119 たくさん、いる(???side)
『剣』の勇者ピガロが目覚めた。
「あへッ!? ……ぶるびあッ!?」
起きるとともに悲鳴が上がる。
それもそうだろう。意識が途切れる直前に彼が見たのは悪夢としか言えない光景であったから。
いや、見たどころではない。
彼は悪夢を経験したのだ。無限に肥大化する自分の肉体に押し潰され、生命力を放出しつくされて枯れて消え去った。
あの過程は悪夢としか言いようがない。
「あれ……? じゃあオレは何で……?」
生きているのか。
ピガロは視線を下ろし、自分自身の肉体を確認する。
「生きている……? 元のまま……?」
ダリエルに斬り落とされたはずの手足も元通り。
あの惨劇はまるでなかったかのようだった。
「本当に夢だったのか……?」
そう思いかけていた時……。
「夢ではナイ」
「ヒッ!?」
ピガロは、自分のすぐ隣にたたずむ何者かの存在に気づいて飛び上がる。
鮮血のように真っ赤な色のマントを着ている。
「おッ、お前は……!? アナタは……!?」
「お前は、あの街道でたしかに死んダ。勇戦し敵に倒されるのではナク、力に振り回された挙句の自滅ダ。実に無様ナ、勇者にあるまじき最期だナ」
「な……ッ!?」
その容赦ない罵倒に、ピガロは洗脳魔法によって途切れていた記憶が甦ってくる。
ピガロは忙しなく周囲を見渡す。
黒以外は何もない暗闇。ここにも見覚えがあった。
前にも一度連れてこられたことがある。
「そうだ……! アナタは……!」
ピガロを、四天王との戦いから救出した赤マント。
「アナタなのですね!? またアナタが私を救ってくれて……!」
原形を留めないほどに暴走肥大化した自分を元通りにしたのも。
戦いの現場からここまで自分を移動させたのも。
この赤マントなら容易く可能なのではないか。
ピガロの全身に生気が漲る。
自分はピンチを脱したのだ。
その喜びと安心感が表情にアリアリと表れる。
「ワタシの目的に適ったのは結局お前一人だけダ」
赤マントは言った。
「ワタシの指示を実行し、山ほどのミスリルを食らい、限界以上にオーラ量を上げたのはお前ダケ。他の二人は一口つけただけで別に興味を移してしまっタ。対象の判断力を壊すだけで、完璧にコントロールできないのが洗脳魔法のお粗末さダ」
「はい……、はいッ!!」
ピガロの表情が段々輝いてきた。
彼はこう思ったのだろう、自分が赤マントに助け出された理由は、こうなのだと。
彼だけが、期待に応え、成果を上げた。
自分だけが選ばれて、窮地から救い出されたのだ、と。
「オレは、選ばれた人間なのですね! 他の二人よりも優れていた! だから助けてくださった!!」
「そうだナ、たしかにお前は優れてイル。あの日拾った他の二人よりモ……」
赤マントの、声の調子がまたほんの少し変わった。
「餌トシテ……」
「は?」
瞬間的な出来事だった。
赤マントが翻り、中の姿が露わになる。
しかしピガロは、マントの下から現れた何者かの姿を確認することはできなかった。
その前に飲み込まれたからだ。
「あぎゃあああああッ!? ぐわああああああッ!?」
「オマエハ、ヨク熟成シタ」
敗北したことによる屈辱と憤り、それらを洗脳魔法で助長したことで心のバランスは益々崩れ、自分を正当化することしか考えない外道へと成り下がった。
「ソノ、醜イ感情ガ美味ナノダ」
負の感情、利己的で自分勝手な醜い感情。
その感情が心のエネルギーとして彼らの糧となり、力を増大させる。
ミスリルで増大したオーラのおまけつきで。
三勇者を助け出し、ミスリルを食らうように仕向けた目的は……。
彼らを、豊潤にして栄養価の高い優秀な餌に育て上げることだった。
「あぎょおおおおおおッ!? うへええええええッ!?」
ピガロは飲み込まれる、巨大な口と言うべき何かの中に。
彼は既に上半身まで赤マントの中に飲み込まれ、外に出る足をジタバタさせるのみだった。
下半身も、少しずつマントの中へ引きずり込まれる。
赤マントの、声の調子がまた変わる。
「あぁん、美味しい♡ 三人のうち一人しか育たなかったけど、けっこう当たりねぁ♡ 差し引き充分利益があったって言えるんじゃないかしらぁ♡」
また随分と印象の違うトーン。
「アナタはとりわけ妬み深く、傲慢で、性根の捻じ曲がったクソみたいな性格だったってことねぇ♡ そんなクソは大好物よぉ♡」
咀嚼しているのか、ピガロを飲み込んだ赤マントの腹部から赤い血と、透明な唾液が大量に零れ落ちた。
もうマントの外に出ているのは、足先程度しかない。
ピガロ自身はとっくに息絶え、原形すら残っていないだろう。
やがて体のすべてがマントの内部に消えていき、ピガロは正真正銘この世から欠片も残さず消え去った。
赤マントの腹部に当たる部分から、ゲップの臭気が漏れ出る。
「……ナカナカの妙味であっタ」
「だが量が足りん。コイツ一人だけでは大した養分にならんぞ。三人集めて基準に届いたのが一人だけでは効率が悪すぎる」
「シカシ、量ヲ求メテ、質ヲ落トスノハ、イカン」
「そうよぉ♡ 食事は楽しくするものなのよぉ♡ 楽しいディナーの最低条件は、お料理の質♡ クソやゲロのように臭くて汚くて美味しいことなのよぉん♡」
「………………」
暗い闇の中で、何者かが会話を交わしている。
その賑わいは大きく、確実に二人以上による会話であった。
「しかし、これでは足りんというのは事実だ。それは誰も否定しまい?」
「…………」
「タシカニ」
「そうねぇん♡ 晩餐の賑わいは、やっぱりある程度の量を確保して楽しめるのよぉ♡ もっと盛大に食い散らかしたいものだわぁ♡」
「何よりモ」
雰囲気に、冷やかさが加わる。
「ワレらの最終目標達成にはもっと多くの力が必要ダ。だからもっと食わなければならナイ。もっと多ク。今日食らったクズのようにドス黒い腐った心を持つ、優良な餌ヲ」
「一人一人熟成させていくのは効率が悪いな。もっと短期間に、大量に食い漁れるいい手段はないものか……?」
「ええぇ♡ 今日よりもっとたくさん食べれちゃうのぅ♡ 素敵すぎて濡れちゃうぅん♡」
彼らの目的は、自分らの糧となる心の穢れた人間を食らうこと。
ただしただ穢れていればいいわけではない。貧弱な、何処にでもいる一般人では結局パワーがなく糧にならない。
ある程度力をつけた冒険者なり魔導士なりの、闇に落ちて穢れた心が最良であった。
今回の試みで得ることができたのは、結局ピガロ一人にすぎなかったが。
「ワレラハ、モットモット強クナラネバ、モット食ラワネバ」
赤マントが言った。
「そうしなければヤツには届かヌ。ワレらが最終目標、ヤツを殺し消し去ることニ……」
赤マントが言った。
「そう、我らが敵。何があっても倒さねばならん。八つ裂きにして欠片一つも残しておかぬ……!」
赤マントが言った。
「うふふぅ♡ あのクソ野郎の脳みそを啜るのが待ちどおしいわぁん♡」
赤マントが言った。
「……魔王」
赤マントが言った。
「「「「「魔王と倒すために、もっと穢れた魂を食らわねば……!」」」」」
多くの者が魔王への憎悪を、怨嗟を、その声に滲ませた。
ただ……。
一つ大いに不可解なことがあった。
それだけ多くの者たちが会話を交わしているというのに。
この暗闇の中には、赤マントを羽織った一人だけしかいない。
一人だけしか。






