103 勇者たち、ラスパーダ要塞を攻略する(勇者side)
『剣』の勇者ピガロ。
『弓』の勇者アルタミル。
『鎚』の勇者ゼスター。
この三人がそれぞれのパーティメンバーを率いてやってきたのはラスパーダ要塞。
その面前であった。
魔王軍が全力の防備を固める軍事拠点。
その敵である勇者がやすやすと入れる造りにはなっていない。
だからこそ彼らは遥か手前で一旦停止し、様子を窺っているわけだが。
「要塞を落とすのはオレだ」
三勇者の中の一人、『剣』の勇者ピガロが言う。
日頃通りの自信に満ち過ぎた物腰だった。
「魔王を殺すためにも絶対に突破しなければならないのがあの要塞。ならばオレが粉砕して当然の関門だ。魔王討伐の伝説は、オレが主役で語られるのだ!」
「そうはいかないわよピガロ」
居並ぶアルタミルが抗議めかして言う。
『弓』の勇者として。
「私たちだって勇者に選ばれた以上、目指すは魔王の首それ以上はないわ。アンタみたいな嫌なヤツに手柄を横取りされたりはしないわよ。ねえセズター?」
「無論だ」
ややぎこちない態度ながら、ゼスターも愛用の鉄槌を強く握る。
「アランツィル様の果たせなかった魔王討伐。それを果たすことこそあの方の志を継承すること……! しかし……!」
「……まだ迷ってるの?」
アルタミルは小声でゼスターに話しかける。
性根の曲がったピガロに聞かせたくなかったからだ。
「あの村であったこと。……たしかに苦心して編み出した必殺技が欠陥だって指摘されるのはショックだけろうど……!」
「優しいなアルタミルは」
彼女の気遣いをゼスターはそういう言葉で受け止めた。
かつて彼らを押さえる形で勇者になったレーディ。
先んじた彼女に追いついたことを宣言するためにも訪ねていった。
『自分たちは再び、お前と対等の競争相手になったのだ』と。
なのに彼らを待ち受けていたのは、新たなスタートを踏み出した高揚を粉々に打ち砕く絶対強者だった。
「あの村でダリエル殿から指摘されたことは完膚なきまでに正しい……! 我が奥義『凄皇剛烈』の欠点を改善し、より完成に近づけてから実戦に向かいたかったが……!」
その余裕をゼスターに与えてくれなかった事情がある。
ピガロであった。
魔王を倒すことにしか眼中になく、脇目もふらず進んでいく彼を見れば『ジッと立ち止まってはいられない』という焦りを覚える。
その焦りを覚えるのはアルタミルも同様であり、本当ならさらにラクス村に留まってレーディとじっくり話し合いたかった。
それができなかったのもピガロの性急さに影響されたからで、彼女も結局ヤツを追いかけるように出発するしかなかったのである。
「ピガロのヤツが魔王を倒してしまったら元も子もないし……!」
「左様」
ピガロ、アルタミル、ゼスターの三人はそれぞれ最寄りのギルド支部で紹介された冒険者を連れていた。
A級もしくはB級の猛者揃いであり、それらを率いた三つのパーティができあがっている。
あくまで勇者たちは協力せず、それぞれの采配によってラスパーダ要塞を攻略する。
それはセンターギルドから出発する時点で取り決められていたこと。
各勇者たちは協力関係にはならず……、より正確に言えばパーティを組むことなく、各々独自の判断で魔王討伐を目指さなければならない。
これは、勇者たちが競争し合うことで互いを意識し、攻略のペースを速めようという狙いから決められたこと。
狙いは今のところ当たっているが、速さの裏返しは杜撰さということもある。
「ではオレは出撃させてもらう」
真っ先に宣言したのは、やはりというかピガロだった。
「お前たちは邪魔にならぬよう、オレが要塞を落としたあとから来るがいい。ゆっくりとな。そしてオレの功績の生き証人となるのだ」
「バカ言ってんじゃないわよ! ラスパーダ要塞陥落の手柄は譲れないわ!!」
「……!」
そもそも『協力しろ』と指示しても従いそうにない三人である。
三つのパーティが同時攻略。
勇者がラスパーダ要塞を攻略する人数規模としては史上最大のものとなるが、連携はまったくとれておらずバラバラに要塞へと向かうのだった。
◆
『剣』の勇者ピガロ。
「フッ……! 身の程を弁えぬ無能どもが」
要塞へと続く森林地帯を進みながらほくそ笑む。
「オレこそが真の勇者だ……! だから魔王はオレが倒すに決まっている……! その事実も受け入れられず、仮の称号にはしゃぐアルタミル、ゼスター、それにレーディ……!!」
ラスパーダ要塞は重要拠点として、歴代勇者と四天王の数え切れない激戦の舞台になった。
だからこそ人間、魔族両陣営に地形データが蓄積されており、勇者には無条件で提供される。
「ヤツらは紛い物でしかない。オレが真の勇者であるということを証明してやる。まず手始めにこのラスパーダ要塞でな」
それら地形データを分析し、要塞右翼にある森の中を突っ切れば守備側に気づかれることなく要塞至近まで接近できる。
できる限り隠密のまま肉薄し、不意打ち気味で要塞に突入するのがピガロの作戦だった。
「……要塞内部には四天王が待ち受けているだろうが関係ない。どうせレーディごときに殺されるようなヘボの同類。当代の魔王軍四天王はザコばかりなのだろうよ」
レーディが四天王バシュバーザを討ったという知らせを聞いてから、ピガロは努めてそう思うようにしてきた。
当代の四天王は無能。
だからレーディが挙げた成果など何の意味もない。
ピガロにとって自分の功績こそに意義があり、他人の功績に意義があってはならないのだった。
要塞に突入して敵幹部の四天王を倒す。
その予定だけがピガロにとって意味ある予定だった。
「……ピガロさん」
「なんだ? オレを呼ぶときは『勇者様』と呼べと言ったはずだが?」
「すみません……ッ!?」
ピガロの後方には、三人の冒険者が続き進行していた。
最寄りのギルド支部で募ったパーティメンバー。ピガロとしては要塞を落とすための手駒でしかない。
「霧が出てきました……!」
「それがどうした? 冒険者ともなれば天候に応じて動きを変えるのが当然ではないか。そんなこともわからんのか?」
「あの、そうじゃなく……」
「ギルドから『百戦錬磨の猛者です』と推薦されたのは間違いだったか? 半人前程度の実力で猛者認定とは低レベルなギルドだ! 余計なことを言うぐらいなら黙ってついて来い!」
「…………ッ!」
周囲に霧が出始めたこと、ピガロだって気づかなかったわけではない。
彼らが侵入している森の中、並び立つ幹の間を満たすように真っ白な靄が漂い始めていた。
「……チッ!」
タイミングの悪さをピガロも意識せずにはいられない。
森の中はただでさえ木立が群生して見晴らしが悪いのに、霧まで加わっては完全に視界はゼロになる。
自然の恐ろしさを知る真っ当な冒険者ならば、その場でジッと動かず、霧が晴れるのを待つだろう。
しかし今のピガロは、その冒険者が取ってしかるべき対応も取らず、ただ前へ邁進するのみ。
気がかりなのはゼスターやアルタミルら別の勇者。
『自分が霧に阻まれ立往生している隙に彼らが要塞を落としてしまったら?』そう考えると気が急かずにはいられないのである。
「オレが一番だ……、オレが一番に要塞に辿り着く……!!」
焦り歩くうち、霧は晴れるどころか益々濃くなる。
自分の手すら見えないほど。
視界は完全に失われ、自分がちゃんと前を歩いているかすらまったくわからなかった。
「ピガロさ……、いや勇者様、やっぱりおかしいですよ……」
後方にいるパーティメンバーが言う。
「煩い! 何がだ!?」
「この霧ですよ。霧って大抵曇りの日とか、晴れの日でも朝方にかかるものでしょう?」
「ッ!?」
「今は真昼間、正午を少し過ぎたぐらい。天気だって快晴だったのに……!?」
霧が出るはずのない天候で霧がかかった……。
自然に起きるはずのない霧。
それはつまり何者かが何らかの手段を使って、人為的に引き起こしたもの。
たとえば、魔法などを使って……。
「バカ野郎!! なんでもっと早く言わない!? とことん役立たずなのかクズなのか!? おいバカ、返事くらい……!?」
アドバイスの遅れたパーティメンバーに罵倒を飛ばすピガロだが、さらなる異変に気づいた。
「おい……、どうした……!?」
自分のすぐ背後にいたはずのパーティメンバーの気配がない。
霧に阻まれ何も見えないが、三人いるはずの仲間の気配がまったく感じられない。
代わりに、遥か遠くから『ぎゃああああッ!?』とか『助けてええええッ!?』というか細い悲鳴が聞こえてきた。
「バカなッ!? まさか……!?」
いきなり一人になったピガロ。
霧に閉ざされた不可視空間で驚き狼狽える。
「おい! 返事をしろ! 何処にいる何が起きた!?」
近くにいるはずの仲間たちへ呼びかけても、返答はなかった。
もう悲鳴すら聞こえない。
「くそッ、どうせ死ぬなら敵を道連れにして死ねというのだ役立たずめ……!」
安否の定かでない仲間たちに悪態をつきながら、ピガロは抜刀する。
敵からの攻撃が始まっていると認めざるを得なかったからだ。
「あらあら、大切な仲間に酷い言いようなのだわ」
「!?」
霧の中、まったく視界の利かない森に響く声。
ピガロにはまったく聞き覚えのない声。
「何者だ!? 出てこい卑怯者! 正々堂々姿を現して戦え!」
「仲間を大切にできないヤツは、バシュバーザのように敗北者になるのだわ。見せろと言うなら見せてあげるけれど……」
あれほど濃く厚かった霧が、見る見るうちに晴れていく。
霧に隠れていた木々が再び姿を現し、そして霧が出る前にはいなかった者までしっかりピガロの目の前にいた。
「ッ!? お前は……ッ!?」
「魔王軍四天王の一人『華風』のゼビアンテス。アナタに敗北を教えてあげるのだわ」
奇襲するつもりで侵入しながら、仲間と分断されて孤立した状態で敵最高戦力と遭遇。
ピガロの組み立てた勝利の方程式。それが完全に崩れ去った。