109 勇者たち、洗脳される(勇者side)
勇者たちは、暗い闇の中で目覚めた。
『剣』の勇者ピガロ。
『弓』の勇者アルタミル。
『鎚』の勇者ゼスター。
全員が揃っていた。
「ここは……!?」
彼らは直前まで気絶していたらしく、みずからに起きた異変に戸惑う。
「なんだここは……!? オレは森の中で魔族と戦っていたはず……!?」
そこまで呟いてピガロは思い出す。
記憶がなくなる直前の、自身のあまりにも無様だった惨状を。
「そうだ……!?」
ピガロは負けたのである。
あの見るからに軽薄そうな女四天王に。
いかにも『四天王の中で最弱』と呼ばれてそうな頭の悪い女にピガロは負けた。
なすすべなく一方的に。
記憶が鮮明に甦るほど、悔しさに身が震える。
「負けた……!? オレが負けただと……!? あんなバカそうな女ごときに……!?」
ピガロにとって、それはあってはならないことだった。
彼の目標は高く、その手で魔王を倒すこと。
そのためにも前座の四天王ごときで躓くことなど絶対あってはならなかったのに。
躓くどころか弾き飛ばされたのである。
ピガロは悪夢であると願いたいほどであった。
だが打ちひしがれるのはピガロだけではなかった。
「未熟者……ッ!!」
みずからを罵る声が響き渡った。
それは『鎚』の勇者ゼスターの悲憤だった。
「やはり未完成だった……!! いや我が『凄皇剛烈』は未完成にも至らぬ失敗作だ!! 土壇場でそんなものに頼ろうとするそれがし自身の判断も未熟でしかない!!」
「負けた……! 負けた……! 負けた……!」
『弓』の勇者アルタミルも頭を抱えて震える。
「勇者になれたのに……、やっとレーディと一緒になれたのに……!」
勇者に敗北は許されない。
人類の希望として、ギルドの代表として常に勝者であらねばならない。
だからこそ魔族に敗北した場合、勇者の称号を剥奪されるというルールが明文化までされていた。
だからこそ、四天王に言い逃れの余地もなく惨敗した彼らは、心情以上に追い詰められている。
「煩い! 黙れ貴様ら!!」
苛立ちがもっとも早く外へ向いたのは、やはりと言うかピガロだった。
「貴様らが死のうが負けようがどうでもいいのだ! 所詮貴様らは弱者だから途中でリタイヤして当然だ! 当然のことでいちいち騒ぐな!!」
「ふざけんじゃないわよ!!」
苛立ちの放出は反響してさらなる苛立ちを呼ぶ。
アルタミルが金切り声を上げた。
「アンタっていっつもそう!! なんでそういつもいつも自分が特別だと思えるのよ! アンタなんか戦えばこの中で一番弱いのはわかってるでしょう! わかってないの!?」
「何を! 言うに事欠いて出まかせを!!」
「信じられないって言うなら、今からでも証明してやるわよ! アンタごとき四天王よりずっと簡単に捻ってやるわよ!!」
アルタミルが弓を引き、ピガロは剣をかまえた。
もっともピガロの剣は先の戦いでへし折られてほとんど柄だけしか残ってないが。
そんな険悪さを残るゼスターは止める気配もない。
みずからを罵るばかりで外を気にする余裕もなかった。
苛立ちの応酬が発展してついに血を見るに至るかと思われた、その時……。
「お前たちはクズだ」
三勇者へ平等に投げかけられる声がした。
その声に反応し、全員の視線が向く。
闇の中に、鮮烈なまでに赤い色のマントを羽織った何者かがいた。
フード付きのマントで、それを目深に被って顔も定かではない。
男か女か、若者か老人かすらもわからなかった。
「なんだお前は……!?」
見知らぬ人物の登場。
警戒が、ほんの少し冷静さを呼び戻す。
「一体何者……!? いや、それ以前にここはどこだ?」
そしてやっと自分たちの今の状況に疑問を呈する。
「オレたちはラスパーダ要塞にいたはずだ。それなのに意識を失って、目覚めてみたら明らかに違う場所……!? ここは牢獄か? お前は魔族の看守か何かか?」
勇者たちにとっては最悪の想像であるが『敗北して意識がないうちに囚われた』と考えるのがもっとも自然だった。
「……違うナ」
赤マントは即座に否定した。
「そもそもお前たちはラスパーダ要塞にはいなかっタ。要塞に到達することすらなく手前で敗退したのダ。お前たちが要塞の内側に足を踏み入れたことは一度もナイ」
「なんだとッ!?」
「そのような不甲斐なさでよく勇者を名乗れたものダ。人間の冒険者も、随分レベルを落としたナ。時代が下るごとに勇者の名が軽くなっていル」
「黙れッ!!」
ピガロが憤慨する。
「侮辱は許さんぞ! オレは勇者だ! 最強の人間族だ! オレ以上に強い者など、この世にはおらんのだああああッ!!」
「少なくとも一人はいるだろウ。あの女魔族ガ」
「ぐぬッ!?」
「あの程度の小娘に後れを取る勇者など聞いたことがなイ。勇者を名乗るにもっとも必要な資質は強さダ。お前にはその強さがナイ。最低水準に届くだけの実力すらナ」
「そんな、そんなことはない!!」
「他の連中もダ」
アルタミル、ゼスターが反応する。
「お前たちは名ばかりの勇者ダ。取るに足らんゴミクズなのダ。お前たちが勇者を名乗ること自体、過去歴代の勇者たちへの冒涜ダ。人類そのものに対する冒涜ダ」
「私たちが……!」
「冒涜……!?」
二人とも、その指摘に体の芯から震えた。
敗北という決定的な事実を叩きつけられた直後である。罵倒はいつもよりなお鋭く胸に突き刺さる。
「お前らなど人間族の恥ダ。人間族の誇りであるべき勇者が、種族全体の恥を晒すなど笑えぬ冗談ダ。お前らのようなゴミ虫は死んだほうがましだナ。羞恥心がカケラでもあるのなら、みずからの惨めさに生きていることも耐えられぬハズ」
みずからが助け出したはずの勇者に、この上ない罵倒を浴びせかける赤マント。
一体、何が目的だというのか。
ただ口汚く罵るために三人をピンチから救ったというのか。
「煩い! 煩い煩い煩い!」
罵倒にもっとも最初に耐えられなくなったのは『剣』の勇者ピガロだった。
他の二人よりも格段にプライドの高い彼が、自分を卑下する指摘を受け入れようはずがない。
「オレは最強だ! オレは伝説になる男だ!! そのオレを不当に貶めるなど罪深い行為は許さん!!」
「弱い上にバカとは救えナイ。……つい最近も、お前によく似た男を見たヨ」
「?」
「自分は有能ダ、英雄になるのダと大言しながら実力はまったく伴わズ、身の程知らずにも魔獣を御そうとして失敗シ、地獄に堕ちタ……」
「なんだと……、誰だと……!?」
「お前もアイツと同じダ。弱者である上に愚か者ダ。弱いだけならまだイイ。しかし自分を理解する賢さも持たなけれバ、弱い自分を強いと勘違いする一番迷惑なクズとなル……!!」
「煩い! いい加減にしろ!!」
ピガロは折れた剣を突きつける。
「いいだろう殺してやる! 勇者を侮辱したお前を無礼討ちにしてやる! 勇者には、己が権威を守るためなら殺人も許されるのだ!!」
折れた剣ながらも振り上げ駆け迫る。
それを受けて……。
「仕方ないな……!」
赤マントの口調が、少し変わった。
「『逢魔裂空』」
「何ッ!? ぎゃあああああああッ!?」
赤突如マントの内側から現れた剣。
その剣から放たれる真紅のオーラ斬撃をまともに浴びて、ピガロは弾き返されるように吹っ飛ばされる。
「ぐぎゃあああああッ!? あぎゃあああああッ!?」
「熱かろう痛かろう。『逢魔裂空』の魔闘気に触れるのは地獄の炎で炙られるも同じ。無論死なぬように加減して撃ってやったのだ。地獄の苦しみだけで済んで感謝しろ」
「いげええええええッ!?」
真っ赤なオーラに飲み込まれたピガロの全身は惨たらしく焼けただれ、全身やけどの体であった。
その激烈な奥義を目の当たりにし、アルタミルもゼスターも驚き戸惑う。
「何今のは……!?」
「『凄皇裂空』……!? いや違う……?」
混乱の勇者たちに、赤マントは容赦ない言葉の追い打ちを浴びせる。
「クズども。お前たちは何の役にも立たないクズだ。そのクズを有効に使ってやろうというのだ。せめて、このオレの役に立てるよう死に際ぐらい奮起するのだな」
赤マントが、剣をマントの中に収める。
替わりに掲げた左手から、何かしら波動のようなものが放ち広がっていく。
「これは……!?」
「何……!?」
空気を伝わる波動は、やがてアルタミルとゼスター、そして全身やけどでうずくまるピガロをも包み込み……!?
「な、何だ……!?」
怪魔なる波動を全身に浴びた三人は、鼓膜や網膜、そして全身の触覚で魔の波形を感じ取って……。
目の色を赤く変えた。






