133 ダリエル、兵糧攻めを受ける
「村長……!! 大変、大変です……!!」
そう言って駆けこんできたのはサカイくんであった。
慌てぶりから何かが起こったと、すぐさまわかった。
「今、鍛冶里の総本山から通達がありまして……! その、その……!」
サカイくんたち鍛冶師は、人間領にある鍛冶里から派遣されてきている。
そこでは鍛冶師たちがギルド的なものを組織し、師が弟子を指導するといったことを行っているとか。
それら機構のお陰で匠の技は次代へと受け継がれ、日に日に発展することができる。
で、その総本山から何を言われたと……!?
「ラクス村から撤退しろと!!」
「はあッ!?」
さすがに俺もビックリするしかなかった。
ラクス村での鍛冶事業は今とても上手く行っているというのに。
何故突然!?
「撤退? 撤退してどうするって言うんだ!?」
ラクス村から撤退するということは、ここへ運ばれるミスリル加工の仕事も放棄するということ。
鍛冶師たちにとっても、利益的にもやり甲斐的にも魅力あふれる仕事のはずなのに……!
「総本山からの指示では、ミスリル加工の仕事自体は続けろと……。ただ、仕事場をキャンベル街に移して……!」
「キャンベル街にッ!?」
それはラクス村近隣にある中で比較的大きな街のことだった。
ただキャンベル街は、ミスリル鉱山より各地へミスリルを運ぶ経由地としては地理的にどうしても合っていない。
最短距離を行くなら必ずここラクス村を通らねばならないくらいだった。
「鍛冶場をキャンベル村に移すとしたら、どう考えても効率は悪くなるぞ? どうしてサカイくんの上役はそんなアホなことを……!?」
「そうですアホなこととしか言えません……!! ここでの成果は総本山も満足しきっていて、『これからもジャンジャン続けてくれ』という便りがあったばかりなのに……!? なんで真逆の……!?」
サカイくんも大いに戸惑っているらしかった。
俺も困る。
ゼビアンテスの建てた宿屋とか、レーディ=観光資源とか色々収入源は増えたが、やっぱりラクス村復興の中心にあるのはミスリル製品とそれを生み出す鍛冶職人たちだ。
彼らがいなくなったら、大きく発展した今のラクス村は途端に支えきれなくなる。
「オレだって嫌です……! こんなバカな命令に従いたくありません……!」
サカイくんは声を震わせる。
「死んだ師匠が何度も言っていました。オレたち鍛冶師が気持ちよく仕事をできるかどうかは、オレたちを保護してくれる実力者にかかっているって……! オレはラクス村に来て、その意味を実感しました……!」
「というと……!?」
「ダリエル村長は、オレたちへ惜しみない援助を与えてくれて、それでいて口出しは少しもしません。自由にやらせてくれる。おかげでオレたちの仕事がどれだけやりやすかったか……!?」
そう言ってもらえると嬉しいが……!?
四天王補佐の時代から人を使う機会が多かったので……。
「今さらダリエルさん以外の下でミスリル鍛冶なんかしたくありません。どうせあれこれ言ってくるに違いないし……」
サカイくんはまだ興奮が収まらない。
「それに、魔族と協力して鍛冶仕事を行うこともここでしかできません。今オレが精力的に行っている新装備作りもハニーが使う錬金魔法の助けあってこそ! ここから離れたら、オレはもう従来通りの二流品しか作れない!!」
そこまでこき下ろすのもどうかと!
「何より! ラクス村から離れたら、せっかくできた彼女と離れることになる! それだけは絶対に嫌!!」
そこが一番拒否反応強かった。
ともかく、当事者であるサカイくん自身も、この指示に全然納得いってないことがわかった。
他の鍛冶師たちも同じだろう。
では、そんな誰も幸せになれないアホな命令が、一体いかなる経緯によって出されたものなのか?
俺の脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。
物凄くいやらしい笑みを浮かべた表情だった。
センターギルド理事ローセルウィ。
変事はヤツの暗躍によるものか。
この推測は確信と言ってしまってよい。
「ダーリン、ダーリン!」
俺たちの下へ駆けよってくる地味な女性。
彼女は錬金術師のマサリさん。
サカイくんの鍛冶仕事に協力するため、密かにやってきた魔族の女性だった。
「ハニー! ハニーと離れられないよう! 彼女がいないと生きられないよう!!」
「私だって、アナタが作業に協力してくれないと困る……!」
ヒシッと抱き合う異種族の男女。
まあ、いいけどさ。
それでマサリさんは何しに来たのさ?
「手紙が来ていた。前の指示取り消す報せかな?」
魔族のマサリも、今回の唐突な拠点移動命令には大きな戸惑いを感じているらしい。
「まあ、でも一度出た指示が、そう簡単に覆るものとは……!?」
「待ってください? この手紙、鍛冶里の総本山からの手紙だ」
え? マジで?
移動命令を出したところと同じところから立て続けに?
「でもこっちには総本山の紋章が刻まれてない。私信という形ですね。どれどれ……!?」
サカイくんは、新たに届けられた手紙を、受け取り主の権限で読み始める。
二通目の手紙には、一通目の正式な命令書に書けない裏事情が記されてあった。
要約すると、あるセンターギルドの理事から強烈な圧力があり、従わないわけにはいかなくなったのだそうな。
「やはりローセルウィか……!?」
ヤツの要請を俺が拒否したので、嫌がらせをしてきたってところか。
ムカつくが、この嫌がらせは効果的だ。
俺がもっとも大切にするラクス村の根幹を狙い撃ちしてきたのだから。
「私信の内容によると、総本山も困っているようです。センターギルド理事からの圧力で仕方なく出した指示だと……」
「嫌がっても正面から突っぱねない辺り、あちらさんの気骨が窺い知れるな……」
ローセルウィは、こういう嫌がらせを何度も繰り返してくることだろう。
俺が屈して、ヤツの言うことを聞くようになるまで。
「どうします村長?」
「…………」
どうするか。
一番簡単なのは、この手でローセルウィを叩き潰すことだ。
そのこと自体は別に難しくない。
センターギルドが抱えているA級冒険者が束になって掛かって来ても勝つ自信のある俺だった。
ただ、相手は権力者だからな。
正面からケンカを売るとなったら、かなり大きなことになるだろう。
センターギルド全体との抗争になるだろうし、人間族の中に所属しながら生活を営んでいるラクス村も影響なしではいられない。
勝っても負けても、以前の順風満帆な状態には戻れないということだった。
「それはいただけないな……!」
俺は独り言で呟いた。
それが権力者との戦いだ。
力にはさまざまな種類があって、一番直接的な暴力で劣っていても他に様々な搦め手で強者をやり込めることはできる。
俺のように、自分以外に守るべきものが様々あるならなおさらだろう。
守るべき家族。
守るべき故郷。
守るべき友情。
守るべき信義。
それらに傷一つつけず守り続けるには暴力だけでは足りなすぎる。
「だから相応の準備をしてきたのだけれど……」
俺は魔法通信機を取り出し、渡しておいた別の通信機へとコールする。
「……セルメトか? 俺だ、大至急調べてほしいことがあってな」
俺は既に、どんな手段を使ってでも俺の大事なものを守り抜くという決意を固めている。
そのためにあらゆる手段を用意しておかなければ意味がない。
俺は早速、得た力の一つを活用することにした。
情報という、ある意味で暴力以上に凶悪な力を。
「ローセルウィという人物のことを調べてくれ。どんな些細なことでもいい。……ん? そうセンターギルドの。よく知ってるなあ!?」
さすが魔王軍が誇る諜報網は素晴らしい。
俺の知りたいことを、調べる前から既に掴んでいた。
こうしてセルメトが集めてくれた情報の中から、何か状況を覆せる糸口が見つかればよし。
見つからなかったら実力行使でいこう。