100 ダリエル、ねだられる
こうして俺と『鎚』の勇者ゼスターの勝負は終わった。
何故こんな益体のない勝負をしたかというと、彼らを差し向けたのが誰かということにヒントがある。
センターギルドから新たに選抜された勇者三人は、アランツィルさんの指示でここに来たという。
表向きは、レーディに面通しをしろという理由だったそうだが、俺にはもっと裏の意味があるように思えてならなかった。
レーディは今、ラクス村に滞在中。
つまりレーディのいるところに俺もいる。
アランツィルさんが三人を会わせたかったのは、実のところ俺なのではないだろうか?
正当に勇者に選ばれたレーディですら足りんところだらけなのだ。
そのあとに選び直された三人にも欠けたるところがないわけがない。
そこを指摘して指導するには、ある程度のレベルに達した者でなくてはならない。
当然その域にあるアランツィルさんは、役目を俺に丸投げしたのではあるまいか。
「……あのクソオヤジ……!」
こういう時、自然に『父親』という言葉が口から洩れるのであった。
……とはいえ、公的に叙任された勇者へ『テメーら未熟だから指導してもらってこい』などと大っぴらには言えるはずもなく。
指導するのが俺のような無名人ならなおさらのこと。
そこでレーディをダシに使ったというところなのだろうな。
意地の悪い最強勇者様だ。
◆
「じゃあ、俺の勝ちということでいいんですかね?」
「当然です。我が新技の欠点を洗いざらい見透かされた上、力ずくで打ち破られたのです。これを敗北と認めなければ無様に無様を重ねるのみ」
潔いなあ。
そして、彼の俺に対する言葉遣いがいつの間にか敬語になっとる。
「それよりも貴殿が使われた『凄皇裂空』についてです! アランツィル様が編み出し、アランツィル様のみが使用できるはずの『凄皇裂空』を何故貴殿も!?」
「ただの『裂空』と見間違いじゃないですかね?」
「いいえ、それがしはアランツィル様の放った『凄皇裂空』を直に見たことがあります! 『裂空』ごときと見間違えようがない!!」
『凄皇裂空』は『裂空』の発展技と言えるが、見分けられるものだなあ。
「どうかご教授ください! 貴殿はどこで『凄皇裂空』を会得したのです!? まさかアランツィル様と何か接点が!?」
もはや有名人のことを何でも知りたいファンみたいになっていた。
惚けてかわすのが、まあ大変。
その横で……。
「見たアルタミル、あれがダリエルさんの強さよ」
「………………」
元からこの村にいるレーディが、訪問者のアルタミルに擦り寄る。
対して『弓』の勇者アルタミルとやらは言葉もなく呆然としていた。
「あの人の強さを知れば、自分がいかに未熟か明確にわかる。だから私はあの人の下で自分を鍛え直しているのよ」
「……」
訪問三勇者の紅一点は、今の勝負に圧倒されて無言。
ちょっと衝撃受け過ぎではないかと思われるほどだった。
「フン、くだらない……!」
三勇者で最後のリアクションを示す『剣』の勇者ピガロは、頬に汗を浮かべつつ、その鬱陶しそうな前髪を書き上げた。
「『凄皇裂空』ごときで何を騒ぐ? その程度の技オレでも使えるわ」
「何ッ!?」
その言葉に反応してゼスターが俺を追うのをやめる。
「本当かピガロ!? そのようなこと初めて聞いたぞ!?」
「お前もいちいち驚きすぎなのだ。落ち着いて大局的に眺めてみろ。そうすれば本質が見えてくる」
「本質」
「あの男が凄いのは、ヤツ自身の力によるものではない。武器のせいだ」
そう言って前髪男の視線が俺へ向く。
正確には俺の右手に握られているモノに。
「噂には聞いていたが、ミスリル製の武器とは驚くべき高性能だな。オーラを吸収して格段に威力を上げる。ゼスターに勝てたのもその援けによるところが大きい」
彼なりの分析を披露する。
それについて戦ったゼスター自身が疑わしげに眉根を寄せて。
「……そうだろうか? あの方の完成度は、得物一つでブレるとは思えないが?」
「いいや! 『凄皇裂空』を撃てたのもミスリル武器があるからだ。あの武器さえあれば誰でもアランツィルごとき超えることができるということだ!!」
そして『剣』の勇者、俺へ向き直る。
「お前」
「はい?」
「そのミスリル武器の性能見事! 勇者として褒めてやろう。なのでその武器、オレに譲ってもらえるだろうか?」
なんだこの図々しい。
「オレはこれより魔王討伐の偉業へ向かう。人間族がいまだ果たしたことのない難業にこそ最高性能の武器が必要だ。田舎者の手にあるよりも何倍も有意義に、その剣を使ってやろう」
「嫌ですけど?」
断られるとは夢にも思わなかったという風で前髪男逆上。
「オレが誰かわかっているのか!? オレは勇者だぞ! 世界を救う英雄だ! そのオレが使ってやろうというのだから喜んで献上せんか!!」
「キミさあ、戦闘中のゼスターくんの分析聞いてなかったの?」
ヘルメス刀に使われている金属はただのミスリルではない。
名工スミスじいさんが研究の末に開発した、ミスリル基礎の特殊合金製だ。
オーラを吸収するだけでなく吸収したオーラに反応して自在に形を変える。
それによってほぼすべてのオーラ特性に対応する。
「ヘルメス刀の機能は、斬突打守の全オーラ特性を最大限使えなければ意味がないんだ。キミは、そんな万能タイプにはとても見えない」
「ぐッ……ッ!?」
「宝の持ち腐れにしかならないよ」
図星を突かれたのだろう、ピガロは押し黙った。
「それにね、このヘルメス刀はある職人の力作なんだ。彼は俺のためにコイツを作ってくれた、俺が使うためだけにね。彼の気持ちを大切にするためにも、この武器を俺以外の人に握らせたくないんだよ」
「そんなことより勇者の使命が優先される!!」
聞き分けのない勇者様に『どうしたものかなあ』と辟易していると……。
「黙れピガロ」
思わぬところから援護が来た。
「お前のしていることは勇者の名を貶めていることにしかならん。己の醜さを弁えろ」
そう言うのは『鎚』の勇者ゼスター。
しかも彼だけでなく続々と追撃が。
「欲しいから寄越せだなんて、ゆすりたかりじゃないの」
「あ、アルタミル……!?」
「アナタみたいなのを野放しにして、勇者がたかり屋だなんて思われたらいい迷惑だわ。ここまで言われて改めないなら、私たちからセンターギルドへ報告するわよ。ありのままにね」
告げ口勧告は大いに効いたのかピガロは益々身を竦める。
「ピガロ、勇者の使命は魔王を倒すことじゃありません」
そして正真正銘の勇者レーディがとどめとばかりに来る。
「人々を守り救うこと。そのための魔王討伐です。その順番がわからない者に勇者の資格はありません」
「綺麗言を……!!」
袋叩きにされたピガロは、それでも自分自身に固執して……。
「勇者は魔王を倒すものだ! それさえ達成されればいいんだ! レーディ、貴様の言っていることは負け犬の自己弁護にすぎん!」
「負け犬ですって……!?」
「魔王と戦わない勇者を他にどう呼べと言うのだ! こんな脱落者に関わっても時間の無駄だ! もういいだろうアランツィルとの約束は果たした! オレは今こそ魔王討伐へと向かう!!」
肩を怒らせて去っていくピガロ。
言い負かされて逃げていくようにも見えたが、しかし何歩か歩いてからピタリと足を止め、急に振り返って戻ってきた。
「どうした?」
「大事なことを思い出した。この村では採掘されたミスリルが運び込まれてくるのだよな。来る途中どこかで聞いた覚えがある」
はい、そうですが。
それが何か?
「この場でミスリルを加工するための鍛冶場もあるとか。いい機会だ。お前が強情に武器を渡さないというのなら代わりを拵えてもらおう」
「代わり?」
「このオレ専用の、最強最高の剣をミスリルで作るのだ! お前の持っているそれなどガラクタと思えるような究極の剣だ! 勇者であるオレが持つに相応しい剣だ!!」
「はあ……?」
「作れるな!?」
それは、まあ。
代金さえ支払ってくれれば。
誰であろうとお金さえ払ってくれればお客さんなので案内することにした。
逆にお金を払わなかったら客でも何でもないけど。
まあでも根底に思うことは……。
『早く帰ってくんないかなこの人たち』だった。