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127 ゼスター、口を滑らせる(勇者side)

『鎚』の勇者ゼスター。


 センターギルドによって新たに選抜された後続勇者の一人。


 正式に勇者として選ばれたレーディの魔王討伐進行が思わしくないことから、『複数の勇者を送り出せば魔王を倒す可能性が上がるのではないか』という提案の下に選出された。


 しかし結局は魔王軍による手痛い敗北を喫し、新たなる試みは失敗に終わった。


 その結論を告げるために、ゼスターは一人センターギルドへと戻ってきたのである。



「ピガロは死にました。みずからの傲慢さに押し潰された、勇者にあるまじき惨めな最期でした」


 同時期に勇者として選ばれた同輩の死に様をつぶさに語る。


「やはり勇者の称号とは重いのだと改めて感じ取りました。安易に二人以上に与えてはならぬのだと。私も勇者の称号を返上し、一から自分を鍛え直すつもりでいます」

「ちょっと待て! 待ちたまえ!!」


 そう言って慌てるのはセンターギルド理事の一人。

 名をローセルウィといった。


 センターギルド理事会は、定員九名からなるギルド最高の意思決定機関。

 その椅子に座る者は賢明であるだけでなく、財力権力共に最高水準が求められる。勇者とは別の意味で『選ばれし者』が得る称号だった。


 中でも今ゼスターと向かい合わせで座るローセルウィは、理事最年少。

 その肩書きを得てまだ数ヶ月と経っていない若輩であった。


 そしてセスター他三人を新たな勇者として追加任命する案の主導者でもあった。

 だからこそゼスターが勇者を返上するという主張に慌てている。

 思い留まらせようと必死に慰撫していた。


「ちょっと諦めがよすぎないかねキミ? 勇者だよ? キミは勇者になるために厳しい修業に耐えてきたんだろう? 何年も何年も。その甲斐あってやっと実際勇者になれたというのに、ちょっとの躓きで夢を手放してもいいのかい?」

「無論断腸の思いであります。一度は選から漏れ、涙を呑んだ。その勇者に再び選び直されたこと、どれほどの喜びであったか」

「それならば……!?」

「ですが、だからこそ痛感したのです。勇者の称号の重さを。己がなってみて初めて勇者となる者は簡単に選ばれてはならないのだと悟った」


 ゼスターは改めて頭を下げた。


「お願いいたします。私の勇者退任を理事会に提案ください。私は称号剥奪を慎んで受け入れるつもりでいます」

「だから待てと言っているのです!!」


 理事ローセルウィは焦燥に極みにあった。


 みずからが主導して発進した勇者複数の案。

 しかしその斬新な試みは、見るも無残な結果を迎えようとしていた。


 もしも新たに選抜された勇者の中から魔王討伐を果たす者が出れば、それこそ万々歳。

 人間は数百年越しの悲願を果たし、魔王が隠し持つ叡智を手にする。

 かつてない発展と繁栄が約束されることだろう。


 そしてローセルウィ当人も立役者として歴史に名を残す。

 当世においても生涯尽きるまでの栄達が確実となるはずだった。


 しかしそれは成功すればこその話。

 現実は今まさに失敗へ向けて一直線に落ち込んでいる。


 複数勇者選抜の試みが失敗として確定されれば、その責任のすべては発案者のローセルウィへと向かう。

 功績を独占しようとすべて単独で進めてきたことが、こうなれば仇になった。


 理事会の中ではいまだ基盤を持たない若輩の新参者。

 ここで自分一人のみに責任を帰せられる大失敗が発覚すれば、就いたばかりの理事の椅子も危うかった。


 だからこそ目の前のゼスターには、何としても勇者として再チャレンジしてもらわなければならなかった。


 彼が抜擢した三人の勇者のうち、『剣』の勇者ピガロは死に、帰ってきたのは『鎚』の勇者ゼスターのみ。


「……そう言えばもう一人いなかったか?」

「アルタミルなら『弓』の勇者を返上する旨、私に言づけています。何でも結婚して冒険者自体引退すると」


 直に顔を出しているだけゼスターの方がマシだった。

 とにかくゼスターだけは思い留まらせようと、ローセルウィは必死に残留を促す。


「なんとかキミだけでも勇者の座に残れるよう私から掛け合ってみよう……! だからな? もう一度チャレンジしてみようではないか。どれだけ失敗しても挫けず進むことが真の勇者の素養ではないのか?」

「勇者の在り方は人それぞれ。私は潔さによってみずからの勇者人生に決着をつけたいと思っています」


 ローセルウィは心底から煮えたぎりそうになった。


 何故この男はここまで諦めがいいのか。

 自分の失脚と共に、ローセルウィの政治生命も断ってしまうというのに。


「しかしキミはまだ若い。夢を捨てるにはあまりに早すぎはしないか!? 勇者の道を諦めてこれから先何を目指して生きていくというのだ?」

「その点はご心配なく。私にはこれからのう進むべき自分の道が見えています。勇者の重荷を肩から降ろしたあとは、その道を邁進する所存です」

「何なのだ、その道とは? 私にも詳しく教えてはくれまいか?」


 とにかく今は説得の材料を揃えようと、少しでも多くの情報を引き出す。


 するとゼスター、途端に歯切れが悪くなり……。


「それは、その……、ここで言うほどのことではありませぬ」

「何故だ? 教えてくれてもいいではないか?」


 ローセルウィとしては、ゼスターの新たな目標を聞きだすことで『それならば勇者の称号を持っていた方が何かと有利だぞ』という方向にもっていきたかった。


 とにかくゼスターを勇者の座に留めたかった。

 そのためには手段を選ばない気分になっているローセルウィだった。


「どうした? 遠慮なしに言ってみてくれたまえ! もしかしたら私にも協力できるかもしれないからな! どんな時でも私はキミの味方だぞ!?」


 ゼスターとて、人生の大半を冒険者としての活動に捧げてきた男。

 今さらそのすべてを捨てて、まったく別の道を歩みたいなどとは言いだすまい。


 それならば彼の歩まんとする新たな道も、何らかの形で勇者に関係しているに違いない。

 そう思ってしつこく聞きだそうとする。


「……修行です。一から修行し直そうと考えています」


 根負けしたようにゼスターは言った。


「修行? ならば別に勇者を辞する必要はないではないか! 勇者の位を得ながら修行し、満足するまで強くなったら再び魔王討伐にチャレンジしてもいい! 勇者レーディだって、今は勇者のまま修行中なのだから何の不都合もない!」

「それではダメなのです……!」

「何故だ!?」

「何故と言われても……!?」


 ゼスターは益々歯切れが悪くなる。

 何か隠しているということが段々わかってきた。


 ゼスターは武人肌で、元来隠し事が上手なたちではない。

 逆に海千山千のローセルウィに言葉で追及されるとかわしようがなく、ついに白状しだした。


「私は、ある方の指導を仰ぎたいのです」

「ある方?」

「その御方は、私が勇者を辞めない限り、私を鍛えてはくださらないでしょう。私は、その御方の前で過ちを犯しました。そのけじめをつけるために勇者を辞さなければ」


 やっと聞き出してみたら、どういうことかとローセルウィは嘆息した。

 ゼスターの意向は、些末なことに拘る我がままとしか聞こえなかった。


「何を言うかと思えば……、ゼスター殿、勇者の称号はそのように軽いものではありませんぞ。人一人の満足不満足に左右されてなるものですか。勇者の名は取っておきなさい、勇者のまま修行すればよろしい」

「いいえ! それでは私の覚悟をあの方に示すことはできません! たとえ勇者であることを捨てたとしても、あの方から見捨てられることだけは避けねば!」


 ゼスターのあまりの頑なさに、ローセルウィの忍耐も軋みだす。


「……わかりませんなあ。どこの誰かは知りませんが、人一人のご機嫌取りの方が勇者であることより大事だというのですか? 勇者とは、そんなに軽いものだったのですか?」

「いや、それは……!?」

「よく考えてごらんなさい。勇者は人間族の代表なのです。誰からも敬服され崇拝されるのです。そのどなたさんとて、勇者が教えを乞うというのであれば喜んで指導するのが筋でしょう?」


 それを『教えてほしくば勇者を辞めろ』というのは……。


「あまりに理不尽、傲岸不遜。その者は勇者の意義をわかっておいでなのですかな? 勇者への協力を惜しむとは、人類への敵対者と言っても過言ではない」

「理事ッ!!」


 ゼスターが立ち上がって迫ってきた。

 巨漢であるゼスターに凄まれると、壁が迫ってくるかのようである。


「今の言葉は取り消していただきたい! ダリエル様はそのような卑小の輩ではありませぬ! まして勇者を辞めてから弟子入りを志願したいというのは私の意思でありダリエル様とは関係ないこと!」

「だ、だったら勇者を辞めなくてもいいではないですか……!? そうすれば誰もが幸せになれるんですから……! ね? ね?」


 勇者級の激高には耐えきれず、ローセルウィは全身震わせながら宥めるのだった。


 しかしそれでもゼスターの去就は自身の進退にも直結するので引き下がるわけには絶対行かない。


「大体その方は何者なのですか? もはや勇者であるアナタがそこまで気を使うなんて……? ソイツは勇者より偉いとでも言うのですか!?」

「あるいはそう言えるかもしれません」

「は?」


 皮肉で言ったつもりが、意外な返答でローセルウィは戸惑う。


「あの方にとってみれば、勇者など取るに足らぬものなのかもしれません。真の強さを備える者にとって、称号など価値はないと」

「どういう意味です!? 勇者より価値ある者などこの世に存在しません! 勇者こそ最強、最強たればこその勇者なのですから!」

「それすら超越する領域にあの方はいるということです。何しろあの御方は、あの御方は……!」


 ゼスターも度重なる問答で疲労していたのだろう。

 思考力が鈍り、ついそのことを口に出してしまった。


「……ダリエル様はアランツィル様の息子なのですから!!」

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