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116 ダリエル、真の『凄皇裂空』を説く

 ゼスターはダメージからしばらく動けぬだろうと判断し、放置。

 俺は戻ってきた。

 自分が飛ばされる前の元の位置に。


 現場では激しい戦いが行われているはずだった。

 ミスリル輸送隊襲撃犯は、ゼスター以外にも二人残っている。


『剣』の勇者ピガロと『弓』の勇者アルタミル。


 あの二人も上手く取り押さえられていたらいいんだが……。


「やっぱ甘かった……!?」


 状況は最悪の混乱に落とし込まれていた。


 セッシャさんとサトメ、二人が暴力的なオーラ噴出に翻弄されている。


「くおおおおおおおッ!?」

「近づくこともできない! 何なの、このオーラ!?」


 オーラを放っているのは、他でもない『剣』の勇者ピガロだった。

 ミスリルが積まれた荷車に寄りかかり、全身から凄まじいオーラを噴出。さらに剣を振り上げ……。


「『凄皇裂空』ッ!!」


 刀身からオーラ斬撃を放つ。

 その斬撃の規模大きさ、『裂空』ではなく『凄皇裂空』と呼ぶにふさわしいものだった。

 標的にされたセッシャさんサトメは、逃げ惑うばかり。


「あばばばばばばばば……!?」

「無理です! あんなのにブチ当たったら盾が割れます!?」


 こんな感じで誰もピガロに近づけない。

 その間も絶えず、いずこかからヒュンヒュン矢が飛んできてピガロを刺し貫こうとするが、オーラ噴出の暴風に矢が煽られ一矢も命中しない。


「まるで手が付けられないな……!?」


 レーディの姿が見えないが、同じく見当たらない『弓』の勇者と戦っているのだろうか?

 とにかく戻ってきた俺は、一番大変そうなセッシャさん&サトメのところへ救援。


「皆ー、元気ー?」

「村長!?」「村長さん!?」


 二人は今にも倒れ込んでしまいそうなほどズタボロになっていた。


「申し訳ござらぬ……! この戦場任されておきながら……!」

「アイツにけっこうミスリル食われちゃいましたあ……!」


 なるほど視線をやると、荷車に乗せてあったミスリルの山が気持ち低くなっていた。

 一割ぐらい食われてしまったようだ。


「お前が戻って来たということは、ゼスターめ敗れたか。本当に見掛け倒しの役立たずだ」


 言いながらピガロは、またミスリルのインゴットを一つ掴み取るとガブリと齧りつく。

 噛み切って、よく噛んでゴクリと飲み込む。


「アイツまた……!」

「物凄いペースで食べ続けてますよ……! このままじゃ本当にミスリルがなくなりかねません!」


 既にピガロが発するオーラの強さは、他にもミスリル摂取したゼスターやアルタミルを遥かに超えている。

 まず間違いなく、食ったミスリルの量に比例しているのだろう。


 このまま食らい続ければ、一体どんなことになってしまうのか?

 食われるミスリルの損害もバカにならないので一刻も早く止めるべきだが、今はまず会話を試みる。


「お前は……、あの三人の中では一番勇者らしくないな」

「いきなり挑発!?」

「ただ歪な自尊心があるだけだ。自分だけを見て自分だけを讃えようとする。勇者からはもっとも遠い」


 ピガロの瞳には今なお洗脳魔法の真っ赤な光が灯っていた。

 対象者に精神干渉し、一部の感情を暴走させる魔法。それによって判断力を失わせて自在に操るが……。


 彼の場合、野心と精神干渉が上手く噛み合ったのだろう。

 ミスリルを食らってパワーアップすることが、もはや彼自身の目的となっている。

 洗脳魔法は、もはや彼の狂気に拍車をかけているだけだった。


「何とでも言え。オレは究極の存在、最強勇者となったのだ。お前ごとき凡俗の言いがかりなどで動じるものか」


 強者の余裕らしきものを示してらっしゃる。


「それともお前は現実を受け入れられないのか? このオレの膨大なるオーラを。あの御方は、オレに最強の力を与えてくれた。魔王を倒せるほどのな! これでオレが歴代最高の勇者になることは確実だ!!」

「あの御方、とかいうヤツが、その方法を教えたのか?」


 ミスリルなんぞを食って強くなるという変態パワーアップ法を。


「さっきも聞いたが、ソイツは何者だ? ラスパーダ要塞でお前らを連れ去ったマント装束と同じヤツか? そいつは一体何を知っている?」

「貴様ごときが知るなどおこがましい」


 簡単に教えてはくれないか。

 やはり、一旦ボコボコにして拘束してから、取り調べという形で聞き出すしかないかな?


「そういえばお前、思い出したぞ。凡人の分際で『凄皇裂空』など使い、見せびらかしていたな?」

「ああ?」

「自慢したい気持ちはわかるが、ひけらかしはやめることだ。より強い実力者と出会った時に恥をかく。このようにな」


 ピガロは、手に持つ剣を振り下ろし……。


「『凄皇裂空』ッ!!」


 特大のオーラ斬撃を飛ばしてきた。

 オーラは俺たちのすぐ脇を擦り抜けて、街道脇に立つ木々を何本も斬り倒していった。


「わざと外したか」

「いかにも、お前に後悔する時間を与えてやったのだ。このオレから無惨に殺される前にな」


 楽しそうに言うと、またミスリルを取って食らう。


「思い上がったバカには報いが与えられると。お前ごときに使える『凄皇裂空』が、真の勇者であるオレに使えないはずがない。ミスリルを吸収した最強のオレなら、お前を遥かに超える『凄皇裂空』が放てる!」

「それで?」

「ケンカ相手を間違えたということだ。このオレを侮辱した罪、命で償ってもらう……!!」


 ピガロは抜身の剣を下げ、こちらへ向かってくる。


「…………」


 俺が侮辱してきたと彼は言うが、その心当たりはとんとない。


 しかし推測はできる。


 なんでも彼は普通の『裂空』を『凄皇裂空』と言って使用していたとか。

 ゼビアンテスが笑い話として伝えてくれた。


 つまり彼は元々『凄皇裂空』が使えなかった。

 その前で、ただの村人である俺が『凄皇裂空』を使って見せる。先代勇者がもっとも得意としていた。伝説の奥義を。

 勇者様のプライドをさぞかし傷つけた、と。


「哀れだな、自尊心しかないヤツは」

「何?」

「自分のプライドを守ることで精一杯。それしか頭にない。形振りかまわず自分を守る様が、他人からどれだけ哀れに映っているかも気づかないで」


 実感が伴わないのか、ピガロの表情は変わりない。

 だが次の言葉で……。


「お前は結局『凄皇裂空』を使えていない」

「何?」

「ミスリルを食らい、倍増したオーラで力任せの『裂空』を撃ち出しているだけだ。地力が上がった分規模も大きくなるが、それは単に大きな『裂空』であって『凄皇裂空』ではない」

「だから何だと言うんだ……!?」


 ピガロの頬が引き攣り始めた。

 眉が歪に吊り上がる。


「大きな『裂空』だろうと『凄皇裂空』と同じことだ! そうか、わかったぞ! お前、『凄皇裂空』を使えるようになったオレに嫉妬しているんだな!? それで難癖つけて認めようとしないのだ!!」

「それはお前の手口だろう? 一緒にするな」


 ヘルメス刀を伸ばして剣形態に。


「実地で示してやる。撃ってこい『裂空』を。お前の力任せなだけの『裂空』を」

「……いいだろう、我が必殺剣で消し去ってやる!!」


 凄まじきオーラの放出。

 自分の剣にありったけのオーラを注ぎ込んでいるのがわかる。


「最強勇者が生み出した、最強の証! 『凄皇裂空』! 選ばれた者だけが使えるのだ! だからオレが使うに相応しいのだあああああ!」

「違うな。お前が『凄皇裂空』に相応しくないんだ」


 同時に、二つの剣から放たれる烈破。


「「『凄皇裂空』ッ!!」」


 放たれるオーラ斬撃。

 双方巨大。

 大きさについては互角だった。


 俺の放った『凄皇裂空』。ピガロの放った大きな『裂空』。

 二つは真正面から激突して……。


 打ち砕かれた。


 ピガロの放った、ただ大きいだけの『裂空』が、俺の『凄皇裂空』によって。


「うがはあああああああッ!?」


 ぶつかり合いに勝ちながら、なお威力の衰えない『凄皇裂空』はそのまま直進し、ピガロに命中。

 真っ二つとまではいかなかったがヤツの右腕と右足をスパッと斬り落とした。


「うぎゃあああああああッ!? うぎゃああああああッ!?」


 痛みにのたうち回るピガロ。

 打ち砕かれたヤツのオーラ斬撃は千の破片となって空中を漂いながら、やがて霞のように消えた。


「ゼスターの未完成版『凄皇剛烈』と同じだ。オーラは本来物質に宿って効力を発揮するもの。単体で撃ち出せば拡散して消え失せる」


 それはオーラ自体を斬撃にして飛ばす『裂空』も例外じゃない。

 ただ『裂空』の元になるスラッシュ(斬)オーラにはスティング(突)に次ぐ集中性質がある。

 その性質を利用して拡散を防ぎ、遠距離まで飛ばすのが『裂空』という技術なのだ。


「しかしオーラの量を大きくすれば、その分拡散しようとする働きも強まり、スラッシュ(斬)の集中作用を越えてしまう。ただデカいだけの『裂空』は、撃ったその場でほつれて消える、実戦では使えない技なんだ」


 その問題を解決するために工夫を凝らし、実戦で使えるレベルにまで鍛えたものが『凄皇裂空』。

 どれだけ大きくしても集中が途絶えず拡散しない。


 だからこそ最強勇者の代表技とされているのだ。


 俺はピガロに言った。


「お前と同じだ。見てくれや名前だけを立派にして中身が伴わない。だから負ける」


 お前が冠した勇者の称号も、『凄皇裂空』も……。

 ただの見掛け倒しだったな。

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