123 勇者レーディ、ガールズトークする(勇者side)
勇者レーディは、フラフラしながら帰宅した。
くたびれてはいたが、修行による疲労ではない。
人への対応による疲労だった。
一ヶ所に長く留まりすぎたと言える。勇者であれば同じ人間族から憧憬を受けることはたしかだし『一目見るだけでも』『お言葉でも給われれば』『よければ握手でも』と群がってくるのは必定。
最近はそうした訪問客の対処ばかりで肝心の修行も思うように進んでいなかった。
こうしたことも勇者の務めであると事前に聞いていたので無下にもできず、握手会で一日を潰してしまった。
「やっぱり長くいすぎたかな……!?」
レーディは、こうした勇者への歓迎を快く思えなかった。
本当は快く思うべきだし、過去の勇者には進んで歓迎を受ける者もいただろう。
しかしレーディ個人にとっては勇者の本領とは思えなかったし、先代の勇者アランツィルもそうであったという。
そこで彼女は必要に迫られる時以外むしろ勇者であることを隠匿し、人目を引かないようできるだけ一ヶ所に留まらないようにするのか常だった。
そんな彼女が数ヶ月以上同じ場所にいるのは、このラクス村においてが初めて。
すべてはダリエルからオーラ戦闘の奥義を学び尽すためだが、それがけっして上手くいっていないことにレーディは焦りを感じていた。
彼女自身が成長しあぐねているわけではない。
むしろダリエルの指導は適切そのもので、ラクス村逗留以前の自分より格段に進歩したことを彼女は確信している。
しかしそれ以上に、どれだけ強くなろうとダリエルに追いつける気がしない。
勇者は人間族の代表であり、最強の人間族であるべきはずだった。
それに選ばれたレーディが、死ぬ気で走っても背中の見えない相手がいる。
それは彼女の勇者としての意義が問われることでもあった。
「はー、お酒が美味しいのだわ……!」
帰宅してまず入ったリビングには一人しかいなかった。
魔王軍四天王の一人『華風』ゼビアンテス。
本来ならば勇者の宿敵。魔王討伐の道程に立ち塞がる最大の障害であるはずの彼女。
そんな宿敵同士の二人が一つの部屋に会すること自体未曽有の珍事であった。
二人が寝泊まりしているのはラクス村の村長宅だが、今やその家主となったダリエルの歩んできた人生の数奇さ故といえるだろう。
「いつも気楽でいいわねアナタは……!」
と宿敵へ溜め息をつく。
「こっちは修行やら人々への対応やらで大忙しだってのに、朝から晩までお酒飲んで……! 他の四天王の苦労がしのばれるわ」
「勇者のアンタがここにいる限り四天王は暇で安泰なのだわ。あー、なんて楽な仕事なのだわー」
その通りすぎて何も言えなくなるレーディだった。
四天王の使命は魔王討伐に向かう勇者を阻止すること。だから肝心の勇者が攻めてこないならば、これほど暇な役職もない。
「……私にもお酒ちょうだい」
「乾杯するのだわー」
ゼビアンテスから差し出される酒瓶を杯に受けるレーディ。
「魔族領で一級の葡萄酒なのだわ。謹んで飲むがいいのだわー」
「……くっそ美味いなあ」
人間領でもっぱら飲まれている酒は麦を原料にしたビールであり、果実の豊潤な甘みの酒は珍しい。
ちなみにゼビアンテスは人間族の作るビールもお気に入りで、ラクス村に入り浸っている理由の一つがそれと言ってもよかった。
「アナタがサボってるおかげで毎日が楽しいのだわー。なんならずっとここで練習しててもいいのだわ」
「バカ言いなさい。私がいずれダリエルさんと同じぐらい強くなってみせる。その時こそ四天王崩壊の時よ。覚悟なさい!」
「そんなの永遠に来ないのだわー」
軽い口調ながらも断言するゼビアンテスに、レーディは眉を顰める。
「ダリエルと同じくらい強くなるなんて絶対不可能だわ。アイツの強さは最近とみにバケモノじみてきたのだわ」
言われると同時に事実だと認めてしまう自分が辛いレーディだった。
「……ねえ、アナタたちのところにいた頃のダリエルさんって、どんな感じだったの?」
「あら? いきなり何を聞くのだわ?」
「……ッ、いいじゃないの。無言で飲んでたらお酒が美味しくならないでしょう。酒盛りにはお喋りが必要不可欠なのよ!」
「言われてみればそうなのだわ。いいでしょう乗ってあげるのだわ」
魔王軍時代のダリエルとは。
「ぜーんぜん大したことなかったのだわ。魔法が使えないから誰からも見下されてたし眼中からアウトだったのだわ」
「酷い物言い……ッ!」
今のダリエルからは想像できない扱いの酷さだったが、それも彼の半生を考えればやむなきことかもしれない。
ダリエルは自分本来の種族に戻って初めて才能を開花させたのだから。
「レーディちゃんって……」
「ふむ?」
「ダリエルのこと好きなのだわ?」
という質問にレーディは咽た。
飲みかけのワインが見事気管に入り込み、鼻から赤い液が飛び出すほどに咳き込む。
「なんというわかりやすいリアクションなのだわ」
「このバカ! なんてこと聞くのよいきなり!? ダリエルさんのこと好き、好きなんて……ッ!?」
レーディは、動揺を誤魔化すかのように杯へ新たにワインを注ぎ、飲み干す。
「ダリエルさんは素晴らしい人よ! 強いし! 人格的にも優れているし非の打ちどころがない! 一人の人間として心から尊敬しているわ!」
そしてまた酒を注ぐ、飲み干す。
「ちょっとペースが速すぎやしないのだわ……!?」
「大体、ダリエルさんには既にマリーカさんがいるじゃないの!! あんなお似合いのご夫婦そうそういないわ!」
ゼビアンテスの方はむしろ、レーディの飲むペースが速すぎて気が気ではなかった。
「いいワインだから雑に飲まないでほしいのだわ……!?」
「聞いてる!? だから幸せな家庭を壊すなんてできないでしょう! 私はあの家族さえ幸せでいてくれたら何も不満は……!?」
「むしろ段々言いわけがましくなっているのだわ……!?」
ゼビアンテスは逆にレーディをなだめるように……。
「まあ落ち着くのだわ。アナタの言うことも一理あるけれど、そう頑なに拘る必要もないのだわ」
「ふぇ?」
「奥さんは別に二人以上でもいいのだわ」
「ぶふぉおおおーーッ!?」
ゼビアンテスの突拍子もない主張に、レーディ今度は咽る前に噴き出した。
レーディの口から噴霧状に放たれるワインがゼビアンテスの顔面に直撃。
「ぎゃあああああッ!? 顔に!? わたくしの美貌にワインがぶちまけられたのだわああああッ!?」
「アナタが突拍子もないこと言うからでしょう!? 何そんな!? 破廉恥な!? いやらしい!?」
一夫多妻。
ゼビアンテスの主張はまさにそれであったが、まだまだ可憐な年ごろのレーディにとってはまったく受け入れられない提案だった。
「人間族にはない制度だったかしら? ある程度上流階級ならどっちの種族にも普通にあると思っていたけれど?」
「いや、人間側にもあるっちゃあるらしいけれど……!?」
たしかにある程度の実力者なら二人以上の妻を持っていると聞いたことがあるレーディだった。
センターギルド理事は最低三人の妻を持っているというし、それより階級は下がっても街の実力者クラスで一夫多妻を実行する者もいる。
「でもやっぱり不潔だわ……! 一人で、二人以上の女性と結婚するなんて……!?」
「ならわたくしがダリエルの二人目の妻になってもいいのだわ」
「ふぇええッ!?」
さらに突拍子もなさすぎる提案にレーディ困惑の極み。
考えがまとまらないのは、先ほど連続的に空にした酒杯の効能が効いてきたのであろう。
脳がグルグル回転する感覚。
「わたくしもアイツが魅力的に感じてきたのだわ。アイツの入れ知恵を利用すれば戦場で活躍して皆から褒められるし、そのご褒美にわたくしを自由にさせてもいいのだわ」
「で、でもアナタ、魔族じゃない……! 人間族と魔族で婚姻が成立するの……!?」
「ふむ、たしかにそういう指摘もあるのだわ……」
ゼビアンテスは少々考え込むような素振りを見せて……。
実際何も考えていないのは確実なのだが……。
「なら愛人で手を打つのだわ!」
「ぶふぉッ!?」
「ぎゃああああッ!? また顔にぶっかけられたのだわああああッ!?」
噴き出してばかりのレーディだった。
「アナタ常日頃から変なことばかり言ってるけど、今日は格別よ! 葡萄酒で酔い過ぎてるんじゃない!?」
「それはこっちのセリフなのだわ!? たっけーワインなんだから気軽に噴き出さないでほしいのだわ!!」
それで愛人の話である。
「よく考えたらわたくし死ぬまで自由でいたい派だし。下手に結婚して束縛されるのは困るのだわ。それならテキトーに愛人関係結んで互いに自由を尊重した方がいいのだわ」
「それなら恋愛する必要性自体が!?」
「自由が一番大事だけど、愛も欲しいし子どもも生みたいのだわ」
ゼビアンテスの想像を絶する自由さに舌を巻くレーディ。
ある意味敵として初遭遇した際より彼女のことを恐ろしく感じた。
あるいは自分もこんなに自由であれば、思い悩むことなく……。
「……うッ」
レーディは、自分の中で先走りそうになった感情を吹き消した。
あとには煙しか残らない。
「これは本格的に酔ってきたわね、水浴びして寝よ」
「あー! わたくしも行くのだわ! このままじゃ顔中ベタベタして眠れやしねーのだわ!」
こうして二人仲よく水浴びに行き、その夜は就寝した。






