106 四天王ゼビアンテス、新装備を披露する(勇者side)
そして現在。
『剣』の勇者ピガロが、四天王ゼビアンテスの登場に圧倒されていた。
「お前が……、四天王だと……!?」
「いかにも、当代四天王にてもっとも華麗もっとも美しい、そしてもっとも残忍な女と覚えてくれればいいのだわ。もっとも巨乳の称号はドロイエちゃんに譲ってあげるのだわ」
四天王と言えば魔王軍の頂点に立つ大重鎮。
もっとも強力な魔法使いが選ばれ、その魔力は一軍に匹敵するとも言う。
勇者が魔王討伐に向かうにおいて最大の障害でもあり、ある意味魔王よりなお勇者と鎬を削るライバル的存在だった。
過去無数の勇者と四天王が激戦を繰り広げ伝説を残してきた。
先代のアランツィルとグランバーザとの死闘は、その直近にして至上たるものであった。
みずからも勇者となって、その最高の自負をもつピガロである。
宿敵四天王の唐突な登場に、最初は面食らったものの、だんだん冷静さを取り戻し。
「フッ、フフフフフフフフフ……!」
みずからを奮い立たせるように笑った。
「まさか獲物の方からホイホイやって来てくれるとはな……! 要塞の内部まで攻め入り、その最奥で息の根を止めてやる予定だったのに……!」
「要塞まで到達するのもおぼつかないのに何を言っているのだわ。不可能なことをあたかも可能なように語るのはダサいのだわ」
「さっきまでの霧や、オレの手駒どもを始末したのもお前たちの仕業か?」
「当たり前のことをわざわざ確認するのも頭悪くてダサいのだわ。本当にイモい男。アンタみたいのが本当の勇者に選ばれてたら、わたくしの四天王としての仕事もさぞかし無粋でつまらなくなっていたでしょうね」
その挑発ともとれる発言に、ピガロは覿面に反応する。
「本当の……、勇者だと……!?」
「ええ、だって本当の勇者はレーディちゃんで、アナタたちは補欠みたいなものなのでしょう? ここまでの段取りで、それは充分確認できたのだわ」
さらなる発言は、ピガロおプライドをズタズタに裂くには充分だった。
「強さも華麗さもレーディちゃんが数段上。あの子こそ、わたくしが華麗なる四天王として伝説を残すに、相応しいダンスパートナーだわ」
さらに追い打ち。
「アナタと違ってね」
「……ッ!?」
元々異様に自尊心の高い男の、キレやすい理性の糸がブチ切れた。
「四天王といえど、若い女はどいつもこいつも頭に藁クズが詰まったようなバカばかりだ……! オレがレーディごときに劣る? 何と言う見当違いだ! オレは史上最高の勇者となる男、レーディなどより遥かに優れている!!」
「レーディちゃんは、チンケな罠にはまって仲間を全部失うようなヘマはしないのだわ」
ゼビアンテスの中で随分レーディの株が上がっているが、無論それはピガロにとっては関係ない話で、むしろ競争相手が持ち上げられるのは不愉快だった。
「問答無用!!」
ついに舌戦は断ち切られ、武力での争いが始まる。
元より人間魔族の両陣営を代表する者たち。出会えば斬り合うのは当然の流れであった。
抜刀するなりピガロの刃が、ゼビアンテスに襲い掛かる。
その凶刃を、風使いは空中の泳ぐような流麗さでかわした。
「フン……! 罠に頼み後方で震えていればいいものを、調子に乗ってのこのこ出てきたのが運の尽きだ! この場でサクッと手柄首を上げてやる!」
「しょうがないのだわ、それがリーダーの方針なのだから」
バシュバーザが死に、今やドロイエが四天王筆頭と認められている。
「四天王は魔王軍の司令というだけでなく、魔族一の魔法使いとしても選ばれる。だから最後には実力を示さなければいけないんだって。……めんどくさいのだわ」
「それでわざわざやって来たというわけか!?」
「不公平にならないよう一対一でね。今ごろ他の補欠勇者さんのところにも各担当が向かっているはずだわ」
攻めてきた勇者は三人。
バシュバーザが死んで残る四天王の数も三人。
ちょうど一騎打ちが三回できる組み合わせだった。
「余計な気配りをせず、三人まとめてオレのところに来ればいいものを……。皆殺しにして手柄を独占できたというのに!」
「ならばまずわたくしを倒してみせるがいいのだわ」
戦いは既に始まっていた。
怒涛の勢いで繰り出されるピガロの剣閃に、ゼビアンテスは舞い散る花びらの軽やかさでかわす。
その身軽さは風の四天王の面目躍如。
「はっはっは! どうした四天王!? 逃げるだけしか能がないか! この勇者ピガロの絶剣になすすべなしか!?」
常に攻めかかるピガロは、自分が主導権を握っていると判断し、勝ち誇る。
「これが勇者の力だ! オレこそが真の勇者なのだ! このオレの名を轟かせるために死ね! 四天王!」
ピガロは一旦攻勢を止め、呼吸を整える。
己が愛剣にオーラを込めるためだった。
「お前一人に手間取ってはいられん。アルタミルやゼスターに向かったという他の四天王もこの手で斬り殺さなければならんのでな。お前はこの一撃で終わりにしてやる……!」
刀身から放たれる、眩い剣気。
「『凄皇裂空』! 先代勇者アランツィルが編み出した超絶技も、オレにかかれば修得は容易い! この奥義で死ねることを誇りに思え!!」
そして放たれるオーラ斬撃。
オーラそのものを斬撃として飛ばすというのが特徴の『凄皇裂空』。
その大きいとも小さいとも言えない規模のオーラ刃がゼビアンテス目掛けて走るが……。
ペシッと。
彼女の作り出す竜巻障壁に弾かれ消えた。
「なッ!?」
それを見て心底驚くのはピガロ。
必殺と確信して放ったオーラ斬撃がまったく通じなかったのだから。
「これが『凄皇裂空』?」
対してゼビアンテスの失望感はありありと表れて隠す気配もない。
「ウソつきも大概にするのだわ。これはただの『裂空』なのだわ」
「何ッ!?」
「わたくしは『裂空』も『凄皇裂空』もたくさん見てきたからわかるのだわ。アナタのは規模も威力も『凄皇裂空』に遠く及ばない。普通の『裂空』を見栄はって発展型と偽る、ダサくて堪らないのだわ……! 即バレする下手ぶりも余計にダサい」
「ぐぬッ!?」
図星を突かれ、ピガロは唇を震わせた。
彼とて最初から使えもしない究極奥義を騙ろうとしたわけではない。
しかしラクス村で見た、名もない村人が放った『凄皇裂空』を目の当たりにし『一般人が使えて何故勇者の自分が使えない』という無用の対抗心が湧いてしまった。
そして使えないのに使えるなどというウソをつき……。
回り回って敵の前で大恥を晒す醜態へと結実してしまった。
「……さて、これ以上くだらない戦いに付き合っていられないのだわ。手早く片付けるのだわ」
ゼビアンテスは、興味を失ったものを投げ捨てるかのように決着を定めた。
「せめてアナタは、完成した新しいドレスの実験台として散っていくがいいのだわ。無意味なアナタに役割を与えてあげることを感謝するのだわ」
「なんだ……、それは……? 翼……!?」
ゼビアンテスの背後から広がる銀翼を、ピガロは衝撃と共に目撃した。
すべてが銀色。
金属の翼。
鏡のように反射する光を浴びて、ピガロは眩しさに目が眩む。
「幾多の試作を経て、ついに完成したのだわ。我が発案による究極麗美の魔導具。ミスリル製の金属翼は、わたくしの魔力を受けて生きるかのように羽ばたき。風魔法の補助を担うのだわ」
ピガロは知らない。
この銀翼こそゼビアンテスがラクス村に居着くようになったきっかけ。
機能と造形を兼ね備えた魔導具で身を飾ることこそ彼女の望み。
「マサリちゃんを送り込んだおかげで、やっと完成に漕ぎ着けたのだわ。デザイン性も上がってより完璧な美しさとなったのだわ」
「何を……、ふざけた……!?」
正直、広がる銀翼の眩しさに圧倒されたピガロだが、それを認める心の余裕はない。
「そんな玩具にビビるオレだと思うなよ! すぐさまオレの『凄皇裂空』で持ち主もろともガラクタにしてやる!!」
そして放たれる普通の『裂空』。
今度は、ゼビアンテスは竜巻を起こすことすらしなかった。
「んなあッ!?」
銀翼を羽ばたかせるだけで普通の『裂空』を掻き消してしまった。
魔力を吸収する性質を持ったミスリル製の翼。その翼で巻き起こす風にも魔力が伴う。
「いい色合いの風なのだわ。完成したこの翼に『ハルピュイアの翼』という名を与えるのだわ。『セイレーンの翼』でもよさそうだけど……!」
ピガロ渾身の攻撃を容易く掻き消しながら、ここまでは慣らし運転。
「いよいよ本番と行くのだわ。この翼なくして発動できない、わたくしの新必殺魔法……」
ゼビアンテスの翼から、音が鳴る。
空気を斬り裂くような細く、長く、そして鋭い音だった。
「試し斬り第一号の栄誉を受けるがいいのだわ、補欠勇者」
「ひッ!? ひ……ッ!?」
この頃になるとピガロも戦意を大いに挫かれ引け腰になっていた。
『今すぐ逃げなければ殺される』という考えが、急速に脳内に広がる。
「精工に作られたミスリルの翼。それを構成する一枚一枚の羽根の間を空気が通っていくのだわ。フルートから吐き出されるように細く整った空気の流れは、魔力を伴って鋭い空気のメスとなる……!」
「待て……、待て……ッ!?」
「ミスリル翼の羽と羽との隙間から幾重も放たれる空気の刃。名付けて『シンフォニック・レイザー』。斬り刻まれるがいいのだわ……!」
ミスリル翼から吐き出される細く鋭い空気の刃。しかもそれが何十と群れを成して襲い掛かる。
ピガロに、そのすべてへ対処する手段の持ち合わせはなかった。
「うぎゃああああああッ!?」
最初の一、二刃を刀身で受けただけですぐ留めきれなくなり、折れた鉄剣ごと斬り刻まれるピガロ。
三勇者vs四天王の第一戦目は、四天王側の勝利で決定した。