなか進み出ようとしないので俺もローセルウィも戸惑うばかり。
やがてドアの方から開いた。
内側から開門し現れる人がいた。
「お父様」
「エリーカッ!!」
センターギルド理事長の喉が激しく震えた。
何十年かぶりに呼ぶ愛娘の名で。
「お久しぶりですお父様。もう二十年ぐらいぶりになりますか。老けられましたわねえ」
「エリーカ……! まさか、まさか生きているうちにお前と再び会えるとは……! 父は、父は本当に嬉しいぞ……!?」
感動の親子再会。
それを傍から眺めて感涙しておくことにする俺。
そしてローセルウィはひたすらに混乱しておる。
「これは一体!? あのご婦人は一体……ッ!?」
「俺の妻の母」
「はあッ!?」
驚くローセルウィ。
いや、俺も驚いたさ。
我が義母に当たる御方にそんな秘密があったとは。
先代のラクス村村長夫人として、我が義父の隣に常にいた物静かな女性。
あまりに物静かすぎて時折いないのかと思えるぐらいだったが。
そんな人が、今回の事態を打破する重要なカギだった。