122 勇者レーディ、パンダになる
勇者レーディ。
人間族を代表すべき勇者であるが、現在は我がラクス村に留まって修行中。
魔王様を倒せる実力を培うためというが、彼女がラクス村に滞在しだしてそろそろ長くなった。
そこでこういう事態が起こってきた。
◆
「勇者様! 勇者様あああッ!」
「ありがたや、ありがたやああああああッ!」
大勢からレーディが拝まれていた。
拝んでいるのは近隣町村からお越しになられた人々。
巡礼者?
ともかく勇者を一目見ようという目的の方々が続々とラクス村へやってきて、お目当ての勇者を拝み倒しておられた。
ある者はレーディに握手を求め、応じられて手を握られると泣きながらその手を掲げるのだった。
『この手もう二度と洗わない』とばかりに。
そんな人たちが次から次へと訪れてきて、ラクス村は勇者参拝客で大賑わいだった。
「一体何なのこれは……!?」
大騒ぎを傍から見て、俺はただひたすら困惑。
渦中の真ん中にいる勇者レーディも、戸惑いつつ自分を慕いやってくる人々に丁寧な対応をしていた。
「……これが勇者の名声なのでござるよ」
俺と並んで事態を見詰めるのは、勇者パーティに所属する一人セッシャさんだった。
ちなみにもう一人のパーティメンバー、サトメは、勇者レーディの周囲を忙しなく駆け回りながら参拝客を整理したりしている。
列を整えたり、長いこと勇者を話しこもうとする客を急かしたり……。
「セッシャさんは手伝わなくていいんですか?」
「拙者、恥ずかしながら、ああいう人に接する作業は苦手でして……!」
プロの冒険者らしい浮世離れ感だった。
人生の大半を魔族側で過ごしてきた俺にはいまいちピンとこないのだが……。
人間族って勇者にとってあれぐらい貴いものってことか?
まるで生き神様を奉じているようではないか。
人々がレーディに向ける敬服……いやもはや信奉の態度はまさにそんな感じだった。
「もちろん受け取り方は人によって様々でござるが……」
セッシャさんも戸惑いがちに言う。
「勇者のことを神のごとく思う方もおられるでござろうな」
「マジですか?」
人間族の中で、勇者はとりわけ特別な存在という空気は感じ取っていたが、まさかそれほどとは。
さながら魔族にとっての魔王様みたいなポジションじゃないか。
「なので場所によっては想像を絶する歓迎を受けてしまうのでござる……。この周囲は都市部から離れているのでなおさら反応が激しいようでござるが……!」
田舎者の信心深さは一際ですもんね。
「勇者様もそういうことを考慮してか、旅の途上ではできるだけ身分を隠し、注目を浴びないようにしているのでござる。ですが今回は、一つ所に長く滞在しすぎましたな……!」
長く留まっていると嫌でも噂が漏れるものだからな。
ラクス村はそもそも人口が少ないんで訪問直後もそこまで騒ぎにはならなかったが。
数ヶ月も経ってくると勇者を一目見たさにわざわざ別の村から足を延ばしてくる人までいて……。
そういう人たちが数百人規模となって……。
……今では勇者参拝客の長蛇の列ができていた。
「おお、勇者様……! 勇者様に触れていただいたからには長寿間違いなしじゃあああ……!!」
「ははは……! お体を大切にしてくださいね……!?」
「勇者様……! ワシは十年前からずっと膝を悪くしてるんですが擦っていただけませんか……!? 勇者様に触っていただけたら全快間違いなしですじゃあああ……!?」
なんか怪しげな民間療法が発生していた。
人間族にとっての勇者の存在とは、それほど大きいものなのかと他人事のように感じるのだった。
ただ、それは勝手に起こって勝手に盛り上がるだけではなく、それに対して能動的になろうとしている者すらいた。
「いらはい、いらはい、いらはい、いらはい……!」
その一例として……!
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。勇者印の饅頭だよ! 勇者様にお会いした記念として買っていかれてはいかが!?」
逞しく便乗商売などしていた。
勇者饅頭だけではない。
勇者と会った思い出を形に遺すための姿絵、勇者の姿を模した木彫りの像。勇者の名前が書かれただけの羊皮紙。勇者の木刀。勇者キーホルダー。
「品揃え豊富すぎる……!」
勇者を求めてラクス村へやってきた観光客相手に商売しようとする気が満々だった。
「案外商魂たくましいなウチの村民は……!?」
そう思って村に並ぶ露店を一通り流し見していると、一際奇妙なものがあったので引っかかった。
「ねえ店主、何これ?」
「へい水です!!」
水。
水売ってんのここ?
いや、別に水売りが悪いというわけじゃないけど、地方によってはそれこそ水は貴重品で千金を支払って取り引きされるというケースもないではない。
ただ我がラクス村に関しては雨よく降るし近くに川もあるしで、水に不自由なんかしてない。
水に金銭価値が出るような土地柄でもないと思うんだが……!?
そんな風に俺が難しく考えていると、その表情を読み取ったのか……。
「へへへ、わかってないねえお客さん。水は水でもただの水じゃないってことよ」
「じゃあ、どういう水なんだい?」
「これはな、勇者様が風呂に入りなさるだろう?」
うん?
「そうすると残り湯が出る。その残り湯を冷ましたのがこの水ってわけさ!」
「なんてもの売ってんの!? お前!?」
レーディがお風呂に入ったあとの水とか!
そんなものにまで付加価値が出るというのか!?
「侮っちゃいけませんよ? 何しろ勇者様ですからご自身はもちろん触れるものにまでご利益があるって寸法さ! この水を飲むだけで無病息災、不老長寿! 旦那も悪いところがあれば飲んでごらん。たちどころに治るからね!」
薬代わりの霊薬になっとる!?
そこまで凄いのか勇者の名声パワー!?
「いやいや、そんなわけないだろう!?」
レーディの浸かったお風呂の湯でそんな後利益があるのなら、その風呂を共同で使っている俺やマリーカや他の村人たちも超健康体になってるはず……!?
……ん?
「いや待て?」
俺はそこで重大なことを思い出した。
我がラクス村、けっこう廃れた田舎村ではあったがそれでも入浴施設はある。
田舎だけに共同ではあるが。
ただその入浴施設はサウナだったはず。
レーディも今では村の一員として普通に利用しているが、サウナではどうしたって残り湯など取りようがないはず。
「どういうことよ?」
俺が問い詰めると、店主は案外あっさりと白状した。
「あちゃー、まいったな。お客さん地元の人? じゃあ気づかれるのもやむないけど……」
レーディの入った風呂の残り湯とは嘘八百。
ただ単に川の水を汲んできたものだという。
「この村の事情なんて知らない観光客なら簡単に騙せると思ってよ? お兄ちゃん、この子とは黙っててくれない? 村の偉い人には告げ口しないでさ。そうしてくれたら分け前あげるから……!」
そう言って小銭を差し出そうとする露店上の手を、俺は手首からむんずと掴んだ。
「あれッ!?」
「残念だったな……!? 俺がこの村の村長だよ……!!」
この村で一番偉い人だよ。
「我が村で詐欺をするのは許せんなあ……!? ちょっとこっちに来なさい? 詳しく話を聞こうじゃないの」
巡回の冒険者たちにも協力してもらい、露店ごと強制連行していくのだった。
◆
よく調べたら露店で土産物を売りさばいているのはほとんど余所からの流れ者であり、中には詐欺としか思えない悪質な売り物もあったので、村としては取り締まらないわけにはいかなかった。
ギルドにクエストを出して悪質商人の取り締まりに冒険者を動員までしなければならないほどだった。
そんなトラブルもありながらだが、基本的にレーディ目当てに訪問してくる観光客は多数に上り、相応に村の経済を潤してくのだった。






