102 ダリエル、中央の思惑を探る
「こッ……! 貴様あああああッ!!」
ピガロが剣を抜いた。
完全なる狂態の体だった。
「勇者であるこのオレをコケにするとは……! 許さん! 無礼討ちにしてくれるあああああ!!」
振り下ろされる鉄剣。
その先にあるのはサカイくん。
このままでは彼の頭部は瓜のように真っ二つに割れて、取り返しのつかないことになるだろう。
だから止めた。
この俺の手で。
「……ッ!?」
文字通りこの手で。
斬撃の軌道を予測し先回りして、この腕を差し出した。
ピガロの刃は我が腕に食い込み、そのまま止まった。
両断することなく。
「なん……だと……ッ!?」
「サカイくんは今じゃウチ一番の鍛冶師なんだ。殺されちゃあ堪らない」
スミスじいさんから事後も託されているしな。
こんなに早く愛弟子を彼の下に送っては、どんなお叱りを受けるやら。
「止めた……ッ!? 我が剣を、素手で…ッ!?」
「体にガード(守)のオーラを直接まとわせて…ッ!? いやでも…ッ!?」
「そんなことが可能なのか…ッ!?」
ピガロだけでなく、他の客人勇者たちも起こった事実に度肝を抜く。
まあ驚くのも無理なかろうと自分でも思う。
冒険者が使用するオーラは、器物にまとわせてその意味を強化する。
斬るもの突くもの叩くもの、それぞれの意味を強化し人知を超える力を引き出す。
人体という様々な意味を持ったものにオーラを込めても曖昧になるだけで効力を充分に発揮できない。
まったく無意味ではないが、剣や盾などちゃんとした意味を持つものより効率は格段に落ちる。
俺はそれを行って、勇者を名乗るピガロの剣を見事防いだのだ。
「お前のやることは……」
ピガロの剣を押し戻しながら言う。
「……勇者の行いとはとても思えない。良識ある人間としてもな。村長である俺には、暴漢を取り締まる義務がある」
多少視線を鋭くして睨むと……。
「フンッ!?」
ピガロは苛立たしげに下がって、剣を収めた。
「何もかも不愉快な場所だ! 所詮田舎は泥臭いということだ!!」
負け惜しみのように言い捨てる。
「オレは魔王討伐へ向かう。勇者の称号を得た以上それに邁進するのみ。こんなところで道草を食うこと自体許されんのだ!」
速足で出口に向かうのだった。
「覚えておけレーディ! 魔王を倒すのはお前ではない、真なる勇者たるこのオレだ! お前はこの片田舎で腐りながらオレの名声を聞いて歯ぎしりするがいい!」
散々ぱら捨て台詞を吐いて去っていった勇者であった。
一体何なのか?
村を騒がせることも迷惑ながら、一世代に二人以上の勇者が出現すること自体、前例のない珍事だ。
俺はそれを不気味に思った。
これでも前半生は魔王軍に所属し、勇者の敵として活躍した俺である。
その当時の勇者が歴代最凶であったこともあり勇者への恐怖心は人一倍と自負している。
だからこそ調べてみる気が起こった。
中央で一体何が起こっているのか。
そこでまず聞いてみるのは、そもそもセンターギルドに所属している幹部……。
◆
「ほう、ラクス村でそんなことが起きていたのか?」
今はミスリル鉱山を指揮しているベストフレッドさんのところを、わざわざ訪ねてみた。
「それで、その押しかけ勇者たちはどうしたのかね?」
「とっくに去りましたよ。『鎚』と『弓』の子も、『剣』のヤツほど慌ただしくはないですが礼儀正しく出立していきました」
やはり、我こそが魔王様を倒さんと意気込みがあるのだろう。
勇者が複数選ばれた。
それは何としてでも魔王様を倒そうという強い意志の表れ。
しかし、かれこれ数百年続いてきた勇者と魔王軍の争いにおいて、何故今になって急に本気を出したのか?
「ダリエルくんは、私が中央の事情に詳しいと思って訪ねてくれたんだろうが……」
ギルド幹部であるベストフレッドさんが言う。
「期待には応えられそうにないよ。ダリエルくんも薄々勘付いているだろうが、私はいわゆる、都落ちしてね。出世争いのレースに脱落したのさ」
自嘲的な笑みを浮かべた。
……たしかに、そんなことではないだろうかと思っていた。
いかに巨万の富を生み出す重要施設とはいえ、中央から遥か遠くに離れた場所へ赴任する。
頂点に立つことを諦めた者でなければしない。
「誤解しないでほしいのは、私はここに来たことに不満なんかないってことだ。ノッカーくんたちとも仲良くなれたしね!!」
だからなんでアナタはノッカーどもとそんなに打ち解けたんですか?
「だから、ここでの日々は充実している。中央情勢にも興味はないが、一つだけ気になる話があってね」
「なんです?」
「私がこっちに赴任したため理事の椅子が一つ空いたんだが、その席に座ったのが何やらやる気に満ち溢れているらしくてね」
やる気に満ち溢れている?
「ローセルウィという名前らしい」
「やる気に満ち溢れているなら、本気で魔王様を倒そうと考えていても不思議じゃないですね」
センターギルド開設以来の大手柄を自分のメイキングで挙げようと?
そのために勇者を複数送り出すという精力的な行動に打って出た、と考えたら納得できる。
気力に溢れるのはいいことながら、あまり派手に動き回っても周りに迷惑をかけることにもなりかねない。
第一、今の俺は勇者と魔王軍との戦いに派手な動きがあってほしくないと思っている。
魔王軍出身で、今は人間族に属している俺の立場は複雑なのだ。
「…………」
俺はしばし考え、一方に傾こうとしている天秤を水平に戻そうと考えた。
今の俺が望むのは、ラクス村での穏やかな生活がいつまでも続くことだ。みだりに世が騒がしくなってほしくない。
だから勇者と魔王軍との戦いも、拮抗している方がいいのだ。
ローセルウィさんとやらの野心も、野心として形にならぬまま終わってほしい。
平穏を守る。
そのためにすべきことは………。
◆
「起きろやこの」
「ぎゃーッ!? 何なのだわ!?」
ベストフレッドさんの下を辞去し、村の自宅に戻ってきた俺は早速、リビングで寝ている猫みたいなヤツを蹴り起こした。
野良猫が勝手に家を出入りしているうち、いつの間にか飼い猫みたいに馴染み切ってしまうことがある。
コイツの存在も同じようなものだった。
魔王軍四天王の一人『華風』ゼビアンテスである。
「何なのだわ!? わたくしはさっきお仕事を終えたばかりでとっても疲れているのだわ! 夕飯まで寝かせてくれてもいいのだわ!!」
「………」
夕飯まできっちりここで食うようになりやがって。
四天王としてはあまりにも職務に不誠実なコイツを、叩いたりなだめすかせたりしてなんとか要塞防衛の任に就かせるようになった今日この頃。
それでも、シフトが終われば当然のようにここへ戻ってくる。
「まあ、今回はそれが幸いしたんだが……」
「ん? どうしたのだわ?」
「ゼビアンテスよ、これから俺の言うことをよく聞け……!」
この、魔族側最重要軍事拠点を守護する重鎮に言う。
「近日、ラスパーダ要塞に勇者が攻めかけてくる」
「え? レーディちゃんもう修行終えるのだわ?」
いや、そっちじゃない。
やっぱり勇者が複数いるのはややこしいなあと思いつつ、特に訂正もせず話を進める。
「いいか、俺が二、三策を授けてやるから、テキトーに撃退しておいてくれ。世界は穏やかな方がいい」