99 ダリエル、ダメ出しする
「『凄皇裂空』に倣った……!?」
「必殺技……!?」
ゼスターの宣言に、周囲が張り詰める。
愛用のハンマーを振り上げ、大見得を切るように巨漢は言う。
「敬愛し、目標とする大勇者アランツィル様。その得意技『凄皇裂空』こそ我が理想とする奥義。しかし不才たる我が身はハンマーしが扱えぬ。アランツィル様のような万能さはない」
『凄皇裂空』はオーラの塊を刀身から投げ放つ飛び道具。
主にスラッシュ(斬)とスティング(突)がものをいう技だ。
ハンマーを愛用し、オーラ性質の中でもヒット(打)を得意とするであろうゼスターにはたしかに修得至難。
というか無理。
「しかし、血の滲む鍛錬によってそれがしは生み出した。ハンマーから放たれる『凄皇裂空』というべき技を」
「ハンマーから放たれる『凄皇裂空』ッ!?」
そんな無理して出さなくても。
「アランツィル様の『凄皇裂空』がごとく、それがしはこの奥義を我が代名詞として語り継がせよう。……とくと見よ!!」
ゼスターは跳躍。
巨体のくせにホント身軽なヤツだ。
そして上空高くから俺を見下ろし……。
「落ちろ空! すべてを押し潰せ! 我がオリジナルの究極奥義……!!」
振り下ろされるハンマー。
その頭部から、眩く輝くオーラそのものが放たれた。
「ういッ!?」
オーラの飛び道具!?
それこそ『凄皇裂空』そのものじゃないか!?
ハンマーから放たれたオーラの塊は、上空から地上へと、上から下へ飛んでくる。
しかも進むごとに大きく膨らんでいく。
「やばいッ!?」
俺はなりふりかまわず駆け逃げた。
ゼスターの放ったオーラ塊の攻撃範囲があまりに広すぎるからだ。
それこそ本当に、空が落ちてくるかのように。
「私たちもヤバくない!?」
「逃げるんです!」
観戦していたレーディたちまで及ぶほどにオーラの攻撃範囲は広く、皆で必死に避難しなければならなかった。
やがてオーラ塊は地表に到達。
バスンと土煙を上げて広範囲を押し潰した。
最初は俺とレーディの訓練場で、次にゼスターとの決闘場になった村外れの広場は、広範囲オーラ塊に押し潰されて地盤沈下が起きたようになっていた。
「見たか、我が開発の秘奥義を……!!」
上空から着地するゼスター。
「ハンマーの打撃面から放たれるオーラ塊は進むごとに膨張し、広範囲を押し潰す。その特性上、上から下方向へ放つのにしか適さぬが、代わりに広範囲多数の敵を一挙に潰すことができる」
強力にして巨大。
まさにアランツィルさんの『凄皇裂空』に通ずるコンセプト。
「それがしはこの技を『凄皇剛烈』と名付けた!」
『凄皇剛烈』
なるほど『凄皇裂空』を意識したというか丸パクリなのが丸わかりだが。情熱はしっかり伝わった。
だがそれでも……。
「この技は失敗作だ」
「何ぃッ!?」
よほど自信があったのだろう。
俺からの裁定にゼスターは声を荒げる。
「それがしの奥義が失敗作だと!? 勇者選定式で敗れてのち、その悔しさをぶつけるがごとくにして編み出した『凄皇剛烈』! いわば我が起死回生を何のゆえあってケチつける!?」
「たしかにキミの編み出した技は凄まじい。込められたオーラ量は膨大で常人の域を遥かに超える。それこそ『凄皇』の名を冠されるに相応しい規模だ」
正式な勇者であるレーディですら『凄皇裂空』まで届かず『裂空』を使うに留まっているのを鑑みれば。
ゼスターがどれほどの努力執念を注いできたかがわかる。
「しかし、この技には致命的な欠陥がある。元々剣から放つ『凄皇裂空』を無理やりハンマーの技として再現したことによってできた歪みだ。キミの努力は素晴らしいがそれを執着に変えてしまった」
それによって起きた空回りが、奥義を欠陥品に変えた。
「キミの奥義は、薄いんだ」
「薄い……!?」
「文字通りな。ハンマーの打撃面から放たれるオーラ塊は、それこそ面として飛ぶ」
パクリ元たる『凄皇裂空』が剣の鋭利部から放たれるのと対照的に。
「刀身から放たれるからこそ『裂空』も『凄皇裂空』もオーラそのものを『飛ぶ斬撃』になる。それに対してキミの技はどうだ? ちゃんと『飛ぶ打撃』になりえているか?」
「うッ……!?」
俺の指摘に、ゼスターは口ごもった。
彼自身、悟ってたのだろう。
「『オーラ塊そのものを凶器にして飛ばす』。キミはそこまで意識が及ばなかった」
だから『凄皇剛烈』とやらは、ただオーラ塊を飛ばす技にしかなっていない。
「キミの技は、薄い膜だ」
ハンマーの打撃面から放たれただけに扁平な膜状になって飛び、しかもそれが進むごとに広がっていくから益々薄くなっていく。
「体積が同じなら、広くなるほどに厚みがなくなるのは子どもでもわかる理屈だ。キミは『凄皇裂空』を再現することに執着するあまり、そんな簡単な理屈をも見逃してしまった」
ゼスターが最初に勇者となれなかった理由が見えたな。
行き過ぎた先代勇者への尊敬。それが彼の目を曇らせ判断力を削いでいる。
「もう一度撃ってみろ」
「何……!?」
「キミの自慢の必殺技を。今の説明を、事実として証明してやる」
無論、俺からの指示に彼が従う義理はない。
真剣勝負の最中ならば、敵の言うことに従って敵のペースに乗るなど言語道断だろう。
それでも彼は、少しの中途のあと。
足に力を込めて高く跳躍した。
「『凄皇剛烈』ッ!!」
そして放たれる必殺奥義。
一撃目と変わらず、面として放たれたオーラ塊が薄く広がっていく。
何度見ても驚異的な攻撃範囲だ。
この広さで押し潰すならば、多数のザコを一掃するにはもってこいの大技だろう。
しかし究極の強さを持つ一に対しては……。
「『凄皇裂空』」
「なにいいいいいッ!?」
我がヘルメス刀から放たれた特大のオーラ斬撃が、地表より天へと駆け登る。
そして逆方向から駆け下るゼスターのオーラ塊と正面衝突する。
カッ、と……。
撃力と撃力のぶつかり合いにしては拍子抜けな音をたて、俺のオーラ斬撃がゼスターのオーラ膜を突き破った。
斬り裂いたというべきかな?
「ぐおおおおおおッ!?」
突き抜けた『凄皇裂空』のオーラ斬撃。
まだ上空にいたゼスターの脇を擦り抜けていくが、その余波だけで巨体が吹っ飛ばされた。
着地もできずに地面に衝突して転がる。
彼のハンマーが放ったオーラ面は、我が『凄皇裂空』に両断された瞬間に結束を失い、バラバラに霧散してしまった。
「これが在り方の差だ」
倒れるゼスターへ歩み寄る。
「単なる塊のオーラと、斬り裂くために凝縮されたオーラとの差。薄い面として広がったキミの技を、線として密集した『凄皇裂空』が斬り裂くのはわけもないこと」
「我が奥義……、いまだ完成に至らずということか」
「そうだな。結果はともかく、規模と出力は間違いなく『凄皇裂空』に迫る域だ」
今回の失敗は、完成のイメージをしっかりしておかなかったこと。
そこを改善し練り直せば、この技は必殺奥義となりえるポテンシャルを遺している。
「いや、それより……!」
「それより?」
「今のは間違いなく『凄皇裂空』を!? 何故貴殿があの技を使えるのか!?」
「あー」
そっちに意識が行っちゃったか……。
俺としては自己の反省点に着目してほしいんだが……。
「実力も見識もさることながら、アランツィル様のみが使える『凄皇裂空』を……! 貴殿は何者なのだ……、いや何者なのですか!?」
「ただの村人ですよ?」
変にほじくり返して話を大きくしたくない。
俺は全力で惚け去ることにした。