105 四天王ドロイエ、地の利を得る(四天王side)
「ここにいながら勇者どもを全滅させる手段があるのだわ!」
「「えッ!?」」
ゼビアンテスの放つ一言に他四天王は当惑する。
「何を言い出すのだ? ここまで来たら我ら四天王がみずから出撃する局面だろう?」
「ちっちっち……、甘いのだわ。お砂糖たっぷり入れたブルーベリーソースのように甘いのだわ」
横で見ているベゼリアが『うっざいなあ……』と思った。
「このラスパーダ要塞は、勇者を魔族領に入れぬために建てられた防衛施設。それゆえに機能は半端ないのだわ!」
「機能?」
「ここを守備してきた歴代四天王が代々追加してきた仕掛けによって、他にあるどんな要塞よりも豊富で堅固なのだわ。それらの防御機構を、わたくしはたっぷり調べてきたのだわ!」
主にダリエルから教えられて。
「たとえば、あれ!」
ゼビアンテスが指さす先には、要塞頂上から見下ろせる雄大な景色が広がっている……はずだった。
今は霧に閉ざされ何も見えない。
「霧がどうかしたの?」
「霧じゃないのだわ! 今は霧に隠れてるけど、要塞の向こうには森とか山とか自然が溢れかえっているのだわ」
「はいはい」
「その自然風景は……、魔法で作られた人工物なのだわ!」
「はい?」
突拍子もないことを言われてドロイエもベゼリアも面食らう。
「何を言っているのだ? 私たちはもう一年近くこの要塞で寝泊まりしているが、周囲にあるのは木や草しか……!?」
「それが、魔法で作られたものなのだわ。わたくしたちよりずっと前の代の四天王が作ったのだわ」
数世紀前。
グランバーザ級の勇名を遺した四天王で『天地』のイダと呼ばれる男がいた。
土魔法の極致を窮めた大魔導士は、地形をも自在に操作して砂漠を森に変えることすらできたという。
「ラスパーダ要塞周辺にある森や草、……いいえそれだけじゃないのだわ。岩も川も、土の山も、遥か昔にイダ様っていうのがクリエイトしたものなのだわ!」
「うっそマジで?」
すると次に『何故そんなことを?』という疑問が湧いてくるだろう。
「当然勇者を迎え撃つためなのだわ。魔法で創造した景色は、魔法で作り替えることが可能なのだわ!」
ラスパーダ要塞で一番高い場所である物見塔の頂上には、奇妙な台座が設えてあった。
ラスパーダ要塞に着任してそろそろ長いドロイエも、この台座の意味がわからず、名所旧跡によくある意味不明モニュメント程度にしか認識してなかったが……。
「ここに土属性の魔力を流し込んで、地形を操作できるというのか?」
ゼビアンテスの明かす事実に驚くばかり。
「そうなのだわドロイエ、四天王において土属性担当のアンタが操作するのだわ」
論より証拠。
ドロイエは、そのしなやかな指で台座に触れ、流し込む魔力の感触を確かめる。
「これはたしかに……、台座を中心に広範囲にまで魔力のネットワークが張り巡らされている……!?」
要塞をはみ出て、それ以上の広範囲に。
「ここから魔力のこもった指令を送り出して、要塞周囲の地形を思った通りに変えられるのだな?」
「そういうことなのだわ!」
現在、要塞前方は濃い霧に満たされ目視で状況確認するなどとてもできない。
しかしこの霧はただの霧ではない。
魔力が込められた、触れたものを探知できる霧なのである。
霧そのものを生み出したベゼリアには、霧の中の様子は手の中にあるように明瞭だった。
「じゃあ、一番わかりやすいのから片付けていこうか……!?」
三つある勇者パーティのうちの一つ。
要塞正面から攻めかかってくる一団がいる。
ドロイエやベゼリアたちには知る由もないことだが、それは『鎚』の勇者ゼスター率いるパーティだった。
「要塞正面は、迎え撃ちやすくするために開けた平坦な地形だからねえ。視界が塞がれても進みやすいだろうよ」
「ごり押しの怖さなのだわ……!?」
ただそれは迎え撃つ側にとってもわかりやすいということで……。
「えいッ!」
満を持して台座に土魔力を流し込むドロイエ。
それに呼応する形で、かつての大英雄が遺した大仕掛けが発動し、変わることのないはずの地形が大いに変わる。
要塞正面の平地に突如亀裂が入り、裂け目がみるみる広がって巨大なクレバスとなる。
「ベゼリアー、どうなったのだわ?」
霧を通して唯一状況を把握できるベゼリアに尋ねる。
「おお……、落ちる落ちる……! 勇者パーティは残らず地面の裂け目に落ちて行ったよ! ……あっ、ちょっと待って?」
「なんなのだわ?」
「一人だけ、しぶとくクレバスの断面をよじ登って脱出したぞ。落ちる寸前までの様子からしてアイツがパーティのリーダーみたいだが……?」
「つまりソイツが勇者ってことなのだわ」
全滅までには至らなかったが、ゼスターは要塞に到達する前にパーティメンバーを全員失ったことになる。
計り知れない大ダメージであろう。
「凄い……、戦うまでもなく敵戦力を削いでしまった。これが……魔王軍が誇る大要衝、ラスパーダ要塞の真価……!!」
大いなる先人が作り出したという大仕掛けに、現在を生きるドロイエは圧倒されるばかりだった。
「要塞周囲の地面、その上にある自然物すべてが魔法で生み出されたものだから、魔法でいくらでも操作して変えることができる。それはつまり要塞周辺の至る所に罠が仕掛けてあるようなものではないか!」
一部の隙間もなく。
しかも、仕掛ける必要も回収する必要もない。
「……私は、今まで何もわかっていなかった。この要塞を守っていながら、この要塞のことを何も……!?」
「ドロイエちゃん気を落とすことはないんだわ。失敗は誰にでもあるのだわ」
ゼビアンテスが慰め役をやっていることに、横から見ているベゼリアは酷い違和感を覚えた。
「いや、私たちはあまりに不勉強すぎたのだ。栄えある四天王に選ばれながら、魔力の大きさだけに頼みを置き、戦いの何たるを何一つ学ばなかった」
「それは仕方ないさ、前の人たちが何も教えずに引退しちゃったんだから」
当代四天王と先代四天王は、ある時点をきっかけに四人全員がいっぺんに入れ替わった。
それは魔王軍史上なかなか珍しいことで、大抵は四人の中で一人か二人が時期をずらして入れ替わっていき、先輩と後輩との間で情報が共有される。
しかし全員が一度に入れ替われば情報の共有が行われず断絶してしまう。
当代四天王の苦戦も、ここに理由の一つがあると言ってよかった。
「いや……、その問題についても本来なら対処がされていたはずなんだ。……あの男がいてくれたら」
四天王たちの脳裏に浮かぶ、たった一人の存在。
四天王補佐ダリエル。
「あの魔法は使えないが有能極まりない男が、先代たちの仕事をすべて頭に叩き込んでいたはずだ。先代は、ダリエルが私たちにすべて教えてくれると信じたから揃って席を譲った……!」
しかし、その継承はまったく上手く行われなかった。
「バシュバーザがダリエルを即刻クビにしやがったので……!」
「アイツ本当余計なことしかしなかったのだわ」
「でもキミも賛成したよね?」
余談になるが、ドロイエは今も配下を使ってダリエルの行方を探索している。
四天王補佐の座に戻ってもらうために。
そのことをゼビアンテスも知っているはずなのだが、ダリエルから授かった妙策で無双するのが楽しいので今しばらく黙っているつもり。
話は戻って……。
「敵は一気に減ったけどまだ残っている。確実にサクサク倒して行こう」
「じゃあ次に片付けやすそうなのは、高台で様子を窺っている一団か……」
ベゼリアが霧を通して把握したのは、『弓』の勇者アルタミルのパーティだった。
弓矢で遠距離攻撃を得意とする彼女は、どうしても狙撃に有利な見晴らしの良いスポットを確保したがる。
そこで登った小高い丘も、魔法で構成された人工地形だった。
ドロイエが魔力を流すことで簡単に崩壊し、アルタミル率いるパーティは土砂に埋もれて身動きできなくなる。
「あっ、また一人逃げた」
「勇者しぶといなあ……」
さらに森の中を進む『剣』の勇者ピガロのパーティにも目をつけ、森の地形を操作して一人ずつ行動不能にしていく。
複雑な地形で操作が難しいが、霧を通して精密に状況を読み取るベゼリアと協力することで一人一人を確実に捕えることができた。
「ドロイエちゃん、ちゃんと生かして捕えたのだわ?」
「ああ、身動きできないように拘束してあるだけだが……、何故人間側の生死に拘る?」
ドロイエとて殺人を嗜好する悪趣味はないが、敵をあえて生かしておく理由も思いつかない。
それなのに、ドロイエ以上に酷薄そうなゼビアンテスが強いて敵を生かそうとする姿勢に違和感があった。
「えぇ……? わたくしは優しいから? そう聖母のように優しいから命は助けてやりたいのだわ?」
「「……」」
そのセリフの白々しさをドロイエもベゼリアも痛感。
不自然なまでに情け深いゼビアンテスの裏には、ダリエルからの『人死には極力出さないように』という指示があることを知る由もない。
「だが、この悪魔的なトラップにもかかったのは取り巻きばかり。肝心の勇者どもは上手く逃れている」
「さすがに勇者の名は伊達ではないってことだわ。でもこのまま霧の中に迷わせて、ジワジワ罠で追い詰めていけば……!」
「いや」
実際のところ、今の攻勢を続けるだけで確実に勝利は魔族側に手に入るだろう。
しかしそれをよしとしない精神があった。
より意義ある勝利を求める気高い精神が。
「各勇者が一人になったのなら、これ以上の搦め手は姑息。ここは四天王みずから出撃し、正面から撃破しようではないか!」
今や正式な当代四天王リーダーとなったドロイエが宣言した。