115 アルタミル、木から落ちる(勇者side)
『弓』の勇者アルタミルは困惑していた。
いや、もう既に自分が勇者なのかどうかもわからなくなっていた。
敗北し、わけもわからぬ衝動に突き動かされて強盗まで行った。
そして同じ勇者であるレーディに攻撃まで加えた。
どれ一つとっても、たった一つだけで勇者の称号剥奪されること確実な不祥事。
事実を重ねるたびに精神的に追い詰められ捨て鉢になってしまう。
だがそれでも、いくら何でもアルタミルはここまで想像していなかった。
自分を襲う最悪の展開を。
「何よ……!? 何なのよアイツ!? なんで私の矢を一つ残らず落とせるの!?」
アルタミルは、弓の弦を引き搾ってつがえた矢を放つ。
しなりの反動によって飛ぶ弓矢だが、どこか別方向から飛んでくる別の矢が空中でかち合い、叩き落とされる。
そんなことをもう何十回と繰り返していた。
何者の仕業なのかはわかる。
隠形しながら狙撃するアルタミルと違って、相手は周囲で一番高い巨木のてっぺんに登り、視界一帯を俯瞰していた。
「アイツ……! 狙撃手のくせに狙撃が怖くないの!?」
あそこまで堂々と身を晒す敵射手に、苛立ちと呆れが湧き起こる。
標的との一定の距離を保つのが死活問題の弓矢使いにとって、みずから敵の前に姿を晒すほどの愚行はない。
しかし同時に相手はわかっている。飛翔する矢でさえ空中で撃墜できるほどの腕前の持ち主だ。
たとえ自分を狙って射的されたとしても、同じように射落とす自信がある。
だからこそ隠密性を投げ捨てて、一番高所をとることができた。より高みから俯瞰できるだけ相手はアルタミルより有利にある。
「何なのよ……! 何なのよアイツ……!?」
アルタミルは血が出るような声で呻く。
全身を惜しげもなく晒す射手の、顔や姿にまったく見覚えはない。
まったく知らない無名の冒険者が、アルタミルと互角の弓使いを披露しているのである。
「いや……、互角じゃないかも……!?」
アルタミルは既に、自分が押され始めていることに気づいた。
彼女の放つ矢を、相手が撃ち落とすタイミングが段々早くなっている。
スティング(突)特性の基本武器とされる弓矢は、しかし武器としては非主流に分類される。
飛び道具であり、ある程度の距離を開けなければ有利にならない、矢が尽きれば攻撃手段を失う。
そういった癖の強さから、スティング(突)の適性に恵まれた冒険者も槍やサーベルといった近接刺突武器を選ぶ者が多い。
クセのある弓矢を選んで、研鑽したアルタミル。
彼女にはその武器を極めたという自負があった。
なのに目の前の、名も顔も知らない冒険者が、唯一の自信の拠り所だった弓矢の技すら凌駕しようとしている。
「このおおおおおッ!?」
悲鳴と共に矢を放つ。
その矢が目の前で弾き折られた。
「ッ!?」
矢を放つのとほぼ同時に撃ち落とされたと言うことは、相手はアルタミルの隠れている位置を割り出したということ。
「しまった……! 同じ位置から射すぎた……!!」
心得た冒険者なら射道から射手の居場所を割り出すことぐらいはできる、
そのため本来なら一射するたび移動するのがセオリーなのに。素人のようなミスを犯してしまった『弓』の勇者。
乗っている太い枝から弾かれるように跳んだ。
とにかく場所を変えなければいけない。そして再び姿を隠す。
「そこから勝負の仕切り直しよ……!!」
と思っても遅かった。
恐ろしいほどの精密射撃を行える弓使いが、一瞬の隙も見逃すはずもない。
飛ぶ矢を撃墜するためでなく、勝負を決めるために放たれた矢が、見事アルタミルの胸部に当たった。
「あがッ!?」
全身に走る衝撃。
その瞬間、アルタミルはすべてが終わったのだと悟った。
力を失い、自分の体を支えることもできず、アルタミルは隠れていた木の上から転落した。
◆
朦朧とする意識。
アルタミルは自分が地面に倒れていることに気づき、木の上から転落したことを思い出した。
体が動かない。
突き刺さった矢と、全身を地面に叩きつけられたダメージであった。
「これで終わりか……」
アルタミルは思った。
「なんでこんなことになっちゃったんだろ?」
そもそも自分は、どうして勇者になりたかったのか。
そこから思い返した。
特に切実な想いはなかったはずだ。
所属しているギルド支部から勧められて新しい勇者の選抜儀式に参加した。
会場では何十人もの猛者が集まって、すぐ自分が場違いであると気づいた。
怖いし、すぐにでも帰りたかった。
そう思ったアルタミルが最終選考まで頑張り抜くことができたのは、始まってすぐに知り合った同性、同年代の挑戦者がいたからだった。
レーディ。
彼女と励ましあえたからこそ最後まで戦い抜いて好成績を収めることができた。
あの時の、二人で協力して進んでいく高揚感。
今までに感じたこともないものだった。
それでも勇者になれるのは一人だけだから、その座にレーディが就いた以上肩を並べて一緒に歩くことはできないとばかり思っていた。
そこへ降って湧いたチャンス。
自分も勇者になれる。
レーディと同じ勇者に。
そう思えたからこそ彼女は『弓』の勇者となった。
何故忘れてしまったのか。
◆
「アルタミル……、アルタミル……!」
アルタミルの薄れかけた意識が、声によって引き戻される。
うっすら目を開けると……。
「アルタミル!」
そこにはレーディがいた。
ついさっきまで殺し合いをしていた相手……。
「レーディッ!?」
「よかった気が付いて……! 起きないから、もしかして落ちた時に頭でも打ったのかと……!」
周囲は木々生い茂る森の中。
名も知らぬ弓使いに競り負け、射抜かれ転落したのは夢ではないらしい。
しかしなら……。
「どうして私のところに……? ピガロのヤツが滅茶苦茶やってるんでしょう? ならアイツのところに行かなきゃ……!?」
「うん……、わかってはいるんだけどアルタミルが落ちてどうしても心配だから……」
それでここまで来たと。
「だってアルタミルは友だちだから……! 勇者選抜式の時に一緒に戦い抜いた仲じゃない……!」
「……!」
「他の勇者は年上の人や男の人ばかりで、一人で寂しくて不安だった。だから同じ女の子のアルタミルに声かけて……! 私が勇者になれたのは、アルタミルがいてくれたからだよ?」
彼女もまた同じだった。
一人寂しくて仲間を求めていた。
二人は支え合っていた。
「私……、何やってんだろ……!?」
アルタミルは倒れたまま涙を流す。
「アナタに追いつこうとがむしゃらに走って……! 走ることしか考えなかったから、どこを走ってるかもわからなくなっちゃってた……!?」
「いいのよ、今は何も考えないで。ゆっくり体を休めて。目の赤い光もなくなってる。ガシタくんにやられたショックで洗脳魔法も吹き飛んだんだわ」
「ガシタ……!?」
「弓矢を使ってた冒険者さんよ。ダリエルさんの弟子だからとっても強いの。アナタに当てた矢だって……」
「あッ!?」
そこで思い出した。
アルタミルは相手の放った矢を胸に受けたはず。普通に考えれば深く突き刺さって致命傷になっているはずだが……。
「あれ……?」
特に何もなかった。
彼女の豊かな胸には矢が刺さっているどころか、傷一つなかった。
しかし、ジンジンとした痛みは残っている。
「オーラを調節して、当てても傷つけないようにしたんですって」
「そんなことが……!?」
「凄いでしょう? ガシタくんのオリジナル技らしいよ。その代わり衝撃が内部まで深く広がるようになっていて。ウサギさんや小鳥さんみたいな小さい獲物をできるだけ傷つけないように仕留めるために使うんだって」
実際アルタミルの全身に広がる痛みは、木の上から転落したことが十割原因らしい。
「とにかく無事で安心した……! アルタミル、ちょっとだけ待っててね? アナタの言う通りピガロを何とかしないといけないから、すぐ戻ってくるから!」
駆け去っていくレーディ。
小さくなっていく足音を聞きながら、アルタミルは聞いたばかりの名を復唱した。
「ガシタ……」






